58 レオくんの両親
レオくんの両親が住んでいるアパートは、町の北側の壁沿いにあった。
壁の中は庶民と富裕層で住む地域が分かれているようで、南側は質の良い建物が多く北に行くほど簡素な建物になっていく。
レオくんの両親が住んでいるのはとても簡素で、冬はとてもじゃないけど住めそうになさそうな古めかしい木造のアパートだった。
ここは季節労働者用のアパートなのかもしれないが、それでも春と秋は隙間風で寒そうだ。
その最上階へ上がっていくと、両親の部屋はあった。
ドアをノックして少し待つと、俺たちの見た目より十歳くらい年上そうな男性がドアを開けてくれた。
「こんにちは、レオくんのお父さんでしょうか?」
「はい……なぜ、息子の名前を……?」
「俺たち、最近エミジャ村へ引っ越してきたんです。俺はカイト、こちらが妻のセーラ、その隣が妻の弟で洋介といいます。町へは巨大スライムの皮を納品しに来たのですが、ついでに手紙も預かりまして。できれば返事も伺いたいのですが読んでいただけますか?」
なるべく不審がられないように俺たちの素性を明かし、村人なら理解できるであろう巨大スライムの皮についても口に出してみたところ、どうやらレオくんのお父さんは納得してくれたようだ。
「それはわざわざ、ありがとうございます。狭いですがどうぞお入りください」
お言葉に甘えて中に入らせてもらうと、中はワンルームのようだった。
簡素な台所と暖炉が手前にあり、奥にはベッドが左右に一台づつ、その真ん中にテーブルがあり椅子はない。
ほかには、家具とは言えないが木箱が二つあるだけの、実にシンプルな部屋だ。
窓にはガラスが入っておらず、木の扉を押し開くタイプの窓のため室内は割と薄暗い。
そして、片方のベッドには一人の男性が腰かけていた。
「先客がいるもので狭くて申し訳ありません。ナッシュ、こちらの方々は村から巨大スライムの皮と手紙を運んできてくれたんだ」
「巨大スライムの皮を皆さんが?今年は駄目もしれないと思っていたのでありがたいです!どうぞ、椅子もない狭い部屋で申し訳ありませんが、ベッドにおかけください」
「お前が言うなよ……」
村で一緒に育ったのだろう、仲がとても良さそうだ。ナッシュと呼ばれた彼は、人の良さそうな顔立ちがどことなく村長に似ている。
「もしかして、ナッシュさんは村長の息子さんですか?」
「あ、やっぱりわかりますか?親父に似ているってよく言われるんですよね」
「雰囲気が似ていますね。ナッシュさんにも手紙を預かって来ましたのでどうぞ」
「俺にも?ありがとうございます。手紙なんて久しぶりだなー」
「返事を頂きたいので、まずはお二人とも読んでいただけませんか?」
「はい、わかりました。おいリオ、なにキョロキョロしているんだ」
「いやぁ、お客様に飲み物をと思ったんだけど、コップが二つしかないから何か代わりにならないかなーと……」
キョロキョロするまでもなく、この部屋には台所に置いてあるコップと皿しか無さそうだが。
「紅茶で良ければ、私が入れます」
「そうだな、頼むよセーラ。リオさんもどうぞ手紙を読んでしまってください」
「お客様に申し訳ありません」
セーラがマジックポーチからティーセットを出して紅茶を入れている間に、二人は向かいのベッドに座り手紙を読み始めた。
紅茶を飲みながらそれを眺めていると、次第に二人の表情が驚きに変わっていくさまは、サプライズをしているようで、なんだか楽しい。
二人は読み終えると、まだ信じられないのか手紙を交換して、また読み始めた。
「どうやらうちの父さんが、勘違いをしているわけではないようだな……」
リオさんの呟きにナッシュさんも続く。
「うちの親父も夢を見ているわけではないようだ。カイト様、本当に俺たちを村で雇ってくれるんですか!?」
「はい、仕事内容はその時々で変わってしまうかもしれませんが、村で働くのは保証します」
「村で暮らせるなら、どんな仕事でもやりますよ!」
「そうです!息子と暮らせるなんて……夢みたいだ……」
感極まったというよりは、急に元気がなくなったようにリオさんは下を向いてしまった。
「どうしました?リオさん」
「実はその……妻のララが、三日前からアパートに戻ってきていないもので……」
「ちょうど俺たち、二人とも今日は仕事が休みだったので、どうしたものかと相談していたんですよ」
「行き先に心当たりはあるんですか?」
「妻はこの町で一番大きな商会のメイドをしているのですが、そこの跡取り息子がララと結婚したがっているようで困っていたんです。メイドの仕事を辞めるように言ったのですが、給金を上げるから辞めないでほしいと言われたらしく、本人も決心がつかなかったようで……。彼女はレオを学校へ通わせるための貯金がしたかったので」
なるほど。レオくんはまだ五歳だが、今から貯金しなくては間に合わないほど稼ぎは少ないようだ。
「ではその跡取り息子が、強硬手段にでた可能性が高いですね」
洋介の考えには俺も同意だ。
「だが商会の跡取り息子なら、もっと利益になりそうな家の娘と結婚するんじゃ?」
「この町もだいぶ景気が悪くなってきましたから、決まっていた準男爵令嬢との結婚は破棄になったそうで。落ち目の商会に嫁ぎたい娘はこの町にいないようです」
「それでララが目をつけられたんです。コイツの嫁は村一番の美人ですから!」
ナッシュさんがリオさんの肩を叩くと、リオさんは照れくさそうに微笑んだ。どうやら自慢の嫁のようだ。
だが、申し訳ない。村で一番の座はすでにセーラに入れ替わっている。




