167 真夜中の訪問
こうなったら、酒で記憶を飛ばそうか。
俺が記憶を飛ばすにはかなりの量を飲まなければならないが、幸い俺のポーチにはビールの樽がまだたくさん残っている。
ひと樽くらい飲めば、ぐっすり眠れるんじゃないだろうか。
とても良い考えだと思いながらポーチの中をのぞくと、新しいメッセージカードを見つけた。
差出人はセーラだ。俺はすぐにそれを取り出した。
『もしまだ起きているなら、会いに行きたいわ。外に出られるかしら?』
送信時刻は五分くらい前だ。
セーラも眠れずにいたのだろうか。
貴重な課金アイテムを使ってまで、俺に会いに来てくれるなんて嬉しすぎる。
俺はすぐに返事を返して、部屋を飛び出した。
庭には部下やアーリたちがいるので、見つかるわけにはいかない。
屋根裏部屋への階段を駆け上がり、部屋の窓から屋根へ出た。
平らな場所はないが、傾斜の緩い場所に陣取ればなんとかなるだろう。
外に出たことを伝えようかと思っていると、セーラはすぐに俺の目の前に浮かび上がった。
月明かりによって肌も髪の毛も神秘的に照らされている彼女は、まるで地上に舞い降りた天使のようだ。
思わず見惚れてしまったが、彼女が着地してバランスを崩す前に慌てて抱き寄せた。
「きゃっ!」
「驚かせてすまん。ここは、屋根の上なんだ」
「大丈夫よ……。受け止めてくれてありがとう」
安全そうな辺りに二人で腰を下ろすと、セーラは自ら俺に抱きついてきた。
「突然、来てしまってごめんなさい。王城から帰る時のカイトが緊張しているみたいだったから、気になってしまって」
それでわざわざ来てくれたのか。心配をかけてしまったようで申し訳ないが、とても嬉しい。
「心配してくれてありがとう。実をいうと、めちゃくちゃ緊張して眠れそうになかったんだ……」
「ふふ、そんな気がしていたわ。私も緊張して寝つけなかったの。ヒールをするわね、少しは落ち着くと思うわ」
ポーチから杖を取り出したセーラは、ヒールをしてくれた。
さきほどまで焦りまくってガチガチになっていた体の緊張が、一気にほぐれる。
セーラが抱きついている暖かさも相まって、とても心地よい気分だ。
「ありがとうセーラ、これならゆっくり眠れそうだよ」
「良かったわ。……あのねカイト、明日を心配するのはやめましょう。なにごともスマートにこなせないのが、私たちだもの。少しくらい失敗したって、それも良い思い出になるわ」
セーラは今まで思い出したのか、恥ずかしそうに微笑んだ。
不発に終わった告白から始まり、これまでの俺たちは常にぐだぐだな展開ばかりだった。
それでもここまでたどり着けたんだ。
今更、気負う必要もないのかもしれない。
「そうだな。式ではいつも以上に情けない俺を見せるかもしれないが……、いいかな?」
「えぇ。どんな姿のカイトも、私は大好きよ」
そう言ってもらえると、とても安心する。
それからセーラは、膝立ちになって俺の耳元で囁いた。
「あの……、これはカイトが緊張しないようにするおまじないよ」
――おまじない?
なんだろうと思っていると、セーラは俺の頬にキスをした。
――これは可愛すぎて、反則だ。
いつも優しく接してくれる彼女は、俺が落ち込めば慰めてくれ、自信がない時は勇気づけてくれる。
かっこ悪い言動ばかりのヘタレな俺に幻滅することなく、ありのままを受け入れてくれるセーラ。
俺の心は、彼女を愛おしいと思う気持ちで満たされた。
「セーラ、日付も変わったことだし約束を果たしても良いかな」
「え?」
疑問を発しようとしている彼女の唇を、俺の唇で塞いだ。
溶けてしまいそうな幸福感が、一気に押し寄せてくる。
ゆっくりと唇を離すと、セーラは頬を染めながらも驚いた表情で俺を見つめた。
「セーラがあまりに可愛いから、式まで待てなかった。ファーストキスは、誓いのキスのほうがよかったかな……」
「ううん、とてもうれしいわカイト……」
もう一度、唇同士が重なる。
こんなにも幸せなことを、俺はどうして今まで臆していたのだろう。
二人の気持ちはこれでもかというほど確かめ合ったんだ、セーラが拒むはずないというのに。
今までのヘタレな俺がばかばかしく思える。
そう気がついた瞬間、今まで閉ざされていた扉が開いた気がした。
翌朝。
「リアムくん、よくあんな状態から眠れたね。てっきり絶望しているのかと思ったのに、びっくりだよ」
「ふっ、俺も大人の階段を上ったのさ」
「眠れただけで、おおげさなやつだな。ほれ、そろそろ出かけるぞ」
馬車の準備を整えたトム爺が、さっさと乗れといわんばかりに顎を上げる。
「あぁ。ここへはちょくちょく戻ってくるが、引っ越しの準備は頼んだ。困ったことがあれば部下になんでも言ってくれ」
今日から俺は、セーラと王城で暮らすことになっている。
春にエミジャ村へ引っ越すときにこの屋敷は引き払うことになっているので、ここでの暮らしは今朝で最後だ。
「結婚式当日までそんな心配しなくても良いから。早くいこう!リアムくん」
「そうですよ、隊長。後は俺たちに任せてください」
「わるいな、ハリー。あとのことは頼んだよ」
皆に急かされ馬車に乗り込んだ俺は、部下たちに見送られながら教会へと向かった。




