97 曰く付きの新規魔法スキル
セーラは患者の無事なほうの手を取ってから、頭を下げた。
「ごめんなさい。私の力では、手足を元には戻せなかったわ」
「え?」
彼は何が何だか分からない様子ながらも、自分の手足に視線を向けて、顔を歪めた。
「貴女が治してくれたんですね、ありがとうございます。命が助かっただけでも感謝しなければ……うっ……ぅ」
目覚めたら手足が無くなっていたなんて、誰だってショックだ。
彼は泣き出してしまったが、俺はどう声を掛けてよいのか変わらず、見守る事しか出来なかった。
「少しの助けにしかならないけれど今度、義足をプレゼントするわ」
「ぎそく……?」
「足の代わりになる物よ。それを装着すれば歩けるようになるわ」
「あ……ありがとう……ございます……うぅぅ」
彼は少し希望が見えたのか、セーラに何度もお礼を言いながら大泣きした。
この世界にも義足はあるのだろうか。構造が分かれば生産スキルを駆使して作れそうだが。
セーラはプレゼントすると宣言したあたり、構造が分かるのかもしれない。
二人のやり取りを見守っていると、俺の後ろで寝ている患者が、うめき声のような声をあげた。
「俺……も、たす……けて……」
彼はどうやら意識があり、隣の患者が治ったと理解しているようだ。
「セーラ、他の患者も頼む」
心のケアも大切だが、今は苦痛を取り除くのが先だ。
セーラは頷くと、テントの中の患者に一人ずつヒールしていった。
全員の傷が綺麗に治り、セーラは手足を無くした人達一人ずつに、希望を持たせるような声を掛けてからテントを出た。
聖女というよりは、聖母のような慈悲深さだ。
それに比べて俺ときたら、本当にただ横にいる事しか出来なかった。
こういう時、どう接していいのか分からないのは、それだけ俺の周りが平和だったという事だよな。
セーラはあの状況で自分の役割を果たした上に、優しい言葉までかけていたんだから、本当に凄いとおもう。
「まだまだ、怪我人はいるようね……」
「姉上、まさか全員治したいとか言わないでくださいよ。一人でこの人数はさすがに無理です」
「……治したいわ。けれど、この人数を一人ずつ見るのが無理なことくらい私にも分かるわ」
セーラはしょんぼりしたが、洋介と俺は一安心して顔を見合わせた。
彼女の気持ちは分かるが、今日はもうポーションを飲みすぎだ。
薬草から作られるポーションは、薬みたいなものだと思う。飲み過ぎて副作用が起きないか心配でならない。
「後何人か、怪我がひどい人を治したら宿へ戻ろうか」
そう提案すると、セーラは何かを決意したように杖を握りしめると、俺と洋介を見た。
「私、アレを使ってみるわ」
「アレって……、姉上もしかして……」
驚く洋介にセーラは頷く。
俺もセーラが何をしたいかについては、心当たりがある。
「セーラ、いいのか……」
「ここはもうゲームの世界ではないもの。なにも怯える必要はないわ」
悲しそうに微笑む彼女が、まだ吹っ切れていないのは目に見えて分かる。
SSランクが実装された時、目玉として新規スキルが追加された。
SランクまではEランクからあるスキルがひたすら強化されるだけで、面白みに欠ける仕様だった。
それがプレイヤー離れの一因とも言われていたため、改善策として新規スキルが実装された。
だが、張り切りすぎた運営は、阿保みたいな高性能にしてゲームバランスを崩してしまった。
神聖魔法使いに追加されたスキルは、フィールド上にいる全員をヒールできるという、とてつもない万能スキルだった。
実装直後、五十人程度集まってボスに挑むレイド戦で、新規スキルを見たいという皆の要望に応え、俺達は新規スキルを使う事にした。
セーラの新規スキルのヒールは、説明書き通りフィールドの隅々にまで行き渡り、一人の死者も無くレイド戦を終えることが出来た。
戦闘後セーラは、女神降臨だと多くの戦闘員に持ち上げられたが、一方で他のヒーラーたちからは敵意を向けられてしまった。
その人たちにとっては役割を取られたのだから、面白くない気持ちも分かる。
俺もその日は新規スキルを使ったおかげで、一番多くボスにダメージを与える事が出来た。
一番多くダメージを与えると撃破時に『カイトとその仲間たちによってボスは撃破されました』というようなテロップがサーバ全体に流れる。
ただそれだけだが、誰が強いか一目瞭然なため気にする人は多かった。
俺も敵意は向けられたが、元々ライバルだったのでさほど気にはしていなかった。
だが、セーラはそうではなかった。
ヒーラーは今まで競う必要もあまり無かったので、和気あいあいとやっていたようだが、その日を境にセーラは孤立してしまった。
今まで仲良くしていた子たちに敵意を向けられセーラは、相当ショックを受けたようだった。
新規スキルは苦情が多かったようで次のアップデート時には、三十日の待機時間が設けられた。
だが、セーラは新規スキルがトラウマになったようであのレイド戦以来、一度も使っていない。
それを今、使おうとしているようだ。
セーラは胸に手を当てて深呼吸してから、杖を構えた。
「フィールドヒール」
傷の手当で騒がしい広場の中心で、小さく囁いたセーラ。
だが、その威力は強大なものとなった。
地面からヒール特有のキラキラした光が湧き出す と、それがセーラを中心にして放射線状に町中へと広がっていった。




