17 王子様
湯船に浸かると一気に、今日の疲れがほぐれていく。
「はぁ……、やっぱ温泉はいいなぁ。温泉文化を生み出した祖先には感謝しかない」
「温泉に癒されると、僕たちはつくづく日本人なのだと思い知らされますね」
そうは言うが、いまこの場に日本人の容姿をしている者は、一人もいないのが変な気分だ。
「私もお先に入らせていただくなど、恐縮してしまいます……」
どうせ入るならと思って、セーラにセバスも呼んできてもらったのだが、執事くんは使用人の身で先に入るのは抵抗があるようだ。
「セバス、言っておくが俺達はセバスとエミリーをただの使用人として扱うつもりはない。設定上、村人と接する時には俺が主人でセバスは執事の役割をしてもらうし、働いてもらうからには給料を払うが普段の関係は、そうだな……仲間だと思ってくれ」
「滅相もございません。私は執事として生み出された命、そのようなご関係など分不相応でございます」
「セバス殿、そんな固いことを言わないでください。僕たちは共にギルド本拠地で過ごしてきた仲間ではありませんか」
「洋介の言う通りだ。すでにセバスは俺のギルドメンバーと言ってもいいんだし、仲間と呼んで可笑しい事など一つもないと思うが」
「そう言われましても……」
セバスは困ったようにお湯を見つめてしまった。
憂いに満ちた王子顔はとても執事には見えない。むしろ俺達が仕えるべきではと思ってしまう容姿をしている。
「まぁ、今すぐには無理かもしれないけど、これから人間らしく生きるためには大切だと思うから、徐々に慣れていってくれ」
「はい……マスターのご命令とあらば、努力はさせていただきます」
命令とかじゃないんだけどな。
でも、これを言うとまたセバスが混乱してしまいそうだから止めておこう。
風呂に入るのが初めてのセバスに、俺達は正しい日本の温泉作法を教え込み、彼も風呂上りに腰に手を当てて牛乳を飲むところまでは、しっかりと習得してくれた。
ちなみに牛乳は脱衣所に戻ったら置いてあり、どうやらセーラが用意してくれたようだ。
俺の設定上の嫁は、気配り上手すぎる。
着替えも用意されていて、俺と洋介の好みに合わせて選んでくれているところが最高だ。
「マスター……、私はこちらに着替えなければならないのでしょうか……」
「あぁ、人間は服を洗濯しなければならないからな。執事服が乾くまではそれを着ていてくれ」
「分かりました、人間とは不便なものですね……」
用意された服に着替えたセバスは、どう見ても王子にしか見えない服装のおかげで、完全に王子として完成してしまった。
「まぁ!こちらが噂の王子様でございますか?セーラ様」
「そうよ、エミリーちゃん。かっこいいでしょう?」
「えぇ!セバスさん、とても素敵ですわ!」
食堂に入るなり、キラキラした表情のエミリーに出迎えられ、たじろぐセバス。
「マスターこの状況は……」
「セバスが王子過ぎて、エミリーの視線を釘付けにしている状況だ」
「よくわかりませんが、そのように見つめられては困ります……、エミリーさん」
このような状況にセバスは慣れていないようだ。NPCの時だって女性プレイヤーに人気だったと思うが、彼の中では何か違うのだろう。
イケメンにはイケメンの苦労があるらしい……って、俺も今はイケメンなのに何故二人の視線を釘付けに出来ないのだろう?
まさか、中二なイケメンではダメなのか……!
心の中で頭を抱えていると、洋介がセーラの元へ近づいた。
「姉上、エミリー嬢は何故このようになってしまっているのです?」
「エミリーちゃんが、女性プレイヤーの話にたびたび出てきていた乙女ゲームの王子様が、どのようなものか知りたいというのでセバスに着てもらったの」
セーラの解説にセバスは、困り果てた顔になりながら自分が着ている服を見まわす。
「セーラ様、私で試さなくてもマスターと洋介様がいらっしゃるではありませんか」
「二人では王子様に見えないわ。王子様は金髪碧眼でなくては」
やっぱりセーラも王子がいいのか?中二な俺では役不足なのかー!
「そうだよな……俺ではその服は似合わないし、王子にはなれないよ……」
「カイト殿、諦めるのはまだ早いですよ。貴方には、魔王としての容姿的な可能性が!」
「それフォローになっていない気がするが……、セーラだって魔王より王子がいいだろう?」
「そうね……、どちらかと言うと平和なほうが良いわよね」
「もう俺、生きていけない……」
「カイトは魔王じゃないもの、落ち込まないで。カイトの容姿はとてもカイトらしくて、私は好きよ」
優しく慰めてくれる、俺の設定上の嫁が可愛すぎるんだが。
でも、待てよ?俺の容姿が俺らしいって、中二っぽいってことか?
中二は卒業したはずなのに複雑な気分だ。




