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プロローグ







穏やかな風を肌で感じながら、物憂げな瞳で窓の外を見つめる少女。


腰まで届く髪は優しく包み込むような陽だまり色、瞳は深海を思わせる程に深く、猫のように丸い目付きをしている。


一見すると目を見張る端麗さだが、その中に初々しさも残すその少女アニーシャは、本日も快晴の中、喧騒とは無縁の小さな小屋の中にいた。




「いい天気ー。こんなに晴れてたら、散歩に行きたいくらいね」




くいっと伸びをして誰にともなく呟くと、そっと椅子から立ち上がる。


貴族ともなる令嬢が、このような場所に侍女や護衛一人付けない事に、傍から見れば奇妙に思われるだろう。


しかしそんな事は、アニーシャにとって何の問題にもならない事だ。




「ふんっ、どうせお主は進んで散歩なぞせんじゃろう。ひとたび動けば書物、書物、書物」


「起きてたの、リリア」



いきなりアニーシャ一人の空間に声が響いたかと思うと、彼女の長い髪の隙間から小さな生物が顔を出す。


リリア、と呼ばれた彼女の姿は、頭の先から魚を思わせる尾鰭の先まで、全てが人間とは思えない浅瀬の海色をした不可思議なものだ。



「たまには我を水辺まで連れて行け」


「行ってるじゃない」


「週に二日程で何を偉そうな事を」



尊大な物言いにアニーシャはムッとしたが、いつもの事と心を落ち着かせる。



「我のような精霊の加護の元に居ることを、お主は咽び泣いて喜ぶべきじゃぞ?」


「泣いてうっかり湖に落としそうだわ」


「たわけ」



ぱしっとどこからとも無く湧き出た水をアニーシャの手のひらに浴びせると、ふんっと鼻で笑って頭上に居座る。


全く精霊という生き物は、我儘で自由気ままだ。

ため息混じりにそう思うアニーシャだが、それを許容しても余りある程には、確かに偉大であるという事も理解していた。


全ての魔力の源は精霊にある。

正確には、魔法を使用するには精霊に力を借り、発動する為に始めて魔力を得ることが出来るのだ。


数百年という長い時が流れ、魔力を持つものが少なくなった今でも、その根源は変わらない。



「この土地の良い所は自然に恵まれておる事だ。それ以外には何もないがな」


「退屈と言いたいの?」


「はっ、200年近くを生きる我にそれを申すか?退屈などという感情は、とうの昔に忘れたわ」




200年。人間には決して考えられない時を、アニーシャの頭上に収まるくらい小さな生物が生きている事に、不思議な気持ちになる。


しかし当の精霊本人はどうでもいいとばかりにアニーシャの頭上でくつろぎ始めた。




「まぁ、お主がずっとここに居るのも良い」


「そうね……」



穏やかで何も無い。それはアニーシャにとっても心の安寧になる。

と、そう思っていた矢先だった。



「ア、アニーシャ様!」



突如乱暴に扉が開かれたかと思うと、父の護衛も務めるヒールが、息を切らして扉に立っていた。


普段の彼らしくもないたただならない様子に驚くアニーシャだが、冷静にどうしたのか、と尋ねると彼は震える手でクシャクシャになった紙を広げ口を開く。



「申し上げます……アニーシャ様、ご結婚が決まりました」


「え?!」



突然の事に驚くアニーシャとリリアを他所に、ヒールは震える唇を噛み締め、ここに来て初めてアニーシャを見つめた。



「お相手は、モントニール侯爵です」


「…………………は、い?」








こうしてアニーシャ・クライスベルは、自然豊かな小屋での隠居生活に、終焉を迎えた。





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