54 出発の日
「カイト様、セーラ様、洋介様、どうぞよろしくお願いいたします」
良く晴れた日の午前中、村の広場。
今はこの場に村人が全員集まっている。村長の言葉とともに全員が深々と頭を下げた。
昨日盛大におこなわれたお祭りは、今はもう綺麗に掃除が終わっていつも通りの広場に戻っていた。
そして、先ほど村へ来て早々に渡されたのが、ターキーの羽根だった。
ターキー祭りにばかり気を取られて、本来の趣旨を全員が忘れていたのだから笑ってしまう。
洋介は照れながらターキーの羽根を受け取っていた。
今日はいよいよ、イーサ町へ巨大スライムの皮を納品しに行く日だ。
村人が下げる頭を見ながら、皆の期待を背負って町へ向かうのだと思うと、しっかり仕事をこなさなければと少し緊張してきた。
初めは皮の納品ついでに町を散策して帰ってこようと気軽に思っていたが、いつの間にか大ごとになってしまっている。まぁ、その大ごとの発案は全て俺なのだが。
「巨大スライムの皮の納品はもちろん、皆さんからの手紙もしっかり渡してきます」
「イーサ町へは歩いて二日ほどかかりますので、道中どうぞお気をつけください」
野宿をする場所は、選ばなければモンスターに襲われると村長は教えてくれたが、冒険者に今更そんな事を教えるとは、村長も俺たちがド素人なのは気がついているのだろう。
しかし、俺たちにその心配は無用だ。
「伝え忘れていましたが、俺たちは馬車で行くので安心してください」
「馬車など、どちらに……」
困惑する村長。
俺たちが初めてこの村へ来た日は徒歩だったのだから、当然の反応だろう。
これは見せたほうが早いと思い、俺はポーチから馬車を取り出した。
この馬車はゲーム内の移動手段として所持していた課金アイテムだ。他にも車やバイク、動物の形をした乗り物など、世界観ぶち壊しな課金アイテムの乗り物が多数ある。
その中で一番無難な馬車を選んでみた。
これなら普通に、この世界で富裕層が乗っていそうな馬車なので、俺たちが所持していてもおかしくはないだろう。
無難な物を取り出したつもりだったが、村人には驚かれてしまった。
「ど……動物をマジックポーチに入れて運べるのですか……」
「え?はい……運べちゃいましたね」
「まさかその中で息ができるなんて思いませんでした。長年、冒険者と接してきましたが、動物をポーチに入れて運ばれる方は初めてです……」
どうやら動物をポーチに入れるのは、非常識だったらしい。
俺のポーチには動物どころか人間も入っていたわけだが、これは口が裂けても言えないな……。
「旦那様、どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「奥様と洋介様も、どうぞお気をつけて。お帰りを楽しみにお待ちしておりますわ。後、お土産も」
「きっとエミリーちゃんが気に入る物を見つけてくるわ」
ふふっと笑みをこぼしたエミリーは、セーラと約束したらしいお土産が楽しみのようだ。
「二人も気をつけて留守を頼むな。何か困ったことがあったら村長に相談するんだぞ。村長、二人をよろしくお願いします」
「はい、お任せくださいませ」
申し訳ないが今回、二人には留守番をしてもらう事にした。
何日も屋敷を無人にするのは心配だし今回は用事も多いので、また今度のんびり町を散策できるときにでも連れて行こうと思っている。
今回、町でしなければならない用事はたくさんある。
巨大スライムの皮を納品し、干してもらった薬草とスライムの皮を売り、出稼ぎに行っている人たちを訪問して手紙を渡し、家畜の購入方法も調べる必要がある。
それから個人的な用事だが、ビールを買いたい!
この世界へ来てからまだ一滴も酒を飲んでいないので、そろそろ禁断症状が出そうだ。辛い物は確保できたが、しゅわしゅわした物も確保したい。
「それじゃ、行ってきます!」
村人とセバス、エミリーが見守る中、俺とセーラは馬車に乗り込んだ。
御者は洋介がしたいというのでお願いすることにした。どうやら彼には、乗馬の趣味があったらしく馬の扱いには慣れているらしい。
乗馬なんて田舎民の趣味というよりは、セレブの趣味じゃないかと思えるのは気のせいだろうか。
馬車が動き出し、走って見送ってくれるレオくんに手を振っていると、馬車に乗ってからずっと黙っていたセーラが突然抱きついてきた。
「セ……セーラさん、いきなりどうしたんですか!まだ午前中ですよ!」
夜に抱きつかれても尚更困るだけだが、いきなりの状況に頭は大混乱だ。
身を引きながらセーラの顔を見ると、彼女は震えながら上目遣いに俺を見た。
「カイト……しっかり掴まっていないと危険だわ」
「……はい?」
セーラは、馬車が怖いのか?




