65 ビールの時間
「皆さん!喜ばれているところ申し訳ありませんが、彼女はセシリア王女ではありません。とても良く似ていますが他人の空似で、彼女は俺の妻なんです」
証明になるかわからないが、二人の結婚指輪を見せてみた。
歓声は収まったが皆、半信半疑といった様子でセーラに注目している。
小声で王女との違いを議論し始めている人たちもいる。
このほかにできる事といったら、ゲーム内で発行された結婚証明書を見せるくらいだ。
だが、あれには俺の正式名が記載されているから、あまり見せたくない……。
そう思っていると、宿屋の店主が俺たちの前にやって来た。
「そうです、この方はセシリア王女ではございません!昼間も間違われて大変だったんですから」
そう言いながら笑った店主は、俺たちに目配せをした。
「さぁ、お客様!ディナーのご準備のために戻られたのでは?どうぞお部屋へお戻りください」
「そっ、そうだな。部屋へ戻ろうか、セーラ」
「そうね、ディナー楽しみだわ。ふふ」
店主に促されるまま、俺たちはこの場を後にした。
全員の誤解を解けたかはわからないが、店主のおかげで信頼度は上がったと思うので店主には感謝したい。
俺たちは部屋へと戻ると、二人で同時にため息をついた。
「さすがに大勢の前で夫婦のふりは恥ずかしい……店主には助けられたな」
「そうね……心臓がまだ、ドキドキしているわ」
「なかなかお似合いでしたよ。がっかりと悔しさが入り混じったような表情をしている男性が多かったのが見ものでしたね。さすがは姉上、王女という肩書きがなくとも男性を虜にできるようです」
確かにな。セーラは例え貧民の恰好をしていたとしても、その可愛さが劣ることはないだろう。
「もう……からかわないで。私、着替えてくるわ……」
「そうだな、あまり時間もないし俺たちも着替えて出かけよう」
「今日は暑くて汗をかきましたからね。残念ですが夜は爵位を落として男爵服にします」
「俺もドラキュラ服でも着るか……。セーラが刺繍してくれたこの服はお気に入りだが、町では着ないほうがよさそうだな。貴族と間違えられて余計なトラブルが増えそうだ」
「そうですね。Sランクの刺繍はこの世界ではとても貴重な物のようですし」
この服を着られないのは残念だが、セーラにまた迷惑がかかると困るのでしばらくは我慢しよう。
着替え終えたセーラは、今回は民族衣装縛りなのか、また違う民族衣装に着替えていた。これは確かフランス民族衣装だったか。
赤いスカートに黒いエプロンが、セーラの可愛さを引き立たせている。
「それも良く似合っているよ」
「ふふ、ありがとうカイト」
俺たちがディナーへ向かった先は、レオくんの両親が住んでいるアパートにほど近い酒場だった。
「あ!皆様こちらです!」
酒場の前で手を振っていたのは、村長の息子ナッシュさんだ。
「遅くなってしまって、すみません。少し立て込んでいたもので」
「とんでもありません!皆は中に入って席を確保しているんで、どうぞこちらへ!」
弾んだ足取りで中へ入って行くナッシュさんに続く。
その浮かれ具合はよくわかる。俺も久しぶりに酒が飲めると思うと、心が弾んでしまう。
酒場の中に入ると、一瞬にして喧騒に包まれた。
薄暗い店内にはあちこちに灯りが置かれ、木製の大きなテーブルがいくつも並んでいる。
お祭り前で人が集まってきているせいか酒場は満席に近く、木製のジョッキを片手に談笑している様子は、まさに異世界に来たのだと実感する。
――この雰囲気、俺が想像していた通りの酒場だ!
ちょっとした感動を味わっていると、酒場の奥で手招きをしている集団が目に留まった。
テーブル二つを繋げている大所帯。あそこにいるのがエミジャ村の人たちのようだ。
「来た来た!カイト様!洋介様!セーラ様!」「どっちがカイト様と洋介様かわかんないけどよろしくお願いしま~す!」「セーラ様めちゃくちゃ可愛い!」
早くも、でき上がっているな。
「遅れてしまってすみません。俺がカイトで、彼が洋介、彼女がセーラです。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします!」「さぁ、座って座って!」「まずは乾杯だ~!」「早い早い!」
男性・五名、女性・四名、十歳前後に見える女の子が一名の、合計十名。
これが出稼ぎに来ている全員のようだ。
大人は転生前の俺たちと、同年代に見える人が多い。
そして一人だけ立っている女性が、この酒場で働いている人のようだ。
「私、今日は店長に頼み込んでここのテーブル専属にしてもらったんです!ジャンジャン頼んでくださいね!今、エール持ってきまーす!」
「お願いします」と見送った後になって思い出した。
「……あ、セーラと洋介は酒じゃないほうが良かったか?嫌いなんだろう」
「嫌いとは言っていないわ。飲むことは割と好きよ」
「そうですよ、嫌いならそもそも絡まれて揉めたりしません。それに、体質も変わっているんじゃないかと思いまして」
「あぁ、そうか。確かにそうかもな」
俺もこの体で飲むのは初めてだから、確認しつつ飲んだ方がいいな。
「さぁ、皆様どうぞ!」
すぐに持ってきてくれたエールが目の前に置かれる。
憧れていた木製ジョッキに並々と注がれたエールは、キラキラした泡が早く飲んでと言わんばかりに溢れ出している。
そして俺の瞳も、今は泡と同じくらいにキラキラと輝いていることだろう。
――待ちに待った、ビールの時間だ!
ナッシュさんは全員に飲み物が行き渡ったのを確認すると、立ち上がってジョッキを突き出した。
「それでは、カイト様、洋介様、セーラ様との出会いと!村への帰還を祝して、乾杯!」
「カンパーイ!!」




