アニーシャの反撃
「リリア、力を貸してほしい」
「良かろう。さぁ、楽しい反撃の時間じゃ」
アニーシャの言葉に反応し、謎の襲撃者達は一気に動き出す。
一人は短剣を取り出し、後の二人は援護する形ですかさず詠唱を唱え始める。ブツブツと小さな声だが、恐らく風の精霊から力を得るつもりなのだろう。
短剣を取りだした一人は、目にも留まらぬ速さでアニーシャに攻撃を仕掛けようと飛び込む。
「!」
が、しかし。
短剣はアニーシャを貫く所か、近づくことすら無かった。
「な…詠唱も無しで防御を張るなんて…」
援護に回っていた内の一人が、驚愕した様子で呟く。
アニーシャを貫こうとしていた短剣は、彼女に刃先を向けたまま、宙を浮いて微動だにしていないのだ。
「おぉ愉快な顔よのう。まさか水の防御も見えんとは。魔力の底が知れる」
そう呟くと、蝋燭の火を消すかの如く優しく、ふっと息を吹きかける。
すると、刃先がまるで意思を持ったかの様に回転し、短剣を持っていた者の方を示した。
「チッ!」
数秒前まで手にしていた凶器が、今は自分に向けられているという恐怖に若干怯えた様子を見せるが、持ち直したのか素早く後方に飛び下がる。
リリアの戯れ程度の力でも、襲撃者達を倒せる事は明らかだった。
圧倒的なまでの力の差を見せつけられた襲撃者達は、次の策を思案しているのか一歩も動かず、アニーシャを見詰める。
「貴方達は、何者です?」
「……」
勿論返答など期待してはいなかったが、流石に無言で睨みつけられるとこちらも悲しい。
このままでは埒が明かない、と周りを見渡す。
暗がりの中だが、木々の間や草花の物陰では、心配した面持ちでこちらを見ている精霊が居る。
(土の精霊よ、私に力を貸して)
ざわめいていた精霊達が一気にこちらへ集結すると、嬉々として力を与えてくれる。
(ありがとう)
アニーシャは精霊に心からの感謝をおくると、土の力を操っていくつか小さなゴーレムを作り出し、襲撃者達を拘束させた。
「し、信じられない……こんな巨大なものを生み出せるなんて」
抵抗するまもなく一方的に捕らえられたというのに、当事者達は、ただ唖然としていた。
書物で読んだ程度の知識で想像して作ってみたが、中々の出来だ、と1人満足していたアニーシャは、ゴーレムによって拘束された3人に近寄ろうと、歩み始めた時だった。
「アニーシャ、近寄るでない」
「え?」
「うっ!ぐ………ああぁぁ」
苦痛の叫びで悶え出す襲撃者達に、リリアの制止も聞かずに思わず駆け寄る。
「な…」
必死に苦痛から逃れる様に胸を抑える1人は、恐らく短剣を持って攻撃してきた者だ。
あまりに悶えたせいかローブがはだけ、顔が見えてしまっているが、驚くべきはその男の顔に刻まれた奇妙な痣。
生を宿したようにうねり、まるで顔全体を覆うように黒く塗りつぶされていく痣の速さは、アニーシャですらも理解の範疇を超えていた。
「な、んなの…これは…」
「よせ、そやつらはもう助からん」
リリアの言葉通り、ただ狼狽えるアニーシャの前で、襲撃者達は全てを黒で覆われ、まるで影のように消えた。
忽然と彼らが消えたそこには、漆黒のローブだけが残されている。
「呪術じゃな…こやつらはお主を殺すか、何らかの任務を果たせなければ死ぬ呪いにかかっておったんじゃろう」
「そんな………」
「全く忌々しい…呪術を操る阿呆がまだ居るとは」
吐き捨てるように言い放つと、地面に無造作に落ちた3つのローブに優しい雨を降り注いでいく。
リリアが弔う時に行うその雨は、優しくローブを濡らしていった。
「せめて魂だけでも救済されれば良いがな…」
「うん…」
狙われていたアニーシャだったが、こうも不可解に、しかも人間の死を目の当たりにするとやるせない。
複雑な面持ちでその場に立ち尽くしていたアニーシャだったが、森の方から人の足音が聞こえて驚く。
(まさか、まだ他に誰か?)
この者たちの仲間か、新手の者か。何れにしてもこんな暗がりで不意を突かれては困る。
リリアの力を借りて全体に防御を張ろう、と思案していたが、長年寄り添ってきただけあって考えを読み解いたリリアは「その必要は無い」と首を振った。
「あーいってて……いやー吃驚しました。アニーシャ様はお強いのですね」
「貴方は……」
右手を庇ってこちらに向かってきたのは、クライスベルから共にしてきた御者その者であった。