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06 エミジャ村

「洋介、あっちの東屋で待っていようか」

「そうですね、ここで待っているのも何となく気まずいですし」


 二人で移動し始めると、囲いの中から「わぁ……本当にある」と、微かに呟き声が聞こえてきた。

 セーラの嬉しそうなその声が、とても気になってしまった。何があったのだろう?


 セーラが着替え終わって次に洋介の着替えを待っている間に、それを訪ねてみる事にした。


「さっき、嬉しそうな声が聞こえてきたけど、何かあったのか?」

「……ううん、何でもないわ。実物の服が可愛かったので驚いただけよ」

「そうか……、確かにその服は可愛いな。セーラによく似合っているよ」

「ふふ、ありがとう」


 そんなふうには聞こえなかったが……。

 とても気になるが、俺には言いたくない事なのかもしれないし、これ以上は聞かないでおくか。


 セーラはウエストポーチから何か取り出すと、それを握りしめた。


「……あのね、カイト。今の話とは別なのだけれど、ポーチからこれも見つけたの」


 そっと握っていた手を開いた彼女の手のひらには、指輪が一つのっていた。


「それ……、俺達の結婚指輪……」

「……うん」


 頬を染めて指輪を握り直すセーラの姿に、俺の顔も赤くなっている気がする。


 ゲーム内での結婚はほぼステータスの強化が目的だ。特に恋愛感情が無くても仲の良い者同士で普通に結婚していたし、俺達もステータス目的での結婚だった。


 ――俺は密かに好意を抱いていたが、セーラももしかして……?


 胸が高鳴るのを感じながら、セーラの次の言葉を待つ。


「これは、体力と魔力を補正するでしょ?SSランクの時は微々たる差だったけれど、今ならとても役に立つと思うの」


 ――ですよねー!期待した俺がバカでした。


「そうか、それは思いつかなかったな。今は少しでも補正があったほうがいいし、一緒につけようか」


 そう提案すると彼女は「うん、ありがとうカイト」と、まるで花が咲いたように可憐な微笑みを見せてくれた。


 ――クッ……!結婚指輪はあるが本当の嫁では無い俺の嫁が、可愛すぎる。


 あまりに可愛すぎるセーラを前に、俺は心の中で転生させてくれた神に感謝しながら涙した。




 三人の着替えが終わり、俺はドラキュラ、洋介は男爵、セーラは街のお嬢さん(たれうさ耳)となった。


 ドラキュラ服に付属していたマントは取り外し可能だっため、ウエストポーチにしまっておいた。中二な服が好きな俺だが、流石にマントと眼帯はもう卒業している。

 ちなみに、中二な言動も卒業済みなので安心してほしい。


 コートを着るには少し暑かったので、それもポーチの中だ。


 やっと村に向かい始めた頃には既に薄暗くなってしまっていた。


 この辺りはもうモンスターの出ない地区だが、灯りもないし真っ暗になる前には村へ着きたいということで、急いで歩き始めたのだが。


 セーラは度々躓きながら歩いている。よく見れば服に合わせたのか歩きにくそうな靴を履いているようだ。

 ゲーム内では躓くなんてこと無かったから、これからは意外な弊害が出てくるのかもしれないな。


「セーラ、歩きにくそうだけど掴まるか?」

「ありがとうカイト、助かるわ」


 腕に掴まれという意味で腕を出したつもりが、セーラは手を繋いできた。


 ――いや、待ってくれ。俺、女の子と手を繋ぐの初めてなんだが!


 突然の幸運に俺のキャパは超えてしまい、ひたすら中二服の素晴らしさについて語るという、訳の分からない行動に出てしまった。


 せっかく手を繋げたのに、気の利いた会話も出来ない俺の中身は、実にモブすぎて泣けてくる。

 だが、こんな痛々しい語りも笑顔で聞いてくれたセーラは、まさに異世界に舞い降りた天使そのものに見えてしまった。




 冒険者が初めに訪れる村、エミジャ村に着いたのはすっかり夜になってしまってからのことだ。


 急いで向かったせいで途中でバテてしまい、小休憩を挟んだりしたため遅くなってしまった。

 おまけに俺はかなりテンパっていたので、二人よりも体力を消耗していたと思う。


 こんなことくらいでバテるなんて、このひ弱さは早急に何とかしたい。


 村に入るとゲーム内と同じく、村の奥へと延びる道路の左右には、店が立ち並んでいるのが見えた。

 武器屋・防具屋・洋服屋、宿屋に食堂・酒場、それから薬屋・雑貨屋と、村にしてはかなり充実しているのが特徴だったが、今はどの店も閉まっていて通りは真っ暗だ。


 どういう事なんだろうか。


 ゲーム内では夜も賑わっていたし、他はともかく酒場と宿屋まで閉まっているのは不自然だ。


 少し不気味さを感じていると、セーラも同じく感じているのか握られている手に力が入った。


「本来の村なんてこんなものかもな。皆もう家に帰ったんだろう」

「……そうね、奥の広場まで行けば灯りが見えるかもしれないわ」

「そうです田舎なんてこんなものですよ。僕の実家なんて夜に外出する時は懐中電灯が必須でしたからね」


 俺やセーラとは違い、地方の山奥出身の洋介は何てことも無い様子で歩いていく。

 その姿に少しほっとすると、俺達も後をついて広場へと向かった。


 円形に広がる広場の中心には馬の水飲み場があり、その周囲にはいつも食材を売るNPCやプレイヤーの露店が立ち並んでいた。


 しかし、ここにもそれらは無く。広場の奥に立ち並ぶ家に目を向けると、やっと灯りを見つける事が出来た。


「人は住んでいるみたいだな」

「良かったわ、やっぱり皆もう家に帰っていたのね」

「そのようですね、ですが灯りの数からしても過疎化しているのは確かなようです」


 洋介の言う通り、灯りの見える家は数件しかない。


「宿屋もやっていなかったし私達、今日は野宿かしら?」

「うーん、ダメもとで村長の家でも尋ねてみるか」


 見ず知らずの一般住宅のドアを叩く勇気はないので、NPCとしては馴染みのある村長の家へ行ってみる事にした。

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