105 カイトの体に眠っていた記憶(今世の回想)
とてつもない膨大な量の情報が頭の中に流れ込んできた。
その中で初めに認識したのは、村長が前に話していた英雄騎士のリアムという人物が、この体の主だったということ。
日本でモブとして平坦な人生を送っていた俺とは比べ物にならいほど、リアムは苦労の絶えない人生を歩んでいたようだ。
西の山脈の麓。ダンジョンもなく、冒険者もあまり訪れない閉鎖的な村。
都会で身籠った娘が故郷の村で産んだ子供は、左右で目の色が違っていた。
オッドアイを知らない村人は、父親も誰か分からないその赤子を呪われていると忌み嫌っていたようだ。
その赤子がリアムだ。
リアムが五歳になった頃。
祖父母も他界し家にお金が無くなった母親は、都会へ出稼ぎに出なければならなかった。
親戚でもある村長の家に預けられたリアムはある日、村長に連れられて街道まで出ていた。
『リアムはもう五歳だ。母親の代わりに今日は仕事をしてもらうよ』
リアムに課せられた仕事は、街道を通った一番最初の人に手紙を渡すというものだった。
村長は仕事内容を伝えると、夕方迎えに来ると言い残しすぐに村へ引き返した。
しかし村長を見送りながら、リアムは途方に暮れていた。
今日は早朝に家を出たから朝食抜きだったのに、昼食も抜きだと確定したからだ。
下手をすると帰りが遅くなって、夕食も抜きかもしれない。
リアムは村長の家に預けられてから、何かと理由を付けては食事を抜いたり減らされたりしていた。
少しでも体力を温存するために動かないでおこう。
五歳にしてそんな知恵を付けていたリアムは草原に寝転がり、気が付けば眠ってしまっていた。
『おーい坊主、生きてるかぁ?返事がないなら見なかった事にするけど、いいかな?おーい!おーい!ほっか……あ、起きた』
目覚めたリアムを覗き込んでいたのは、母親と同じような年齢に見える女性だった。
黒い髪の毛に黒い瞳、ストレートの長い髪の毛は束ねず綺麗に垂れ下がっている。
妙にぴちぴちとしたワンピースのせいで体のラインがはっきりと分かり、豊満な胸が強調されていた。
年齢は似ているようだが、清楚で地味なリアムの母とは正反対な印象の女性だった。
『……これ』
『ん……ラブレター?少年よ、見る目はあるようだが私に惚れるなんてまだ早いぞっ!』
仕事を果たさねばとリアムが渡した手紙を、そんな冗談を言いながら受け取った彼女は、その場でそれを読むと突然激怒し手紙を破り捨てた。
驚くリアムに、彼女はにっこり微笑んでこう提案した。
『よーし、少年!今日から、この美人で超セクシーなお姉さんと旅に出よう!』
『え……おばさ――』
『お・ね・え・さ・ん!』
『……でも……ゆうがたに、叔父さんがむかえにくるし』
『残念だけど、迎えは来ないと思うなぁ。君は捨てられたと手紙に書いてあったよ』
『そんな……』
『わー!泣くな泣くな!泣いたって明るい未来はやって来ないぞー!』
勢いよく抱き寄せられ、リアムは心の底から驚いたようだ。
村で嫌われ、母親すらろくに触れようとしなかった彼に、この女性は躊躇することなく抱き寄せ慰めてくれた。
初めて心の底から安心できる存在に出会ったリアムは、彼女と共に旅に出ると決心した。
『リアム―、その目は呪われていないって言ったでしょ?いつになったらその癖は直るんだ?』
『ごめんなさい……マミー』
『ほら、そうやってすぐ謝るのも止める!理由があるなら言ってみ?』
『……呪われていないと分かっても皆、俺を見るから気になって……』
リアムは物心ついた時から、人と会う時は右目を隠すように躾けられていた。
そのためマミーに引き取られてからも、人とすれ違う時は右目を手で覆う癖がなかなか抜けなかった。
『そりゃまぁ、オッドアイは珍しいからなぁ。そうだ!確かアレがあったはず……。ほら、これあげるからもうびくびくするのは止めな』
『……これは?』
『眼帯っていうもので、目を隠す装飾品さ。ゴブリンから剥ぎ取った戦利品だよ!』
『え~……』
『大丈夫大丈夫、ちゃーんと洗ってあるからっ!ほーら、リアム君かっこいい!』
デリカシーに欠ける贈り物ではあったが、リアムは覆い隠された右目の眼帯にとても安らぎを感じた。
自分に自信がついたら取るように言われたが、リアムはそれから長い間その眼帯を付けることになる。
冒険者であるマミーとの旅は、決して優雅なものではなかった。
食事こそ三食しっかり与えてもらえたが、野宿も多かったし宿に泊まれてもベッドは一つ。巨乳に押しつぶされ、酸欠で目覚めることも多かった。
少しでも役に立ちたいと思ったリアムは、マミーから槍の扱い方を習った。
マミーの教え方も良く本人も素質があったようで、見る見るうちに上達したリアムは十二歳にしてAランクへと到達した。
マジックポーチも入手し、旅が格段に快適になった頃。
マミーが病にかかってしまった。
じわじわと衰弱していくその病は治療法がなく、ただ見守る事しかできないものだった。
温泉が病の進行を遅らせると聞きつけたリアムは、今まで稼いだお金を全て使い切るつもりで、マミーと温泉地に長期滞在すると決めた。
『私が死んでも、笑顔で生きていくんだよ。リアム』
『分かっている。マミーのように図太く生きて見せるさ』
『美人で超セクシーな母親にむかって、図太いって失礼じゃない?』
『その歳でその恰好のどこが図太くないんだよ。露出しすぎだ……』
『ボディコンは戦闘服なの!これを脱ぐ時は女を捨てる時よ!』
リアムの献身的な看病のおかげか、この病にかかった者にしては長く生き延びたマミーは、リアムが十五歳を迎える少し前、眠るようにこの世を去った。
マミーを墓に眠らせた後、なんとなくその地域を離れられなかったリアムは、当てもなく周辺を放浪していた時に、偶然にもオーガに襲われている馬車を助けた。
「……ト!カイト!」
セーラはベッドに横たえたまま、必死に俺の名を呼んでいた。
どうやら俺は、セーラに覆いかぶさるようにして、倒れていたようだ。
「……セーラ、ごめん。大丈夫か?」
「私は大丈夫よ。それより、カイトのほうが心配だわ。突然倒れてしまって……」
心配そうに俺を見つめるセーラ。どうやら今はもう、俺だと認識しているようだ。
リアムが助けた馬車に乗っていたのは、この国の第一王女セシリアだった。
それがリアムとセシリアの出会い。
そして今、俺の目の前にいるセーラがそのセシリアということになる。
先ほど俺とリアムを混同していたようだし、どうやらセーラも今世の記憶が戻ったようだ。




