61 キレるカイト
会長はホクホク顔で、息子に視線を向けた。
「バレット、お前のポーチに入れておいてくれ」
「わかりました、父上」
会長の息子は俺が出したスライムの皮をどんどんポーチに収納していくが、確かこのポーチは冒険者しか購入できなかったはず。
「息子さんは冒険者なのですか?」
「いやぁ、息子にマジックポーチをせがまれましてな、登録だけさせたんですよ。こういった場面では役にも立ちますし」
会長は親バカぶりに対して照れているようだが、同時に息子にそれだけの物を与えられるという自慢なんじゃないかとも思う。ちょっと得意げだ。
息子のわがままを聞いてやる親だということはわかった。
ララさんのことも、この会長が絡んでいる可能性は高そうだ。
そろそろララさんの話題を出してみるか。
「そうでしたか。ところで、メイドも一人雇いたいと思っていたのですが、先ほどお茶を持ってきてくれたメイド、気立てが良さそうなので譲っていただけませんか。もちろん謝礼はお支払いいたします」
すかざす謝礼の十万リルをテーブルに置くと、両極端な表情をしている親子を見ることができた。
喜怒哀楽でいうと会長が喜で、息子が怒だ。
落ち目の商会なら、楽してお金を得ることに食いつくかもしれないと思ったが、予想通りだった。
ちなみにこの国の通貨単位はリルで、一リルは一円くらいだと思う。
先ほどから良い商談ばかりなので上機嫌な会長は「それくらいお安い御用です」とお金に手を伸ばそうとした。が、息子がそれに割って入ってきた。
「父上!ララは駄目です!ほかのメイドにしてください!」
「なにを言っている。あの娘との結婚は許さないと言っただろう!だいたいあの娘は人妻じゃないか。住み込みにしてやっただけでもありがたく思え!バカ息子なもので申し訳ありませんね、カイト様」
どうやら会長は常識人のようだ。
っというか落ち目の商会なら、なんとしても利益が見込めそうな相手と結婚させたいだろう。
ララさんは息子のわがままで、無理やり住み込みで働かされていたようだ。
「いえ、お譲りいただけるのでしたら問題ありません」
「そりゃもう、メイドはほかにもおりますので、一人減ったくらいでは困りません」
「待ってくれよ、父上!そんなに金が欲しいのか?十万リルなんて俺だって払える!」
なおも食い下がる息子は、俺と張り合うようにポーチから十万リルを取り出して、テーブルに叩きつけた。
俺にお金で張り合おうとは、いい度胸をしている。
俺のポーチには、ゲーム内でちまちま稼いで去年やっと表示できる数字がカンストしたお金が入っているというのに。
「できれば円満解決したいので、辞退してもらえませんか?息子さん」
そう言いながら俺は、もう十万リルをテーブルに乗せた。
「ララを譲る気はない!メイドならほかにも大勢いるから、好きなのを選んでください!」
息子も負けじと十万リルをテーブルに無造作に置く。
「俺は彼女に来てもらいたいんです。これから村を再生するのに彼女が必要なので」
さらに十万追加だ。
「村……?そうか……このスライムの皮、エミジャ村の者か!ララがいると知っていて入り込んだな!」
とまどいながらも追加で十万リル取り出す息子。え……、もう厳しいのか?
「そうですね、本来の目的は薬草とスライムの皮を売ることだったのですが……。ララさんのアパートを訪ねたら、三日も帰っていないと聞いて驚きました。こちらの商会は人さらいもやっているんですか?」
通算、四十万リルをテーブルに置きながら会長に目を向けると、キラキラお目目で増えていくお金を見つめていた会長はハッと我に返り、青ざめた表情で息子に掴みかかった。
「おっ……お前!本人に了解を得たと言っていたではないか!無理やりさらってきたなんて噂が立ったら、この商会はもう終わりだぞ!どうしてくれるんだ!」
「だっ、だって、準男爵令嬢との縁談が破棄になったんだから、美人とでも結婚しなきゃ箔がつかないだろう……。そうだ、お客さん!そんなにララがいいなら、そこの娘と交換しませんか?女一人連れ戻すのに大金を積むなんてもったいないでしょう。ララより田舎臭いが……あれ?王女に少し似ているような――」
――そこの娘とはセーラのことを言っているのか?
気が付けば俺は、立ち上がりながらポーチから槍を引き出していた。
――セーラはなぁ、いくら大金を積んでも手に入らないし、どんな格好をしても世界一可愛いんだ!!
引き出した動作の流れで、息子の首の横すれすれに向けて槍を突き出した。
俺の足元でガシャン!と食器同士がぶつかるような音がしたがどうでもいい。
ソファーの背もたれに槍が突き刺さり、詰め物の羽毛が辺りに舞う様子は、まるでそこだけスローモーションのようだ。
それに合わせるように、息子もゆっくりと事態を把握し、青ざめていく。
俺は槍を握ったまま、彼に顔を近づけた。
「俺の妻がなんだって?」
「お……奥様で……?た……大変……失礼いたしまし……た」
青ざめながらも謝罪を述べた息子は、そのままぽっくりと意識を失ってしまった。
これくらいで意識を失うとは、冒険者として活動したことは一度もないようだ。
俺は小さく息を吐きながら槍をソファーから引き抜くと、いつの間にか踏んでいたテーブルから片足を下ろした。
土足でテーブルを踏むなんて、乱暴な真似をしてしまった。衝撃で紅茶がこぼれている。
槍をポーチに戻し終えると、辺りの様子がおかしいことに気がついた。
なんだろうと思い辺りを見回すと、会長とリオさんに加えセーラと洋介まで、唖然とした表情で俺を見ていた。
――まずい……、やりすぎたか。
「あ……突然、申し訳ありませんでした。ララさんの件はご了承いただけますか?後、ソファーは弁償します」
「ももももももちろんでございます!ぜひともお譲りさせてください!弁償は結構です!!」
ぷっくりお餅が膨らんだような顔の会長が、少ししぼんだように見えたのは気のせいだろうか。




