10 設定上の関係
「おまっ……、その設定はおかしいだろ!これは小説じゃなくて現実だぞ」
焦って思わず叫ぶ俺に、動じる様子も無く洋介は説明を始める。
「だから言っているんです。ここは王や貴族・騎士がいるような世界です。そういった僕達からは古く見える世界観の国で、男女が入り混じるシェアハウスが受け入れられるとは思えません。偏見の目で見られないために、この設定は重要だと思っています。幸い僕とセーラ嬢は姉弟に見えますし」
確かに、都会ならまだ気に留める者も少ないかもしれないが、あの村で未婚の男女三人が一緒に住みたいと申し出れば変に思われるかもしれないから、暮らしても問題ない設定は必要な気がする。
二人は髪の毛の色が同じ薄い紫で、瞳は洋介がブルーサファイア色、セーラはアメジスト色だから、姉弟設定にはぴったりだろう。
ちなみに俺は髪の毛が黒で、瞳はスピネル色という名前が付いているが、スピネルは色が数種類あるそうで、俺のは右目が赤で左目がグレーという、中二すぎてごめんなさいと謝りたくなる容姿をしている。
俺が二人と姉弟に見えない以上は、何かしら繋がりのある設定が無ければ不自然に見えるだろう。
友達では未婚の男女である事に変わりないし……。
ちょうどよく結婚指輪もあるし、洋介の提案を飲むしかないのか……。
指輪に目を留めてから、セーラに視線を移すとセーラも指輪を見つめていた。
「まぁ……そういった理由なら、俺は構わないが。女性にとって結婚は大切な事だろうし、最終判断はセーラに任せるよ」
――うわー!セーラに最終判断させるなんて俺、マジでヘタレすぎて泣きたい。
心の中で頭を抱えていると、セーラは俺に視線を向け、ふわっと顔をほころばせた。
「私もそれで構わないわ、余計な詮索はされたくないもの。これからよろしくね、旦那様」
「あぁ、よろしくな。奥様」
――うおおお!何なんだこの幸せは、夢か幻か?俺の命日は昨日だぞ!
あっさりと結婚が決まってしまったことに有頂天でいると、セーラはこてりと首を傾げて俺を覗き見た。
「ところでカイト、確認なのだけれど。これはあくまで設定よね?」
「はい、設定です……」
――なんだろう……分かってはいるのに、心の中が涙一杯で溺れそう……。
俺達は結局、ダンジョンへは入らずに真っ直ぐ村へと戻った。
昼間も閉店したままの商店街をぬけ広場へやってくると、村人がわらわらと集まって来た。
っと言っても五人程度だが、村の人口を考えれば大人数な気がする。
「兄さん達!村長のとこに泊まっている冒険者だろう?」
いかにも肝っ玉母さんといった風貌の女性が話しかけてきた。
「はい、村長さんの所へはしばらく滞在させていただく予定です」
「そうかいそうかい!しばらくは皮料理が食べられそうだね!今日も沢山取って来たんだろう?いくらでも買い取るよ!」
「……皮?」
言っている意味が変わらず後ろにいる二人に振り返るが、二人も分からないようで首を傾げている。
すると肝っ玉母さんは、信じられないとでも言いたげな表情で叫んだ。
「もしかしてスライムの皮、取って来なかったのかい!?」
「……あれ、食べられるんですか?」
「あー!なんて勿体ない事を!そうだよ、この村の名物なんだよ……」
しょんぼりする肝っ玉母さんの周りにいる人たちも、明らかに落胆の表情を見せた。親にくっついていた子供など「かわたべたかったよ~!」と泣き始める始末だ。
村人たちがぼそぼそと呟き合っている内容から察するに、村人ではスライムを倒せないようで、めっきり減ってしまった冒険者のおかげで、ずっと皮料理を食べられずにいるようだ。
これは取りに戻るべきかと考えていると、セーラが俺の袖をひっぱった。
「カイト、日暮れにはまだまだ時間があるわ」
「そうですね、ご近所付き合いも大切です、カイト殿」
どうやら三人とも考えていることは同じのようだ。
俺は二人に頷くと、解散し始めようとしている村人達を呼び止めた。
「皆さん!俺達、もう少し狩りをする予定だったので、後でお届けしますよ」
「……いいのかい?兄さん達」
「狩りのついでですから、問題ありません。家の軒数と必要枚数を教えて貰えますか?」
そう尋ねると肝っ玉母さんは、まるで少女のように輝く瞳で俺を見つめながら、家の軒数を教えてくれた。
皮は一枚あれば家族が一食食べるには十分な量らしいので、夕食に間に合うよう俺達は急いでスライムを狩りに行くことにした。
「運よく……はぁはぁ、沢山……いる場所を、はぁはぁ……見つけ……られました……ね」
「はぁはぁ……これなら、はぁ……すぐに集まる……はぁはぁ、な」
「ところで……はぁはぁ……はぁ、どうすれば……皮が……はぁはぁ、消えないの……かしら」
休憩なしでここまでやって来たので、今までよりも息が切れているのは仕方がない。
セーラの質問には解決策を考えてあるが、とりあえず待ってくれという意味を込めて手を上げて、息を整えさせてもらった。
ウエストポーチから水が入った瓶を取り出し、一気にそれを飲み干すと少し気分が楽になった。




