70 気まずい雰囲気
スイーツを食べ終えてから、セーラは「エミリーちゃんへのお土産も買わなきゃ」と、店内のスイーツ全種類を大人買いしていた。
俺もセバスへのお土産を何か考えなければ。彼が喜びそうな物は何だろう。意外と難しいな。
「それでは僕、DIYの材料を調達に行ってきますんで!夜にあの酒場で合流しましょう!」
店を出るなり、そう告げた洋介。妙に気合が入っている。
「は?別行動するなんて聞いていないぞ」
「僕の材料集めに付き合ってもらうと、皆の買い物が終わらないと思うので!すみませんが、姉上をお願いします!」
確かに。ホームセンターなんて無いから、DIYの材料集めは時間がかかりそうだ。
「そういう事なら仕方が無いか。そっちは任せるよ」
「了解であります!」
「まっ……待って、洋介!」
敬礼して走り去ろうとした洋介を、セーラが慌てた様子で呼び止めた。
「どうしました?姉上」
「あの……えっと……昼食を取るの忘れないでね」
「努力します!では!」
セーラはまだ何か言いたげな表情をしていたが、洋介は走り去ってしまった。
「俺達も行こうか」
セーラに視線を向けると彼女は俺にも何か言いたいのか、もじもじと下を向いている。
「どうした?セーラ」
「あの……ね……昨日の事で……」
――昨日の事?
昨日は色々あったので、どれの事だろうと思いながらセーラの言葉を待っていると、セーラの後ろが突然騒がしくなった。
視線を向けると、馬車が勢いよくこちらへ向かってきているではないか!
セーラに注意を向けていたので、気が付くのが遅れてしまった。
「セーラ危ない!」
咄嗟にセーラを引き寄せて、なんとか衝突は免れた。
「あぶねーぞ!こらぁ!!」
「すみません!」
すれ違いざまに怒鳴られてしまったが、今のは完全に俺達が悪い。
二人とも乗り物が通らないエミジャ村に慣れ過ぎて、道の真ん中で話し込んでしまっていたようだ。
ここは村に比べたら都会なんだから気を付けなければ。
「大丈夫だったか?セーラ」
腕の中にすっぽり収まっていたセーラを見下ろすと、彼女の顔は真っ赤に茹で上がっていた。
――まずい……無意識に、抱きしめてしまっていた。
俺は慌てて両手を上げるが、もう遅い。完全にアウトだ。
「ごっごめん、セーラ!今のは、馬車を避けるだけで精いっぱいで、別にやましい気持ちがあったわけでは――」
「だっ大丈夫よ!……助けてくれてありがとう、カイト……」
「そっ……そっか、怪我は無いか?」
「カイトのおかげで無事よ……」
「それは良かった……」
どうしよう……、めちゃくちゃ気まずくなってしまった!
セーラは昨日の告白は覚えていないだろうが、俺は覚えているから尚更気まずい!
どうしてこういう時に限って洋介がいないんだ!
「とっ……とりあえず、食料品店へ行こうか……」
「……そうね。村人に頼まれた物を買いましょう」
食料品店は同じ通りだが、円形の町なので百八十度反対側だ。
もっと近い店からにすれば良かったと思いながら、気まずいまま通りを半分ほど歩いて気が付いた。
中央広場を突っ切ったほうが早かったと。
――ダメだ……、全く頭が回っていない……。
ここは話題でも振って気持ちを切り替えなければと思い、先ほどの続きを聞いてみる事にした。
「そっそういえば……、さっきの話の続きは?」
「え!?あの……、なんでも無かったの。ごめんなさい……」
「あ……うん。なんでも無かったなら良かった」
――何故、さらに気まずくなるんだ……!
妙な疲れを覚えながら、俺とセーラは食料品店へたどり着いた。
ドアを開けると、壁にびっしりと棚が並んでいるのが目に飛び込んできた。ここは主に加工された料理の材料などが売っている。
紙袋や瓶に入った材料が綺麗に陳列されていて、真ん中の台には大きな袋物や棚に収まらない大きさの物が置かれている。
いろんな材料があるせいか、複雑な香りがする。
俺はポーチからメモを取り出しながら、カウンターにいる店主の元へ向かった。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「そこそこの量で買いたい物がありまして。強力粉と薄力粉が二百キロずつ、出来れば五キロくらいの袋に入っていると嬉しいんですが。それから無塩バター、卵、牛乳、塩、砂糖。必要キロ数はこの紙に書いてあります」
そう言いながらメモを渡すと、初老の親父さんは目を見開いてそれを確認した。
「こんなに沢山……!ありがとうございます!ですが、これだけ揃えるとなると夕方までお時間を頂きますがよろしいでしょうか?」
「はい、構いません。大まかな数字を書いてみただけなんで、多少足りなくても大丈夫ですよ」
村人から頼まれた量はもっと少なかったが、安定した生活になればこのくらい必要だろうと見越しての量だ。
買いすぎてもポーチに入れておけば良いし、何よりうちには小麦粉を大量消費するエミリーがいるので、いくらあっても多すぎるということは無いだろう。
ゲーム内でストックしていた小麦粉も後数ヶ月もしないうちに無くなると思う。
「承知いたしました」
店主がカウンターの奥に向かって声を掛けると、従業員らしき男性が二人出て来てきた。
在庫を確認するよう指示を出し始め、足りない分はどうやら商会や畜産農家から調達してくるようだ。
俺は店内を見て回っているセーラの元へ向かった。
「カゴ持つよ」
「きゃっ!……あ、ありがとうカイト」
いきなり声を掛けたせいか驚かせてしまったようだが、いつもは突然話しかけても悲鳴を上げるほど驚いたりしないのに、今日のセーラは何か変だ。




