20 睡眠不足
こんな時には風呂にでも入ろう。
そう思って俺は脱衣所へ向かった。
当面、囲いがない状態なので風呂に入る時は水着を着用することになっている。
水着に着替えて外へ出ると、滑り落ちるように露天風呂の中に入った。
お湯に潜ると全てを忘れられそうだ。
息の続く限りお湯の中に漂う。
このまま溶けて無くならないかなーなんて馬鹿な事を考えていたが、人間は苦しいと反射的に息を吸いたくなるものだ。
勢いよくお湯から顔を出すと、目の前の光景に俺は息が止まりそうになった。
「カイト、大丈夫?」
水着姿の彼女が、膝に手を置いて俺を覗き込んでいる。
エミリーよりは若干小ぶりだが、それでも一般的には十分すぎるセーラの胸が目の前にあって、俺の意識は軽く飛びそうになった。
何とか意識を保ちセーラの顔に視線を向けた時には、かなりの時間が経過していたのではと冷や汗が出てくる。
またジト目で軽蔑されるのを覚悟しつつも口を開いた。
「セーラさん……、何故ここへ?」
「洋介が朝食を作ってくれるというので、お風呂にでも入ろうかと思って。一緒に入ってもいいかしら?」
軽蔑の様子はないセーラにほっとしつつも、直視していられないので視線を逸らす。
「あぁ、こんなに広いんだし、いくらでも入るといい」
「ありがとう、カイト」
広いのでいくらでもスペースはあるのに、セーラは俺の横に腰を下ろす。
さっき失恋したばかりだというのに、神は非情すぎないか……。
「洋介は優しいんだな……、いつから一緒に暮らしていたんだ?」
ほかに意識を向けたいが、気になるのはこの事ばかりだ。
率直に訪ねてみると、セーラは首を傾げる。
「カイト、知らなかったの?てっきり洋介が話しているものとばかり思っていたわ」
「いや……洋介からは何も聞いてないぞ」
「そうだったの。洋介が大学に合格して引っ越してきてから、ずっと一緒に住んでいるわ」
それって、俺達がゲームで知り合って二年後じゃないか。そんなに前からだったなんて、今まで気が付かなかった俺は鈍感か?
「へ……へぇ、そんなに前から同棲してたんだ……全く気が付かなかったよ」
「ふふ、同棲だなんて変な言い方。家族と一緒に住んでいるのに」
そういえばセーラは祖父母も一緒に暮らしているんだったな。なんでこの知識はあって同棲は知らなかったんだ……。
っということは、家族公認の仲なんだよな。
「二人は、その……結婚……とかの、予定はなかったのか?」
「結婚?そうね……、洋介はあまり結婚に興味がないみたい。私はいつかしたいと思っているけれど……」
洋介がしたがらない?こんなに可愛いセーラを目の前にして、結婚したくない男がいるなんて信じられない。あいつは何を考えているんだっ!
洋介に問いたださなければならないと思っていると、セーラは遠慮がちに俺を見た。
「カイトは……、結婚したい人はいなかったの?」
「俺?」
結婚したい人なら今、俺の目の前にいるんですけど……。
「俺はもう叶わないし、ほかに好きな人が出来る気もしないからなぁ……。この世界で自由気ままに生きていくさ……」
「そう……なの」
セーラは急に気分が沈んだように下を向いてしまった。
「私もう、あがるわね」
「あぁ……」
逃げるようにセーラはこの場を去っていったが、何か気に障る事でもいってしまったのだろうか。
何一つ、思い当たらないのだが……。
セーラが裏口の戸を閉めたのを確認すると、岩に背中を預けてため息をついた。
俺にずっと黙っていた二人に対して、もっと怒りがこみあげてくるかと思っていたが、全然そんな気持ちにならない自分に驚いている。
でも、できればこういう形じゃなくて、ちゃんと言ってほしかった。
そうすればきっぱりと諦めて、ゲームだって辞めて……は、いなかったかもな。
おれはそれでも、セーラに会いたくてログインしていた気がする。




