08 魔法スキルの実験
セーラが取り出したのはEランクの杖ではなく、イベントアイテムである魔法少女の杖だった。
彼女は落ち着いた性格の割に可愛い物が好きで、そのギャップがまた可愛い。
ちなみに今日は出かける前に職業別の装備に着替えているが、これもセーラのコレクションだ。
セーラは生産スキルの練習に使っていたのか、Eランク装備なのに最高品質の強化がされていて、それを見た村長夫婦は軽く驚いていた。
それもそのはず、ゲーム内ではステータスのみ強化されていたが実際に見る装備は、布部分には繊細な刺繍が、金属部分には見事な彫り物や宝石が埋め込まれていて、見るからに熟練の職人が作ったような高級品となっていた。
もしかしたら村長夫婦は俺達がEランクな事に驚いていたのかもしれないが、どちらにせよ普通の冒険者では無いと思われただろう。
そんな事を思っている間に、セーラはスライムと程よい距離まで詰めると、スライムに向けて杖を突き出した。
黒いとんがり帽子に黒いローブ、そして魔法少女の杖を構えたセーラは、まさに魔法使いそのものだ。
彼女はスライムに向けて杖を突き出したまま、息を整えるとスキル名を唱えた。
「ホーリーランサー!」
Eランクのホーリーランサーは、杖の先から槍が一本飛び出すだけだ。
だか魔法少女の杖には、何の変化もなく……。
俺達にまだ気が付いていないスライムは、ぷよぷよと辺りを飛び跳ねていた。
セーラはガクッと、その場に崩れ落ちるように屈みこむと、頭を抱えた。
「どうしたセーラ!頭が痛いのか!?」
想定していない部分に何か異常が出たのだろか。
慌てて駆け寄り、彼女の隣に屈みこんだ。
「セーラ、大丈夫か?」
顔を覗き込みながら訪ねると、彼女は「……しい」と、小さく呟いた。
「え?」
「……恥ずかしいわ。かっこよくスキル名を唱えたのに……発動しなかっただなんて。もうお嫁に行けないわ……」
――あーなるほど、そういう事か。
この場合、嫁に行けないのはかなり関係ないと思うが、それほどセーラは恥ずかしかったわけだ。
「大丈夫だよセーラ、俺達は発動しない事も想定していただろう?」
「でも、二人に見られて恥ずかしい事には変わりないわ……やっぱりお嫁にいけない」
今度は顔を手で覆いながらうずくまった。
うーん、困ったな。
「俺達に見られて恥ずかしいって思っているなら心配しなくても、洋介は周囲を警戒していたから見ていないし、俺はえーっとほら、ゲーム内で結婚した仲なんだから恥ずかしい事なんて無いだろ?」
「……本当?」
「あぁ、俺は恥ずかしいなんて思わなかったし、誰にも言いふらしたりしないから安心してくれ」
セーラはなんとか納得してくれたようでこくりと頷くと、顔を上げて俺に視線を向けた。
「……カイトって優しいのね」
「えー……。俺達、十六年間も一緒にプレイして来たのに、今頃になって気が付いたのか?」
「ふふ、冗談よ。いつもありがとう、カイト」
「……大した事じゃないさ」
いきなり礼を言われて照れた俺は、セーラから視線を逸らしぶっきらぼうに立ち上がった。
どうしてここで「セーラは特別だ」とか気の利いたことが言えないんだろうか、俺は。
心の中でため息を付きながら、洋介の所へ戻った。
「魔法はどうでしたか?」
「ダメだった。発動方法が違うのかもしれないな。次は俺達で試してみよう」
あのゲームのスキルは、魔法スキルは魔力を消費し、物理スキルは体力を消費する。
物理スキルならどうかと思ったのだが結局、二人ともスキルは発動されずにただの通常攻撃となってしまった。
そして、セーラが恥ずかしがっていたのがとても良く分かった。
スキルが発動するしないに関わらず、スキル名を叫ぶ行為がとても恥ずかしい!
中二全盛期だった頃の俺なら喜んでいただろうが、三十代の心を持つ俺にはとてもきつかった。
レベルが上がれば何か変わるかもしれないという話し合いの結果、俺達は近くのダンジョンまで行ってみる事にした。
道すがら、思い付いた方法を何度か試してみたが、ダンジョンに到着するまでスキルが発動することは無かった。
ダンジョンに近づくにつれて、森は大きな木々に覆われ薄暗く、地面はじんわり水分を含んでいるような踏み心地になる。
苔で足を滑らせない様に槍を杖代わりにして慎重に歩みを進めたが、今まで以上に体に力が入っていたせいか、俺達はまたもやバテていた。
「やっと……はぁ、到着しましたね」
「思ったより遠かったな……はぁはぁ」
「はぁ……中の広場で、はぁ……少し休憩しましょ」
切り立った崖に半分埋まっているような状態で、石造りの建物は建っていた。かつては神殿か何かだったのか朽ち果ててはいるが荘厳な雰囲気を放っている。
ゲーム内では、よくあるRPGっぽい建物だと思っていたが、実物の迫力は桁違いだし俺達のほかには誰も居ないという状況が、秘境の遺跡を発見したような気分にさせてくれる。
中の構造は既に知っているが、それでも少し緊張しながら入り口をくぐった。