33 真実
別に笑わせようとは欠片ほども思っていなかったので、俺の頭の中は『?』で埋め尽くされる。
「え……俺、何か変な事を言ったか?」
「ごめんなさいっ……。洋介の言った通りなので、可笑しくて……」
「洋介が?」
ますます意味が分からない。
「えぇ。洋介が、カイトは何か勘違いをしているって……」
「勘違いなんてしていたか?」
よく分からんが、セーラはお腹を抱えるほど面白かったようだ。
涙を指で拭った彼女は、改めて俺を見た。
「ふふ、私と洋介は姉弟よ」
「それは、設定上だろう?」
「違うわ、本物の姉弟よ」
「へ……?」
そんなのありえないだろう。
二人が恋人同士だと分かる前だって、姉弟だと感じた事など一度もない。
それに今朝の会話は何だったんだ。
「毎朝、洋介を起こしているんだろう?」
「姉弟だもの、起こしたりするわ」
「だが、同棲していると……」
「家族なのに変な言い方だわって言ったじゃない」
確かにそんな返しをされたが、祖父母も一緒に暮らしているから同棲には当たらないと、言っているのかと思っていた。
だが、二人が姉弟だと思えない一番の理由はこれだ。
「……そもそも、セーラと洋介は違う町に住んでいただろう?」
「それは……事情があって私は祖父母の家で育ったのよ。姉弟で間違いないわ」
「………」
――そんなの、分かる筈ないじゃないかー!
ちゃぶ台の如く、目の前のテーブルをひっくり返したい気分だが、セーラが驚いてしまうので思いとどまる。
怒りなのか驚きなのかよく分からない感情が沸いてくるが、一つはっきりしているのは二人が十六年間も秘密にしていたという事実。
それが頭に染み渡ると興奮が収まり、なんだか悲しい気持ちになった。
俺は二人に対してゲームを超えた絆のようなものを感じていたのに、二人はそうでもなかったのかもしれない。
「どうして二人は、ずっと黙っていたんだ……?」
ネット上の相手には個人情報を容易く渡さないものだ。そう言われてしまえばそれまでだが、俺達はその程度の関係だったのだろうか。
俯く俺の落ち込み具合を察したのだろうか、セーラは心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「洋介はゲーム内でも私の事を『姉上』と呼ぶことがあったわ」
「洋介は言い方がコロコロ変わるから気にしていなかった……」
「洋介と登山へ行った話もしたわよ」
「ゲーム内の話だと思っていた……」
「温泉へ行った話もしたわ」
「ゲーム内の話だとばかり……」
「海へ行った話は?」
「ゲーム内の……って俺、めちゃくちゃ勘違いしてたんじゃないか!」
「ふふ、誤解が解けてよかったわ」
ゲームをやりすぎていたせいで、全部ゲームとして処理していたとは、恥ずかしすぎる!
もうセーラの顔を見ていられなくて、頭を抱えると。
「……あのね、カイト。聞きたい事があるのだけれど……」
「何ですか?セーラさん」
「今は、この世界で……結婚したい人はいるのかしら……」
――今、それを聞くのか?セーラさん、鬼すぎません!?
俺が答えずにいると、セーラも黙ったまま沈黙が流れる。
これは言うまで帰してもらえないやつだ……。
――これに答えたら、告白しているも同然じゃないか……。
でも……、ヘタレモブな俺が告白出来る機会なんて、早々やってこないんじゃないだろうか。
この機を逃すなと、俺の心の中にいる誰かが言っている気がする。
俺は気合を入れるために、髪の毛をグシャっと掴んだ。
セーラの顔を見る勇気がないのは許してほしい。
「あぁ……、いるよ。十六年間ずっと一緒にプレイして来て、ずっと想い続けてきた。ずっと会いたいと思っていた人と、やっとこの世界で出会えたんだ」
心臓の音がヤバイ位に聞こえてくる。息も苦しいし、セーラにヒールしてもらいたいくらいだ。
再び沈黙が現れたかと思うと、ガタッとテーブルが何かにぶつかる音がした。
そちらに視線を向けてみると、セーラが立ち上がった時にぶつかった音のようで。
彼女の顔を恐る恐る見上げてみると、セーラはこれでもかというほど顔を真っ赤にさせていた。
「わっ……私も、この世界に結婚したい人がいるの」
セーラはそう宣言すると、走って部屋から出て行ってしまった。
そして三度、沈黙は訪れる。
――嘘だろ……、ここで逃げるんですか、セーラさーん!
唖然とドアを見つめていたがその日、セーラが戻ってくる事は無かった。
明日は洋介視点になります




