103 セーラの体に眠っていた記憶3(今世の回想)
五十年に一度復活すると言われているアークドラゴンを、先陣を切って見事討伐した彼は国王から直々に褒賞を賜る機会を得ました。
「アークドラゴンを打ち滅ぼした其方は、まさに国の英雄!其方の働きに報い、侯爵の地位を与える!」
「ありがたき幸せ。謹んで、拝受いたします」
「其方はこれまでも、国に多大な貢献をしてきた。他に欲しいものはないか?」
この場合、恐れ多いと断り国王に褒賞を決めて頂くのが慣例ですが、彼は違いました。
「それでは、遠慮なく――」
彼は私と結婚したいと願い出ると、その場に集まっている貴族は口々に非難の声を上げました。
「婚約者がいる方に求婚するなど、なんて無礼な!」「これだから、冒険者上りは!」「侯爵の地位を与えられたからといって、いい気になるなよ!」
これには国王も困り果て、褒賞については後日決定するとその場を収めました。
そして数日後、国王から言い渡されたのは第二王女と彼の結婚でした。
「ひどいわ……あんまりだわ!」
「泣くな泣くな!国王も苦肉の策だったんだろうよ」
「他人事みたいに言わないでください!貴方の結婚相手なのですよ!」
「すまん……。公式の場で宣言すればいけるかなーと思ったんだが、完敗だ。俺は策士にはなれないようだ……」
「貴方と離れ離れになるのなら、生きている意味などありませんわ……。私、自害いたします!」
「おい!!バカな事を言うな!最終手段なら用意してある」
「……え?」
予想外の発言を聞き、私の涙は思わず止まってしまいました。
彼はそんな私を見て、したり顔で口を開きます。
「俺と駆け落ちしないか?国から出て、どこか静かな場所で暮らそう。そのための資金は十分に貯めた」
彼が貴族になり褒賞で裕福になっても、質素な暮らしを続けていたのは知っていました。それが、駆け落ちの資金を貯めるためだったなんて……。
「地位を捨てて一緒になれるなんて、夢みたいだけれど……私が一緒に居ても、お荷物になるだけだわ。家事なんて一切したことがないし、お料理も作れないもの……。それに、平民は仕事をしなければ生きていけないのでしょう?私、何をしたら良いか……」
「そんなの、これから覚えればいいだろう。金はあるし、何かしたいならお前はヒールが使えるんだ、治療院でもやればいい」
「まぁ!私に出来る仕事があるなんて……!本当に?本当に私で良いのですか?」
「聞いているのは俺だ。地位を捨てて、俺と駆け落ちする気はあるか?」
「あるわ!!」
嬉しさ余って彼に飛びつくと、後ろから木の枝を踏む音が聞こえました。
「誰!?」
「密会はもっと静かに行うべきでは?姉上」
木の陰から出てきたのは、弟でした。
「まぁ!立ち聞きなんてはしたないわよ」
「僕はたまたま通りかかっただけですよ。それより聞き捨てならないお話しをしていましたね、姉上」
弟は私と彼を交互に見ました。今の会話が本当なのか探っているのでしょうか。
「私は本気よ。お願い、この事は誰にも言わないで!」
「それは条件次第ですね。僕もその計画に入れてください」
いつも可愛い弟の微笑みが、今だけは脅しに見えます。
「駆け落ちがどういうものか分かっているの?私達についてきたら、あなたも身分を捨てる事になるのよ……」
「分かっていますとも。僕は所詮次男坊。跡目を継げないのであれば田舎でのんびり暮らしたほうがマシです」
「どうしましょう……?」
この計画は彼に頼りきりになってしまいます。私としては、私以上のお荷物は増やしたくはありませんでしたが、彼は笑って頷いてくれました。
「ついてきたいなら来い。だが、今までのような贅沢な生活はもう出来なくなるぞ。俺達を易々と見逃すとは思えないから、追手から逃げながら定住先を見つけるのは容易ではない。野宿も多いだろうし、モンスターに襲われる事もある。お前ももう一度、じっくり考えてから答えを出しても良い」
彼は、そう言いながら私の頭に手を置きました。十六歳になったというのに、まるで子供扱いが抜けていません。
「考え直す必要なんてないわ。どうか私を連れ出して!」
「僕の決意も固いですよ。足手まといにならぬよう努力しましょう」
「よし、これから一年かけて準備をするぞ。決行はお前が十八歳になる半年前だ。周りに悟られぬよう、俺はこれから婚約者として第二王女を愛するフリをする。辛いだろうが耐えてくれ」
こうして、私達三人はそれぞれ駆け落ちに向けての準備に取り掛かりました。
私は花嫁修業と称してお料理やお裁縫を習い、弟は勉強をしている様に見せかけながら、地理や隣国の状況、国を出るのに必要な手続きなどありとあらゆる情報をかき集めました。
そして、私が十八歳になる半年前。雪の降りしきる中、私達は駆け落ちを実行したのでした。
その時、私は十七歳、彼が十九歳、弟が十五歳。
ですが、所詮は世間知らずの集まりでした。
国を出る事は叶わず、私達は捜索が打ち切られるまで身を潜めるしかありませんでした。
そして、半年後。
私達は追っ手によって、毒を受けてしまいました。
汚点を残した私と弟を、お父様が見限ってしまったのでしょうか……。
毒が周り、もう動けなくなってしまった身で最後に見た彼の表情は、いつもと変わらない笑顔でした。
いえ、それは私がそう思いたかっただけなのかもしれません。
表情を読み取ろうにも、手を伸ばしても届かない距離で、私達は倒れてしまったのですから。
けれど、微かに聞こえた声で、最後に暖かな気持ちになれました。
「セシ……リア……愛して……る」
私も愛しているわ。
貴方に出会えてよかった、私を自由にしてくれてありがとう。
最後にこれだけは伝えたかったけれど、私の口は動いてくれませんでした。
誤字報告いつもありがとうございます!




