16 露天風呂
風呂。
それは日本人にとって、とても重要で日常生活には必要不可欠な物だと思う。
体を綺麗にするだけではなく、湯船に浸かれば体はじんわり、心はあったか。
ストレスすらもその瞬間だけは忘れるような、風呂にはそんな効果がある。
村長の家でも風呂には入らせてもらったが、あれは風呂というよりたらいにお湯を張っただけの簡易風呂だった。
俺だけではなく、セーラと洋介も風呂には入りたいと思っているはずだ。
俺とセーラは頷きあうと、裏口を抜けて裏庭へと移動した。
「大きいから少し離れていてね」
セーラの後ろに移動して見守ると、彼女はマジックポーチから大きな岩風呂を取り出した。
ドンっと地面に降り立った岩風呂は、五人で入るには十分すぎる広さがあり、岩に囲まれた内側には並々とお湯が張られていた。
白いお湯から立ち上る湯気を見ただけで、体の力が抜けてしまう。
「本当に温泉が出せるんだな、すごい発見だよセーラ」
「お湯加減もちょうどいいわ、手を入れているだけで幸せな気分よ」
「どれどれ、はぁ……生き返る」
足湯ならぬ手湯だけでも、こんなに気分よくなるなんて温泉は偉大だな。
二人でお湯に手を入れて体をふにゃらせていると、後ろからカランと何かが落ちる音がした。
振り返ってみると、そこには驚いた表情の洋介が立っていて。
どうやら洋介が薪を落とした音だったららしい。
「こっこれは、温泉ではありませんか!どーしたんです、これ?」
「それがさ、どうやらハウジングアイテムは単に物としてだけじゃなく、それに付随する機能も使えるらしい。キッチンの蛇口から水、コンロから火も出るんだ」
「それは素晴らしいですね!僕たちの生活レベルが一気に上昇しますよ」
「考えてみたら、ミシンを使った時に気が付くべきだったわよね」
そういわれてみれば、あのミシンは普通に電動の物に見えた。
「……ってことは、家電は全部使えるのか?」
「そうなってしまうわね。こんなに便利すぎていいのかしら」
「もはやチートレベルで、笑いがこみあげてきます」
「チート……いいじゃないか!俺たちは元々チーター呼ばわりされていたんだ、今更だろ」
「ふふ、そうね。とても私達らしいわ」
セーラの言う通りとても俺達らしい。便利に暮らせるのはとてもありがたいことだし、このチートアイテムは有効利用することに決定した。
ただ、村人に知られると厄介な事になりそうなので、その辺は気を付けたいと思う。
「ところでお二人とも、早急に整えなければならない、大事な設備を一つお忘れではありませんか?」
「何かあったか?衣食住は確保できたぞ」
「火、水道、電気のインフラも確保できたわよね」
「温泉があれば体もきれいにできるし……後なんかあったっけ?」
腕を組んで考えながら洋介を見ると、彼はやれやれと両手を軽く挙げた。
なんだその仕草は、欧米人かよ。
「トイレですよ、トイレ!お二人とも、その辺の草原で済ませるつもりですか?」
「おー!すっかり忘れていたな、トイレは最重要設備だ」
「それなら、ハウジングアイテムであるわよ」
セーラはポーチから水洗トイレを取り出した。異世界で水洗トイレを使えるなんて実にありがたい。
彼女は「使えるかしら?」と言いながら、水洗トイレのレバーを引いた。するとキッチンの蛇口と同じように水は流れたが。
「キッチンと同じで下から漏れるな。どうしてだ……」
このまま屋敷に設置すると、大惨事になってしまう。
「トイレ君の役割は流すまでなのではないでしょうか。流した後は『俺、知らねー』と言っている気がします」
「なるほど、洋介はトイレの気持ちが分かる男爵だったんだな。それだと、屋敷内に設置するには大掛かりな工事が必要になるし、今日はひとまず穴でも掘ってそこに流すしかないな」
村のトイレもそんな風に外に設置されていたし、しばらくはそれで済ませることに決定した。
昼食の準備をセーラに任せて、俺と洋介はトイレ小屋と露天風呂の整備をすることにした。
俺が穴を掘っている間に、洋介が小屋作りだ。サポキャにも手伝わせ途中、昼休憩をはさみながらもトイレは完成した。
露天風呂は周りの地面にすのこを作って歩けるようにし、その周りに穴を掘ってお湯が排水路まで流れるようした。
裏口から露天風呂までもすのこで渡れるようにした頃には、すっかり夕暮れになっていた。
「二人とも、夕食の前にお風呂に入るといいわ。お風呂道具はここに置いておくわね」
セーラは露天風呂には不釣り合いな洋風の風呂道具を置くと、露天風呂の周りに灯りを設置していった。
ゲーム内では、スズランの花のように灯りが連なったデザインの街灯があちこちに設置されていて、とてもファンタジーらしい雰囲気を出していた。
それと同じものが設置されると、ただの山奥が一気にファンタジーの世界へと変わる。
夕食の準備を任せて先に入浴するのは申し訳ないが、このまま屋敷に入るには俺も洋介も汚れすぎているので、ありがたく先に入らせてもらうことにした。




