御前沙汰 3
「め、愛……」
亀宗以外の全員が慌てて平伏した。
「余三郎叔父上は悪くない! 妾が無茶をして叔父上に迷惑をかけただけじゃ!」
「し、しかしなぁ愛よ……」
娘が顔を真っ赤にして怒っている姿に亀宗は激しく動揺した。
「罰を与えるなら望んで城を出た妾にすれば良いのに、叔父上を罰するなんて道理に合わぬ! これではただの弱い者いじめじゃ! 父上はいつからそのような卑怯者になったのじゃ!?」
「わ、わしが卑怯者……」
いくら天下を治める将軍であっても、亀宗個人は世にわんさかといる『娘大好きなバカ親』の一人でしかない。
その亀宗が思いもしなかった罵倒を喰らって、この世の絶望を全て集めたような顔になった。
「そんな卑怯者の父上なんて妾は嫌いじゃ! 大っ嫌いじゃ!」
困りきった亀宗が小刻みに震える顔を動かして最も信頼する家臣の平左へ助けを求める視線を送ると、馬鹿馬鹿しい家庭内騒動に巻き込まれたくない平左はあからさまに目を逸らした。
孤立無援となった亀宗はがっくりと項垂れて、これ以上娘に嫌われる事がないように全力で機嫌取りに走った。
「……わかった、今回の事は姫自信の罪であり、その親であるわしに責がある。よって今回の件について余三郎に対する罪は無いものとしよう。……それで良いな? 愛」
「不問だけでは足りぬのじゃ。妾を猫柳家に逗留させてくれた礼もしたいし、今度妾が遊びに行った時には茶くらい出してくれる家であって欲しいのじゃ!」
その言葉に亀宗は眉を寄せた。
「茶を出せる? 余三郎。おぬしはわしの愛に茶の一つも出さなんだのか? あ?」
「あ、いえ……一応細やかではありますが急須に茶葉は入れたので色のついた湯くらいにはなっていたかと……」
平伏したまま言い訳する余三郎。
「あんな物は白湯と同じじゃ。匂いも味もせなんだ!」
「ど、どうかご容赦を……」
あまりにも情けなく身を縮める余三郎の姿に、左右に居並ぶ幕閣たちの間からいくつも失笑が漏れた。
亀宗もまた「おぬし、それでもわしの弟か」と眉を寄せた。
「まったく情けない……姫の接待費用として猫柳家に捨て扶持で五石の追加じゃ。平左、事務方にそう伝えておけ」
亀宗の突然の差配だったが、切れ者平左は無言で一礼して手元の巻紙にさらりと覚書を走らせた。
「……は? ご加増……ですか?」
つい今しがたお家断絶されそうだった状況から一転してお扶持加増の沙汰を下されて余三郎は目を見開く。
「そうじゃ。余の弟なら姫に茶ぐらい出せ、情けのうて涙が出るわ。……これはおぬしへの褒美ではないからな。勘違いするなよ?」
「しょ、承知しておりますっ!」
問責されるために呼び出された余三郎へ罰とは真反対の褒美を賜ったことに驚いたのは本人だけではない。
どの家も財政が厳しい中でのこの加増は意外であり『なぜあいつが!』と反感が渦巻いた。
しかし――、
「うん? おぬしら不満そうだのう、さっき我が弟の余三郎が茶も出せぬほど困窮していることを鼻で嗤っていたくせに、たった五石一人扶持程度の捨扶持が与えられたことを不満に思うのか? あぁ?」
亀宗の凄みのある目で睨まれた家臣たちは、先ほど嫌味なほど余三郎を嗤った自らを恥じて余三郎の加増の沙汰を渋々黙認することにした。




