67 酔っ払い
「俺からの提案なんだが、二人とも俺から離れたら喧嘩にならないんじゃないか……?」
両者が納得できるであろう提案をしてみたのに、俺は左右からジト目攻撃を受ける。
「ひどいわぁ……カイトは私が嫌いなのぉ?」
素早く潤んだ瞳に変換するセーラ。あざといが、可愛い。実に可愛い。
「いや、そんなことはないぞ」
「それなら、好きぃ?」
――ちょっとセーラさん、公衆の面前でなにを言わせようとしているんですか!
今の発言を聞いていた人たちが、ニヤニヤこちらを見ている。
どうしよう……。ここで選択を間違えると夫婦設定が崩れてしまうし、セーラからの信頼も失いそうだ。
俺にできる最善の返答は、……これしかない。
「セ……セーラは、どうなんだ?」
ヘタレなもので、問題を先送りにするだけで精いっぱいです。
セーラに委ねるなんて大変申し訳なく思うが、これを聞くだけでも俺の心臓はバクバク言っている。
聞き返されるとは思っていなかったのだろう、セーラはきょとんとした表情をみせたが、すぐに表情が柔らかくなった。
「私は、カイトが大好きよ」
それを聞いた瞬間、俺の心臓は一瞬だけ止まった気がする。
はにかむように微笑んだ彼女の言葉は、冗談を言っているようには思えない。
酔っ払いの発言を真に受けるのは愚かだろうが、それでも俺は泣きたいくらいに嬉しい。
「俺も……、セーラが大好きだよ」
「ヒュー!ヒュー!熱いね、お二人さん!」「見てるこっちが照れちゃうわ!」「新婚さんいらっしゃ~い!」
――いやいや、その言い回しを知っているのはおかしいだろ!
照れ隠しに思わず心の中でツッコミを入れてしまう。
あちこちから冷やかしの言葉を浴びせられ、こういうことには慣れていない俺は大いに慌ててしまった。
だが、そんな状態でも俺は聞き逃さなかった。
セーラが小さく「嬉しい」と呟いたのを。
彼女の頬が赤いのは発言のせいなのか、はたまたアルコールによるものなのか。
俺には判断できなかったが、セーラはそのまま満足したような表情で、俺の腕を抱き枕にして眠ってしまった。
翌朝。
俺はドアをノックしてから、寝室のドアを開けた。
「二人とも朝だぞー。朝食が運ばれて来たからそろそろ起きないかー……って、起きていたのか」
ベッドの上で上半身を起こしている二人は、俺に視線を向けるなりジト目になった。
もう、この二人のことはジト目姉弟と呼んでいいか?
「どうして洋介と同じベッドで寝ているの?ひどいわカイト」
「そうですよ、寝室が二つあるのに姉上と一緒にするなんてひどいです」
「姉弟だからいいかなーと思ったんだが、ダメだったか?」
「当たり前です!」
「ダメに決まっているわ」
二人はご立腹のようだが、俺としては酔っ払いを隔離しておきたかったので、仕方のない結果だと思う。
「寝室は二つあるが、ベッドも二つしかないんだからしょうがないだろう。もう一つベッドを出してもらおうにもセーラは爆睡していたし」
事情を説明すると、セーラは顔を赤くして洋介の後ろに隠れた。
「カ……カイト、私の寝顔を見たの?」
「え?あぁ、酒場でも寝ては絡み寝ては絡みの繰り返しだったしな。寝ている二人を宿屋まで運んだのは俺だし、ベッドまで運んだのも俺だから、寝顔はどうしても目に入ってしまった」
そういえば今までセーラは鉄壁だったから、寝顔を見たのは昨日が初めてだったんだよな。
恥じることのない天使のような可愛い寝顔だったが、本人はそう思っていないようだ。
「恥ずかしくて、もうお嫁に行けないわ……」
これは前にも聞いたな。
不発の魔法を叫ぶのと同じくらい恥ずかしいらしい。
「姉上、心配せずとも設定上はすでに嫁入り済みです。見られるのは寝顔どころの話では――」
「いやぁ!」
ドン!
と、洋介を突き飛ばしたセーラは、布団の中へ潜ってしまった。
一方、突き飛ばされた洋介は、骸骨が崩れ落ちたような状態で床に倒れているが、自業自得だろう。彼は度々露骨な発言をしては、セーラの不興を買っている気がする。
本人はわざと露骨な発言をして、セーラの反応を楽しんでいるようにも見えるが、行動がお子様だ。
朝から元気なのは良いが、早くしないと朝食が冷めてしまう。
「二人とも朝食は食べないのか?セーラのパンケーキ、クリームたっぷりで美味そうだったぞ」
「……食べるわ」
布団から目だけ出したセーラはそう呟いた。
エミリーほどではないが、セーラも割と甘いものには釣られるタイプだ。




