63 名前の由来
途中で数軒ほど寄り道をしながら、俺たちは本屋へたどり着いた。
ドアを押し開けて中を見回すと、さほど店内は広くないが天井は高く、限りあるスペースを極限まで利用するように本棚が天井まで伸びている。
ところどころに梯子がかけてあり、宝探しの如く自らの手足で本を探し出せるという状況は、本好きならテンションが上がる光景ではないだろうか。
セーラは一直線に小説のコーナーと思しき一角へ向かった。
レシピ本ではなく、小説をお土産にしたかったようだ。
夜の暇つぶしに読書も良いかもしれない。
セーラがお土産を選んでいる間、俺と洋介もそれぞれ本を物色することにした。
「エミリーちゃんが、王子様が出てくる物語を読んでみたいと言っていたの。良い本が見つかって良かったわ」
数十分後、そう言いながらセーラが購入した本の数、ざっと三十冊。本棚の恋愛小説コーナーと思われるスペースが、ごっそりと空いていてとても目立つ。
「それ……姉上の趣味も混ざっていませんか?シンデレラみたいな話ばかりではありませんか」
洋介は積み上げられた本をパラパラとめくってそう指摘する。
「へぇ、セーラはシンデレラが好きなのか?」
「姉上が好きなのはシンデレラ本人というより、シンデレラストーリーですね。虐げられているところに王子様なんかが颯爽と登場して、ヒロインを救うようなお話が大好きなんです。名前からも察してください」
「なるほど、屋根裏に住む系の名前だったんだな」
「洋介……、あまりカイトに話さないで。恥ずかしいじゃない……」
セーラにも人に言いたくない趣味があったようだ。これなんか俺の中二病に比べたら可愛いものじゃないか。
だが、やはりセーラは王子みたいなイケメンが好きなんだな。
俺のかけ離れた容姿とヘタレな性格では、どう頑張っても王子には太刀打ちできない……。
「そういえば、カイトの名前の由来も聞いたことがなかったわ」
会計を終えたセーラが、大量の本をマジックポーチに入れながら訪ねてくる。
――由来については、出会った最初の頃に話した記憶があるが……。
あの頃は中二病が末期で、現実を直視しなければならない年齢に差しかかり、かなりこじらせていたから、どうやら言っている意味を理解してもらえていなかったようだ。
洋介も俺の名前の由来については記憶がないようだ。
「ふっ……、俺の邪眼は海龍から受け継いだものだからな。彼を忘れないためにも『海』という文字を入れたんだ」
おさらいすると『カイト』はニックネームとして使っていた名前で、正式名は『卍海斗卍』である。
「斗にはどんな由来があるのかしら」
せっかく久しぶりに、邪眼という設定の赤目に触れるポーズまで取って、中二発言をしてみたのにあっさりとスルーされてしまった。
俺、ちょっと悲しい……。
「斗は、本名の一部だな……。悠斗っていうんだ。俺の本名」
「悠斗……、素敵な名前ね」
セーラに本名を呼ばれる日が来ようとは……。
なんだろう、意味もなくとても嬉しい。
「セ……セーラの本名はなんていうんだ?もう個人情報とか関係ないし聞いてもいいかな?」
「えぇ、いいわよ。私は、夏帆というの」
「夏帆……」
なんて素晴らしい名前なんだ。
夏の暖かい日差しと爽やかな海の風を浴びた白い帆、大きく広げられたそれは船を目的地へと導いてくれる。
まさにセーラに相応しい、女神のような名前だ。
「良い名前だな」
「ふふ、ありがとう悠斗」
あぁ、また呼ばれてしまった!最高じゃないか、本名呼び!
「あのう、二人の世界に入っているところ申し訳ないのですが、僕の本名は聞いてくれないのですか?」
「洋介は聞くまでもなく洋介だろう?」
「なっ、なぜカイト殿が知っているんですか」
「なぜってなんとなくだよ。キャラ名にするには捻りが足りないし」
「うっ、カイト殿にまで感づかれていたとは……。僕はゲーム内で本名を宣伝していたようなものなんですね……」
「俺までってどういう意味だよ」
「カイト殿は割とこういった事には気がつかないではありませんか。なんせ僕たちのことを十六年間も姉弟だと気がつかなかったのですから」
「そっ、それについてはもう忘れてくれないかな……洋介くん」
恥ずかしことを思い出させないでくれ。
これ自体も恥ずかしいが、これに関連して不発の告白まで思い出すじゃないか。
セーラだって気まずく……と思っていたら、彼女は俺たちの話には興味がなかったようで、さっさと出入口のドアを開けていた。
「そろそろ日が暮れるわ、宿に戻りましょう」
夕暮れ時の中央広場には、多くの馬車が並んでいた。地元の馬車もあるようだが、荷物をたくさん載せた馬車が多くみられる。
どうやらこの馬車の多さは、お祭りの見学に来た人たちが到着したからのようだ。
こうして遠くからもやって来るとは、人気なお祭りのようだ。
宿屋に戻ると一階はチェックインを待っている人や、カフェスペースでくつろいでいる人などで混雑していた。
本来なら、お祭り目的で来た人たちで楽しそうな雰囲気になっているのだろうが、そこは緊張感に溢れた場となっていた。
皆が息を押し殺しながら視線を向けている先には、貴族と思われる中年の男性と宿屋の主人が、今にもバトルを始めそうなピリピリとした視線を向け合っていた。
「何度も言わせるな!毎年、あの部屋を利用しているのは私たちだ!確保しておくのが当然だろう!」
「ですから、何度も申し上げた通り当宿は先着順です!準男爵様と言えども決まりは守っていただきませんと!」
既にバトルは始まっていたようだ。
誤字報告してくださる皆様、いつもありがとうございます!
今年も誤字脱字が多くて申し訳ありません(涙




