111 エミリーと露天風呂の変化
「やっと我が家に戻って来たな」
「ふふ、やっぱりお家が一番ね」
「ここもすっかり自分たちの家ですね」
この世界に転生してからまだ三ヶ月弱だが、いつの間にかここが一番落ち着ける家になっていたようだ。
俺たち三人と、セバスにエミリー。五人の日常が戻ると思うと、とても安心する。
馬車を降りて屋敷のドアを開けると、エミリーが笑顔で出迎えてくれた。
「皆様、お帰りなさいませ!セーラ様、お元気になられたようで安心いたしました!マスターもお元気そうでなによりです!長旅でお疲れでしょう?積もる話は後にして、お先にお風呂などいかがですか?お食事の準備も整えておりますわ」
一か月以上、屋敷を守ってくれていたエミリーは、何だかメイドとしての貫禄が出てきたようだ。
彼女か、嫁か、母親か。そう思えるような全てを委ねたくなる出迎えに、俺はほっと一安心。
出来るはずも無かった。
「ちょっと待てエミリー、これは聞いていないぞ!どうしてこうなった!一ヶ月ちょいでそれはおかしいだろう!」
思わず声を張り上げると、エミリーはこてりと首を傾げた。
「どうかなさいましたか、マスター?」
「……まさかの、無自覚!?洋介、どうなっているんだ……」
「ですから、馬車の中で事情を説明したではありませんか。僕は完敗したと……」
完全に疲れ切った様子の洋介は、最後の望みであるセーラに視線を向けた。
彼女は弟の期待を受け、慎重に頷くとエミリーの前に進み出た。
「エミリーちゃん、今ならまだ間に合うわ。一緒に頑張りましょう」
まだ状況が掴めていない様子のエミリーの手を引き、セーラは鏡の前に彼女を立たせた。
セーラと並んで鏡を覗き込んだエミリーは、見る見る内に顔が青ざめ。
「ぎゃあああああああああ!!」
屋敷内にエミリーの叫び声が響き渡り、それに驚いたサポートキャラたちが一斉に走り出した。
人は比べるものが無いと、意外と気が付くことの出来ない生き物なのかもしれない。
普通は服のサイズが合わなくなった時点で悟るが、残念なことにゲーム内の服は体型に合わせてぴったりフィットする。
身長が十センチほど違う俺と洋介が同じ服を共有できるように、セーラより横に二倍延びたエミリーも、問題なくセーラの服が着られたようだ。
エミリーがショックから立ち直るまでに少し時間が必要そうなので、俺たちは先に風呂に入ることにした。
「それにしても、一ヶ月ちょいで二倍はおかしくないか?人間の限界を超えている気がするんだが」
「そうよね、エミリーちゃんは甘い物が大好きだけれど、そこまで大食いではないわ」
「それがですね……。お祭りで巨大スライムのお菓子が作られたと話したら、彼女が普通のスライムの皮で作ってみたいと言いまして。少しでもお祭り気分を味わえたらと思って、スライムを狩って皮を渡したんです」
普通の皮でも雰囲気くらいは味わえそうだ。
ちょっとした集まりにでも作ったら、喜ばれるんじゃないだろうか。
「姉上が帰って来なくて彼女も寂しそうだったので、少しでも気が紛れたらと思って多めに皮を渡したのが失敗でした。妙に気に入ってしまった彼女は、毎食あれを作って食べていたんです……」
「完全に、栄養過多じゃないか」
村人は少量を細かく刻んで栄養補給していたんだから、毎食一枚は明らかに食べすぎだ。
エミリーもそろそろ人間としての生き方を、学ぶ時が来たようだな。
一度出た腹を引っ込めるのは大変なんだ。それは転生前の俺がよく知っている。
前世の体型を思い出して、俺もこの体は気を付けようと決意していると、洋介は脱衣所を通り過ぎて裏口のドアを開けた。
「脱衣所も外に作ったんです。男女も分けたので安心してください」
裏口のドアの先は、外ではなく廊下になっていた。
「おお!これなら冬でも寒くなさそうだな」
「この辺りは雪が積もると聞いたので、完全屋内仕様にしてみました」
廊下を進むと脱衣所の入り口が見えてきた。
日本の温泉らしく入り口には『殿』と『姫』の、のれんが垂れ下がっている。
「本当の温泉に来たようで、わくわくするわね」
「中もこだわりましたよ。それでは、ごゆっくり姉上」
「また後でな、セーラ」
『殿』ののれんをくぐると、中も純和風な雰囲気の脱衣所が現れた。
「これはすごいな……」
洋介が温泉の壁を作りたいと言っていた時はただの小屋を想像していたが、驚きの完成度だ。
「内装は姉上から事前に譲ってもらったハウジングアイテムを使いましたが、建物はセバス殿と二人で建てました」
プロの大工が建てたレベルの素晴らしさだ。
さすがはSランクだが、木工スキルで家が建てられるのもゲーム仕様ならではだな。
服を脱いで脱衣所を出ると、そこも和風な浴場となっていた。
石畳の床に、木枠の湯舟がなんとも良い雰囲気だ。
「このお湯はどうなんているんだ?」
「ちゃんと温泉ですよ。姉上の岩風呂を少し削ってこちらに流しているんです」
洋介の説明通り壁に竹筒が突き刺さっていて、その先から湯舟にお湯が流れ出ている。
どうやら竹筒は、あちらの岩風呂と繋がっているようだ。
露天風呂は一つしかなかったのでどうしようかと相談中だったが、これは素晴らしいアイディアだ。
「こんなに本格的な温泉になるとは思っていなかったよ。ありがとう、洋介。セバスにも後でお礼を言わなければ」
「いえいえ、僕にはこれくらいしか出来る事がなかったので。カイトさんこそ、姉さんの世話をありがとうございました。姉さんが元気そうなのはカイトさんのおかげです」
「俺は大したことは出来なかったけどな。無事に戻って来られたし、これからはのんびり村で過ごそうな」
洋介にはこれから、俺たちの今世を思い出してもらわなければならない。
今後の課題は山積みだが、ひとまず村に引きこもっていれば安全なんじゃないかと、漠然とそう思っていたりもする。
誤字報告ありがとうございます!
タイトル迷走してしまいましたが、元に戻しました。
インパクトの無いタイトルですが、カイトの望みはこのタイトルに集約されているんだよなぁと改めて思いました。
第二章は後一話か二話で終了予定です。予定より長くなってしまったので、第三章は短めにしたいなぁと思ってます。




