62 叱られるカイト
その後、細かい取引交渉は洋介が請け負ってくれたが、満足そうな顔をしているので交渉はうまくいっているようだ。
俺はその様子を見ながら、ふと思いついた。
「あ、それから――」
「まっ、まだなにか……ございましょうか?」
震えている会長には申し訳ないが、あともう一つだけ頼みたい。
ちなみに息子は先ほど部屋から運び出されたので、向かいのソファーには会長しか座っていない。
「村で家畜を飼いたいと思っているのですが、家畜もこちらで取り扱っていますか?」
明日は、畜産農家を訪れて家畜の購入方法を聞こうと思っていたが、この商会に頼めばなんでも調達してくれそうな気がする。
無理難題ではないとわかると、会長の表情は和らいだ。
「家畜ですか。今すぐには無理ですが仕入れることは可能です。移動やなんやで到着までに一ヶ月ほどお時間をいただきますが」
「それで構いません。乳牛十頭、鶏二十羽、羊十匹をお願いできますか」
「承知いたしました。ただ、羊は毛刈り前ですので値段が高くなると思いますが」
今はモコモコになっているだろうから、その分の商品価値があるのか。
だが、冬になると仕事も激減しそうだし、糸を紡いだり編み物するのは良い暇つぶしになるだろう。
「構いません。羊も一緒にお願いします」
一ヶ月後には羊舎もでき上がるだろうから、迎え入れる時期としてはちょうど良い。
今年の秋は、皆で羊の毛刈りでもしてみようかな。
「カイト様、妻を連れ戻していただきありがとうございました」
商談室を出るとリオさんが深々と頭を下げた。
「思ったより、平和的に解決できて良かったですよ」
「あれが平和的ですか?僕には脅しているようにしか見えませんでしたが……」
洋介は呆れたように言う。
「あの時は、セーラが侮辱されているような気がして、イラっとしてつい……」
「イラっとしたくらいで槍を持ちだすなんて、恐怖政治の世界ですか!」
「悪かったよ……今度からは気をつける……」
叱られる気はしていたが、やはり叱られてしまった。
俺自身もあの行動力には正直驚いているんだけどな。
割と温厚だと自分を評価していたのに、びっくりの乱暴さだ。
「少し驚いたけれど、私は嬉しかったわ。ありがとうカイト」
俺の手を握ったセーラは、村娘ファッションとは不釣り合いな神々しい微笑みを浮かべてくれた。
「あ……うん」
セーラのためなら槍の一本や二本はいくらでも突き刺せるが、セーラを驚かせてしまったようなので、やはり今後は気をつけたいと思う。
一階にある馬車が乗り入れられる場所へ戻ると、俺が注文したエールの樽と一緒にララさんが待っていた。
「ララ!」
「リオ!黙って部屋を出てしまってごめんなさい」
「君が無事ならいいんだ!俺だけでは助けられなくてごめん……。困っていたところを皆様が助けてくれたんだ」
「皆様?」
初対面の人に助けられて不思議に思っているララさんに、俺たちの自己紹介とこれまでの経緯を話すと、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。
「私のためにそんな大金を……、一生かけてお返しいたします!」
「いや、それについては気にしないでください。もっと違う解決方法もあったでしょうが、手っ取り早く済ませるためにお金を使っただけなんで。むしろ強引にお金で解決してしまい申し訳ありませんでした」
「そんな!助けていただき感謝しております!ですからお金は……」
「それに、俺はレオくんと約束したんです。お父さんとお母さんを必ず連れて帰ると。約束は守らないと」
それを聞いたララさんは、村に帰ってレオくんに会えるという実感が湧いたのか、涙を浮かべながら何度もお礼を言ってくれた。
これでレオくんとの約束も果たせるし、俺としても満足な結果だ。
エールの樽を受け取って商会を出た俺たちとリオさん夫婦は、また夜に会おうと約束をして一旦別れた。
ちなみにエールの樽は十一個あって、息子が迷惑をかけたからと会長が一樽おまけしてくれた。
脅し取ったようでなんだか申し訳ないので、次回商談する時は安めに売ろうかなと思う。
「さて、微妙に時間が空いてしまったな。どうしようか?」
「のんびり町でも散策しながら宿へ戻れば、ちょうど良い時間になると思います」
「皆へのお土産も買いたいわ」
「そういえばエミリーと約束していたようだな。なにを買うか決まっているのか?」
「えぇ。この世界にもあるかわからないけれど、本屋さんへ行きたいわ」
「それならここへ来る途中で見かけましたよ」
「それじゃ、本屋を目指して散策しようか」
エミリーと本か。お菓子のレシピ本でも探すのだろうか。




