104 セーラの目覚め
セーラが倒れて二十日。
俺はセーラが寝ている病室で、医師から検査結果を聞いていた。
「この様子なら後、十日程度で目覚めそうですよ。後もう少し頑張りましょう!カイトさん」
毎日来ていた俺は、すっかり病院のスタッフ全員に名前を覚えられていた。
「ありがとうございます、先生。目覚めた後はすぐに村へ帰れるのでしょうか?」
「それはもう少し後になりますな。目覚めた後も一週間は魔力が安定しているか調べる必要があります。しばらく胃に何も入れていませんから、食事も流動食から始めなければなりません。馬車での移動は体調が戻ってからにしてください」
「分かりました。弟が迎えに来る予定だったので、そう伝えておきます」
「弟さん、相当ショックを受けている様子でしたが、大丈夫ですか?」
先生の隣にいた看護師の女性が心配そうに尋ねてきた。
「この前、順調に回復していると手紙を書いた時は、嬉しそうな返事が返ってきましたよ」
「そうですか。あの……もしお姉様の今後に不安がおありのご様子でしたら、私がいつでもご相談に乗りますとお伝えください」
「はい、お気遣いありがとうございます」
彼女もどうやら洋介のファンらしい。
冷静に考えたら、洋介が残っていたら看病どころじゃなかっただろうな。
やはり俺が残って正解だったか……。
医師と看護師が病室を出て行った後、洋介に手紙を書いた。
三十日後に一度こちらへ来ると言っていたが、すぐには帰れないので洋介はどうするのか聞いておこうと思う。
俺では馬車を扱えるか不安なので、迎えに来てほしいという希望だけは出しておいた。
それからしばらく、セーラの手を握りながら頭を撫でていた。
最近こうすると手がかすかに動く時があるので、それだけでこの上ない幸せを感じる。
ゆっくりでいい。確実に回復してくれと願うばかりだ。
セーラにポーションを飲ませる時間になったので、俺はいつものように病室を出た。
「すみませんが、カイト様でいらっしゃいますか?」
「そうですが」
病院の待合室で、見知らぬ男性にそう尋ねられて足を止めた。
最近は町を救ってくれたお礼が言いたいとか、聖女様にお礼を伝えてほしいとかでよく呼び止められる。
ドラゴン騒ぎの件は町の外へ漏らさないよう周知されたため、逆に町の全員に俺達の事が知れ渡ったわけだ。
セーラは今では、すっかり『聖女様』として定着している。
本人が知ったらさぞ恥ずかしく思うだろう。
この人もそうかと思ったが違ったようだ。
「ムーア商会の者です。ご注文の家畜が届きましたので、ご確認いただこうと思いまして。昼食もご用意しておりますが、ご都合はいかがでしょうか?」
「予定より早かったですね。ちょうど手が空いたところなので行きます」
病院の前に停められていた馬車に乗り込み東ゲートを出ると、草原に柵が設けられているのが見えた。
その中に家畜が収まっている。
「こちらで一時保管しております。二十四時間見張りを立てておりますので、ご安心ください」
馬車が止り、呼びに来てくれた人がそう説明してくれると、ムーア商会会長が馬車までやってきた。
「突然のお呼び立てに応じてくださりありがとうございます。セーラ様のご容態はいかがですか?」
「この前はお見舞いに来てくださりあがとうございました。後もう少しのようですよ」
「おぉ!それは、良かった!」
彼は先日、入院中の病室にわざわざお見舞いに来てくれて、息子が迷惑をかけたと改めての謝罪と、町を救ってくれた感謝をしてくれた。
商会の人達と一緒に柵の中へ入り一匹ずつ確認をしたが、牛も羊も鶏も状態は良好なようだ。
「村へ到着したらすぐにでも羊の毛刈りができますよ」
もっこもこの羊を見せられながら、商会の人がそう言ってくれた。
ゲーム内でも秋に羊の毛刈りイベントというものがあったのであまり深く考えていなかったが、冷静に考えるとそれはニュージーランドなど南半球の話であって、日本だと春に羊の毛を刈るニュースを見ていたような……。
「こんな時期に毛を刈って、羊が風邪を引いたりしませんか?」
「ははは!羊は毛を刈ったら風邪を引くものですよ。羊ポーション知りません?」
常識だと言わんばかりに、笑われてしまった。
ゲーム内にも羊ポーションというのはあって、毛刈りに疲れた羊を回復させるものだったが、あれはもしかして風邪薬だったのか?
毛刈りの時期は考え直した方が良さそうだな……。
そしてついに、この日がやって来た。
深夜に三十日が経過するので、今日は医師にお願いして病室に一晩居させてもらう許可を得た。
本を片手にその時まで時間を潰そうと思ったが、まるで読書が進まない。
これまでは漠然と三十日で目覚めると思い込んでいたが、もし目覚めなかったらどうしよう。
そんな考えが思わすよぎってしまう。
倒れた時間をはっきり把握していなかったのも、痛手だ。
深夜二時は過ぎていたと思うが……。
セーラの手を両手で祈るように包み込みながら、俺はその時を待った。
二時を過ぎても目覚める気配はなく。
二時半を過ぎた頃。
セーラは小さく体を動かした。
「……セーラ!起きてくれ、聞こえるか?」
すかさず声をかけながらも、そういえばこうして声をかけるのは二度目だなと思った。
転生された日、森で倒れていたセーラを起こした時は触れる事も出来なかったが。
今は、手を握る事が出来るようなった。
少し手に力を込めながら、もう一度呼びかけてみた。
「セーラ!俺の声が聞こえるか?セーラ!」
「ん~……」
小さく声を出したセーラを息を呑みながら見守ると、次第にゆっくりと目が開いていく。
そして俺を見つけたセーラは、嬉しそうに微笑んだ。
「……リアム様……ご無事でしたのね」
「……え?」
やっと目覚めてくれた喜びが、一瞬で吹き飛んだ。
違う男に間違われてショックを受けつつも、何だか妙に懐かしい気分だ。
そう思った瞬間。
俺は、意識が飛びそうなほどの激しい頭痛に襲われた。




