100 村へ帰る予定の日
翌朝、寝室を出ると洋介は既に起きていて、リビングのソファーに座っていた。
彼が一度寝たら、セーラでなければ起こせないらしいので、今ここにいるということは洋介も寝ていないのだろう。
「おはよう、洋介」
「おはようございます、カイト殿」
何となく俺も向かいのソファーに腰を下ろしてみたが、何も話す気になれない。
話さなければならない事は沢山あるが、その気力が湧かない。
しばらく無言が続いた後、洋介がぽつりと呟いた。
「僕、考えたんです。どうして姉さんが昏睡状態になってしまったのか……」
「俺も考えた……何も答えは出なかったが……」
「僕は、SSランクの新規スキルという点が、問題だったのではないかと思うんです」
洋介はこういった分析が好きだ。いつもは意気揚々と話してくれるが、今は淡々と話している。
「……どういうことだ?」
「僕達はSSランクのスキルは残っていますが、現状はCランク……ドラゴンを倒してランクが上がった気がするのでBランクでしょうか。Bランクにはフィールドヒールが存在しませんから、無いはずの魔法を使ったせいで体に無理が生じたのではないかと思うんです」
「なるほど……」
「そして、フィールドヒールには三十日の待機時間があります……。それが一つの目安になるのではないかと……」
「つまり、セーラは三十日経たないと目覚めないということか?」
「もちろん早く目覚めてほしいですが、そのくらいかかるという心構えをしていたほうが、気が楽です……」
そういいながら洋介は、額を両手で抱えた。
俺のスキルが三回通常攻撃してからでなければ発動しなかったり、洋介のガストアローが矢を一本だけ使ってもしっかり残りの四本も消費されていたり、この世界は割とゲーム内の数字が重視されている。
待機時間を目覚める目安とするのは、的を得ているかもしれない。
「そうだな……。そのつもりで今後の予定を立てようか……」
今日は出稼ぎに来ている人達と村に帰る予定の日だ。後二時間ほどで、皆が広場に集まって来る。
村人だけ先に帰ってもらうこともできるが、村での仕事は俺が提案して雇うと決めた。
さすがに三十日も放置したら、村人に不安を与えてしまう。
「セーラのことは心配だが、やはり一人は村へ帰らなければならないよな。二・三日様子を見たら、俺が村へ戻る――」
「村へは僕が戻りましょう」
俺の言葉を遮るように言った洋介。
「洋介……、こんな時まで俺に気を遣う必要はないぞ。家族なんだから洋介が残ったほうがいいだろう」
「姉さんの気持ちを一番に考えた結果です。目覚めた時に傍にいてほしいのは、きっとカイトさんですよ」
家族と俺、セーラが目覚めた時に傍にいてほしいのはどちらか。俺だとはっきり断言する自信はまだない。
だが、セーラのことをよく理解している洋介がそう言うのなら……。
「分かった!俺が責任を持ってセーラについているよ。村の方は頼んだ」
「姉をよろしくお願いします。カイトさん」
ポーチの中身を整理して部屋を出た俺達は、宿屋の主人に俺だけ後一か月ほど泊まる予定だと告げ、一度今日までの清算をした。
「洋介、本当にセーラに会わないで帰るのか?」
「はい。姉上に会ったら不安が増すばかりなので。村で忙しくしていたほうが気がまぎれます」
「そうか。何か変化があったら手紙を書くよ」
「よろしくお願いします」
数日残ったらどうかと部屋で提案したが、洋介は村人と一緒に帰ることを選んだ。
三十日後に様子を見に、こちらへ戻って来る予定だ。
「僕は裏通りで馬車を出してきます」
ポーチから馬車を出すのは倫理的に問題があるようなので、人通りの無い場所でこっそり取り出すようだ。
俺達が町へ来る時に使った馬車と二台あれば、なんとか全員乗せられるだろう。
宿屋を出ると、広場には大勢の人がいた。
セーラのヒールによって怪我人はゼロになったが、住居が無くなった人達用に今はあちこちにテントが設営されていて、炊き出しもおこなっているようだ。
怪我で動けない人がいない分、避難生活も当初の予定よりは随分と楽になっただろうと思う。
宿屋の前には、村人が全員集まっていた。
「カイト様おはようございます。セーラ様のご容態は……」
村長息子のナッシュさんが代表してそう尋ねてきた。
すでにセーラが倒れたという情報は得ているようだ。
「おはようございます、皆さん。セーラの回復には少し時間がかかりそうなので、入院することになりました。申し訳ありませんが俺はここへ残る必要があるので、村へは洋介だけ戻ります」
「そうですか……。俺達のことなら気にせず、洋介様も残られたらどうですか?」
「彼は村で働いていた方が良いと判断したようです。すみませんが、少し気にかけてやってもらえませんか?」
「それは、もちろん!使用人がおられるようですがそれでもお一人では寂しいでしょう。俺達で気が滅入らないよう工夫してみます」
「ありがとうございます」
頭を下げてお礼を言うと、ジェシーちゃんが俺の元へやって来た。
「カイト様、これみんなで買ったの!セーラ様に渡してください!」
渡してくれたのは、お見舞いの花束だ。
わざわざここへ来る前に用意してくれたようだ。
「ありがとうジェシーちゃん、セーラもきっと喜ぶよ。皆さんもありがとうございます」
金銭的にも時間的にも余裕のない中、セーラに気を遣ってくれたのがとても嬉しい。
馬車二台が到着すると、荷物は洋介のポーチに保管してそれぞれ乗り込んだ。
ジェシーちゃんが、馬車に乗るのは初めてだと喜んでいたので、どうやら出稼ぎの移動は徒歩だったようだ。
「姉さんのこと、押し付けてしまってすみません。よろしくお願いします」
「そんな風には思っていないさ。俺はむしろ残りたかったからな。こっちこそ村を任せてしまって申し訳ない」
「僕は割と得意な分野なので、お二人が戻った時には驚いてもらいますよ」
「あぁ、楽しみにしているよ」
馬車が見えなくなるまで見送ると、俺は一度部屋へ戻った。
これからはしばらく一人になる。気が滅入らないように気合を入れなくては。
俺は自分の頬を、両手でバチンっと叩いた。
セーラが目覚めた時に俺がげっそりしていたら、きっと彼女は自分のせいだと気に病むだろう。
そうならない為にも、まずは腹ごしらえだ。
次回、セーラ視点の回想2です。




