SS いつかのバレンタイン(洋介視点)
洋介視点です
本日はMMORPGのアップデートがあり、例年通りこの季節に開催されるバレンタインイベントが始まった。
俺は姉さんの部屋にノートPCを持ち込んで、アップデート内容をチェックしていた。
ちなみに姉さんはまだ家に帰ってきていない。
一通り読み終えるとカイトさんがログインしてきた。
『こんばんは、カイト氏』
今では三人しか残っていないギルドのチャットで挨拶をする。
『やぁ、洋介くん!セーラさん!今日は絶好のアップデート日和ですな』
早速、浮かれているなカイトさん。
『って!セーラいないのか!?』
『はい、セーラ嬢はまだ仕事の模様です』
先ほど帰りが遅くなると連絡があったので、帰ってきたらすぐに遊べるよう今は姉さんのPCを立ち上げてパッチを当てている最中だ。
『せっかく材料集めに同行しようと思ったのにな。セーラこういうイベント好きだろう?』
まぁ確かに、姉さんは材料を集めて何かを作るようなイベントは好きだけど、カイトさんは作ったチョコが欲しいんだよね?毎年のことながら、分かりやすすぎて微笑ましい。
もう何年も同じイベントで皆飽き飽きしているのに、毎年チョコを貰って大喜びしているのはカイトさんくらいなものだ。
『カイト殿、アップデート内容は確認しました?今年はイベント内容が追加されたようですよ』
『なん……だと?』
『今年からは結婚相手に特別なチョコを渡すと、二人でチョコダンジョンというのに行けるそうです』
『なんだそれ、めちゃくちゃ楽しそうじゃないか!』
『ただ、特別なチョコを作るには課金アイテムが必要みたいです。それも渡す側が購入しなければならないようですよ』
最近はプレイヤーも減って売り上げが落ちているようだから、こんなイベントでも稼ぎたいらしい。
結婚にも課金アイテムが必要だから、一石二鳥を狙ったようだ。
『ぐっ……。運営よ……なぜそんなひどい仕打ちを……。完全に義理枠の俺はねだれないじゃないか……』
心配しなくても姉さんは全力で課金すると思うけど、俺の口からは言えない。
『今までのチョコもあるようなので気を落とさないでください』
『そうか……。俺は少し傷心旅行(狩り)に行ってくるよ。洋介もどうだ?』
お供したいけど廊下で音がしたので、ひとまずそちらが先だ。
『僕は用事を済ませてから合流します』
PCから部屋のドアに視線を移すと、カチャリとドアが開いた。
部屋に入ってきた女性は、俺を見つけるなり清楚な顔立ちを緩める。
肩まで延びた黒髪に白い肌、小柄な割に豊満な胸を所有している彼女は、俺の姉。
清楚なブラウスの上からカーディガンを羽織り、下はロングスカートというのが姉のいつものスタイル。
自分の趣味というよりは、祖父母が好む清楚なお嬢様を演じているだけだ。
姉自身は、もっとフリフリした服装が好みだと思う。
「ただいま、洋介。遅くなってしまってごめんなさい」
「ぜんぜん。それより、姉さんは残業じゃなかったの?その荷物……」
姉さんの後ろから大きなビニール袋に入った何かが運び込まれた。
『何か』というか、毎年のことなので察しはついている。
「カイトにチョコを渡したくて……。今年は思いきって手作りに挑戦してみるわ」
「あぁ……そう……」
「……興味なさそうな返事をしないでくれないかしら」
姉さんは不満げに頬を膨らませる。
「そんなこと言われたって困るよ。毎年渡しているような口ぶりだけれど、姉さん今まで渡せたことないじゃないか」
「こっ……今年こそ頑張るわ!そのためにも手作りにするのよ!」
「毎年意気込みだけはあるんだけどなぁ……。せいぜい頑張ってよ」
バレンタイン当日の夜。
俺は見物のため、姉さんの部屋にお邪魔していた。ゲーム内でも見物中なので、二重体勢だ。
『カーイト!暇なら一緒にチョコダンジョンへ行かない?』
『おっ……おう!めちゃくちゃ暇だよ!』
『やったぁ!ダンジョン入り口で待ってるね!』
『秒で行く!』
「うわぁ……本当に秒で来たよ。カイトさん課金アイテムの移動を使ったな……」
「ふふ、カイトらしいわ。ダンジョンが大好きなのね」
「いや、違うと思うけど……」
姉さんはカイトさんの横にキャラを移動させると、恥ずかしそうにくねくね体を動かすモーションを使った。
「あざとい……。あざとすぎるよ姉さん……」
「カイトはこのモーションが好きだって聞いたから。変だったかしら?」
「それ胸が揺れるから、男なら誰でも好きだと思うけど」
「ばっ、バカ!カイトは洋介とは違うの!」
違わないと思うけど。カイトさんは普通に巨乳好きだ。
どこから仕入れてきたのか姉さんは、カイトさんが『ケモ耳さんカフェ』のティファというキャラが好きだと知り、ティファに似せた格好をしているけれど、そのキャラも巨乳だ。
『カイト、いつも一緒に遊んでくれてありがとう。これからもよろしくね!』
『ありがとうセーラ!俺も毎日セーラと一緒にプレイできて楽しいよ!これからもよろしくな!』
カイトさんがチョコを受け取ると、二人の周りにハートの花びらのようなエフェクトが舞いだした。
さすがは課金アイテム、とても目を引く演出だ。
『わぁ!可愛いわ!』
『こんな仕掛けがあったんだな』
『チョコを渡したのがバレバレね』
『だな。少し恥ずかしいが、セーラから貰えて嬉しいよ』
「カイトさん喜んでるよ。この勢いで告白もしてしまえばいいんじゃない?」
「そんなの無理よ……。手作りチョコも失敗してしまったし……また来年、頑張るわ」
「そんなんじゃ、来年もカイトさんへのチョコは俺が食べることになりそうだな」
そういいながら、姉さんが作った失敗作のチョコを口に放り込んだ。
どこを失敗したのか、まるで理解できない美味しさだ。
リアルでチョコを渡す勇気がない姉は毎年ゲーム内でチョコを渡しているが、カイトさんはその事実を知らないのでゲーム内のチョコでも満足な様子だ。
そして俺は、姉さんが渡せなかったチョコを食べながら、二人のチョコ贈呈式を見学する。
これが毎年の恒例行事になっている。
『お二人とも、そのエフェクトが出てから十分以内にダンジョンへ入らなければ無効になってしまいますよ』
『お!そうなのか!そろそろ入ろうか、セーラ』
『うん!中はどんなかしら、楽しみ~!』
二人がダンジョンへ入ったのを見届けてから、俺はログアウトしてノートPCを閉じた。
ダンジョンの中はチョコの王国みたいな場所だ。
姉さんは早速、歓声をあげながらチャットに夢中になったので、俺は静かに部屋を出た。




