68 昨日の記憶
やっと朝食の席に着いた俺たちは、今日の予定を話しながら朝食を食べている。
「今日は巨大スライムの皮を納品した後は、買い物に明け暮れるとするか。村人に頼まれた物も調達しなければならないしな」
「そうね。私も手芸の材料を買いたいわ」
「僕もDIYの材料を入手したいです」
二人が出かけられない状態なら、俺が一人で買い出しを頑張ろうと思っていたが、行く元気はあるようだ。
「ところで二人は、二日酔いとか大丈夫なのか?昨日は随分と酔っていたようだが……」
「私はスッキリしているわ。転生前は二日酔いになることもあったけれど、お酒に強くなったみたいね」
「僕も大丈夫です。やはり酒豪として覚醒したようです!」
どうやら転生前よりはコンディションが良いようだが、そもそもが弱すぎだ。
「そりゃ、ジョッキに半分しか飲んでいなかったしな……。あの量であれだけ酔えるんだから、ある意味羨ましいよ」
「え?それしか飲んでいなかったの?」
「おかしいですね、僕の体感だと十杯は飲んだと思うのですが」
「それすら覚えていないのか……ってか、二人とも昨日の記憶はどこまであるんだ?」
ここはぜひとも確認しておきたい。
問われて二人は考えるそぶりを見せた。
「自己紹介くらいまでは覚えています」
「わ……私も、そのくらいだわ」
「姉上も記憶がないのですか?いつもは覚えているのに、やはり体が違うと変わるものですね」
「そうみたい……、このパンケーキ美味しいわ」
頬を染めるほど、そのパンケーキは美味いようだ。
どうやらセーラは、昨日の発言は覚えていないらしい。
酔っ払いに期待をする方が馬鹿だろうが、やはり残念で仕方がない。
昨日は、セーラに大好きと言われたのが嬉しすぎて、俺も大好きだと大勢の前で告白してしまった。
俺も少し酔っていたせいで、気持ちを伝え合えたと有頂天になっていたが、冷静に考えると二度目の告白も不発に終わってしまったようだ。
まぁ、酔った勢いで告白というのもどうかと思うので、今回は不発で良かったのかもしれないが。
そんなことを思っているとセーラと目が合った。
すぐに視線を逸らした彼女は顔が見る見る赤くなって、慌てたようにオレンジジュースを飲み干した。
――パンケーキでも喉に詰まらせたのか?
セーラの今日の服装は、ハンガリーの民族衣装らしい。エプロンに花の刺繍が入っていて、まるで花の妖精のような可愛さだ。
「今日の服もよく似合っているよ」
「あの……ありがとうカイト。嬉しいわ」
いつもより照れた表情のセーラも、この服は気に入ったようだ。
宿屋を出た俺たちはお菓子屋へ向かった。
場所は宿屋の裏通りなので歩いてすぐだ。
あっという間に到着したそこはお菓子の家のような外観で、ゲーム内にもあった店なのですぐにわかった。
クッキーで作ったような見た目のドアを開けた瞬間、お菓子の甘い香りが漂ってくる。
店内を見ると正面にショーケースがあり、可愛らしい見た目のスイーツが並んでいる。
店内で食べることもできるようで小さなカフェのようになっているが、今は開店したての午前中なのでお客はまだいないようだ。
「いらっしゃいませ」
ショーケースの奥に立っていた若い女性が微笑んだ。
俺たちよりも若そうな彼女はこの店の娘だろうか、看板娘に相応しい可愛らしい容姿をしている。
言わなくてもわかるとは思うが、可愛さを競うならセーラが上だ。
「おはようございます。エミジャ村の者ですが、巨大スライムの皮を納品しに来ました」
「まぁ、ありがとうございます!店長を呼んできますね」
店長は母親だろうか。娘を見る限り母親も綺麗なんだろうなと思っていると、彼女が連れてきた店長はこの店の雰囲気とはまるで合わない厳つい親父だった。
この親父さんが、こんなに可愛らしいスイーツを作っているとは……人は見かけによらないものだ。
「おう!よく来てくれたな!早速、裏で見せてもらおうか!」
店長に連れられて俺たちが向かったのは、調理場ではなく裏庭だった。
そこにはタイルが敷き詰められた浅いプールのようなものがあり、どうやらここで作業するのだと思われる。
室内で巨大スライムの皮を取り出すには、かなりのスペースが必要だからこういった場所が必要なのだろう。
限りあるこの町の土地にこんな場所を作るとは、よほどこのお祭りに力を入れているようだ。
裏庭には二人の男性がすでにいて、一人はお祭りの運営委員さんで、もう一人は店長の甥っ子で弟子だと紹介してくれた。
運営委員さんは、嬉しそうに握手を求めてきた。
「いやぁ、今は騎士もいませんし、今年は駄目かもしれないと諦めていたんですが、本当に助かりました!皆さんはたまたまエミジャ村へ?」
「俺たちは最近、エミジャ村に引っ越してきたんです。これからは俺たちがいますので毎年納品できると思います」
「そうでしたか!心配の種が一つ消えて良かったです。皆さんには末永くエミジャ村に住んでもらいたいですね」
「その予定です」
セーラとは老人になってもあの庭を散歩しようと約束したので、俺としてはずっとあの村に住んでいたい。
早速、巨大スライムの皮を取り出してプールっぽい場所に入れると、店長は満足そうに皮の状態を確かめ始めた。
「今年は水色か!夏にぴったりの爽やかな色だな!」
「叔父さんはどの色でも毎年、夏にぴったりだって言ってるよね」
「巨大スライムは夏にぴったりだからな!それより叔父さんと呼ぶな、親方と呼べ!」
「はいはい店長」
親戚同士だからかあまり師弟のようには見えないが、関係は良好なようだ。
運営委員さんも皮を触って頷きながら確認したが、立ち上がるとため息をついた。
「これで昼のお祭りは例年通り行えますが、問題は夜ですね……」




