78 巨大スライムのお菓子作り
挨拶をした人が階段を降りると、バケツを持った人たちが次々と階段を登り、バケツの中身を袋状に広げられた巨大スライムの皮の中に投げ込んでいく。
「まぁ!皆で具材を運んで、お菓子を完成させるのね!順番が来るのが楽しみだわ」
「俺も楽しみだ!こういう巨大な料理を作るイベントって一度参加して見たかったんだよなぁ」
「わかります!重機とか使ってワイルドに作るのも心惹かれてしまいます」
テンションが上がっているのは俺達だけではないようだ。周りの人々も順番はまだかとそわそわしているのが伝わってくる。
バケツを持って階段に登った人達も、浮かれているのかパフォーマンスをして場を盛り上げている人もちらほら見受けられる。
小さな子は、手を振るだけで大喝采だ。
徐々に列は進み俺達は、バケツを受け取る場所までたどり着いた。
横にある作業台では、二十人くらいの人達が果物を刻む作業をしている。その周りには果物が入った木箱が大量に積まれていて、この量を調達するだけでもかなりの予算が使われているんじゃないかと思えてくる。
「美味しそうなフルーツばかりよ。バケツを抱えて食べたくなってしまうわ」
実際、つまみ食いをしてスタッフに注意されている人が何人もいるが、思わず手を出したくなるほどに、辺りは果物の甘い香りで満ち溢れている。
「姉上ならバケツ一つでは足りないのでは?」
「もう、洋介ったら!これだけあれば、お腹いっぱいになってしまうわ」
「はは!エミリーなら五杯くらい余裕でいけそうだけどな」
その刻む作業をしている人たちの中に、お菓子屋の看板娘さんと弟子さんもいた。
とても忙しそうで話をする暇はなさそうなので、心の中で応援してからバケツを受け取った。
次に受け取ったバケツの中に、大鍋に入っている液体を入れてもらうようだ。
そこの担当はお菓子屋の店主だ。
「よう!お前さんたち、来てくれたんだな!」
「おはようございます、大盛況ですね。この液体は何ですか?」
「これは寒天を溶かしたものだ!後で固めて、切り分けるんだ!」
「夏にぴったりのお菓子ね。楽しみだわ」
「そうとも!さぁ、重いからしっかり持つんだぞ!」
バケツを受け取ったセーラは、重そうに両手で持ち手を握った。
俺も続いて、寒天を流し込んだバケツを受け取る。
――液体を入れると、確かに重くなるな。
周りを見てみると二人で一つを持っている人達や、子供は親に持ってもらっている場合も多いようだ。
「セーラ、階段まで俺が持つよ」
「え?大丈夫よ。これくらい頑張れるわ!」
「遠慮するなって。俺の力の数値は知っているだろ?ほら、貸して」
槍使いの俺は力の数値が高いが、逆にセーラは魔法使いなので力の数値は極端に低い。
適材適所のつもりでセーラからバケツを受け取ったが、彼女は頬を染めて俺を見上げた。
「ありがとう!カイトはとても頼もしいわ」
「え?そっ、そうか?これくらいどうって事ないさ」
俺が頼もしい?セーラにそんなふうに思われるなんて、槍使いを選んでおいて良かった!俺の力よ、ありがとう!
上機嫌でバケツを持った俺はさらに進み、階段の近くまでやって来た。
階段は大人二人が余裕を持って並べる程度の幅があり、親子やカップルで一緒に登っている人達もいる。
セーラはこのバケツを持って一人で登りきれるだろうか。段差とか苦手みたいだし、少し不安だ。
「セーラ、良かったら一緒に登らないか?」
「本当?実は少し不安だったの……。また王女様に間違われて騒ぎになるかもしれないし……」
そっちの心配もあったんだな。すっかり忘れていた。
「俺を盾にするといいよ」
「ありがとう、カイトに頼りきりでごめんなさい」
「構わないよ。言っただろ、困ってる時は言ってくれって」
セーラはこくりと頷くと、恥ずかしそうに微笑んだ。
可愛すぎて、思わずバケツを落としそうになったのを、何とか堪えた。
そんなやり取りをしている間に、俺とセーラの順番はやってきた。
俺がバケツを両手に持ち、セーラは俺の陰に隠れるようにして登り始めた。
落下防止の柵と手すりがあるので、安心して登れそうだ。
俺達が登り始めるとあちこちから歓声があがるのは、他の人達と同じだ。
「彼女のバケツも持ってやるなんて優しいな!兄ちゃん」「よっ!色男!」「彼女ちゃん、こっち向いてー!」
なんというか、この世界の人達って冷やかすの好きだよな……。
セーラがまた恥ずかしくなっていないといいが。
「セーラ大丈夫か?」
「えぇ、手すりもあるし、カイトの陰に隠れていると思うと安心できるわ」
どうやら俺が盾になっている為、セーラは落ち着いて登れているようだ。
頂上まで登りつめると俺はバケツを一度置き、辺りを見渡した。
巨大スライムの皮の周りには大勢の人がひしめき合っていて、俺達がさっきまで並んでいた列はまだまだ長く伸びている。
巾着のように広げられた巨大スライムの皮の中には、既に投げ入れられている寒天の液と、その中に果物が浮いているのが見える。
「あのね、カイト。せっかく一緒に登ってきたのだし、一緒に投げ入れてみるのはどうかしら?」
一緒にか。
何となく昨日の酒場でのヒールを思い出して、思わす笑いがこみ上げてしまった。
「どうしたの、カイト?何かおかしかったかしら?」
「いや。そうだな、一緒にやろうか。掛け声はセーラ頼む」
「ふふ、分かったわ。行くわよー」
俺達は一つずつバケツを持つと、セーラの合図を待った。
「せーのっ」
彼女は覚えていないだろうが、昨日と同じ展開だ。
酔っていても人の本質は変わらないものだと、改めて思う。
セーラの掛け声に合わせて、俺達はバケツの中身を大空に向けて勢いよく放り出した。
空に舞ったお菓子の具材は、日の光を浴びてキラキラと輝いた。




