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幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい  作者: マルクマ
第五幕 やんちゃな子猫は空を舞う
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風花も雷蔵も空を舞う 3

―― ずっと青太郎の側にいなさい。それがおまえにとっての最良の選択だよ ――


 雷蔵は先代の助言を信じることはしなかったが理解は出来た。


 結局先代は自分がこの世を去った後に最愛の息子の面倒を見てくれる人が欲しかったのだろう。


 年老いた夫婦の間にやっと出来た一人きりの息子なのだからこの子の将来が心配だったのだ。


 青太郎の母は老齢出産の無理がたたって出産後の養生の甲斐も無くこの世を去っている。


 元々は孤児だったという先代に親戚はおらず、幼い息子を託せる相手がいない。


 だから先代は自分が商人として培ってきた技や心得を見込みのある者に伝授して息子の将来に備えておこうとしたのだろう。


 ただ、手塩にかけて人材を育てても自分がこの世を去った後であっさり他店へ逃げられたのでは元も子もない。


 雷蔵がいつまでも青太郎の側にいてくれるように、先代は『運』という曖昧なもので雷蔵を縛ろうとしたのだ。


 雷蔵には運が無いと言って先代が授けた助言を雷蔵は自分を縛る『(かせ)』なのだと解釈した。


『そんな枷をつけられなくとも、あっしは先代様から受けた恩という鎖でしっかり繋がれてやすよ』


 雷蔵は何かの拍子であの言葉を思い出す度に心の内でそう呟いていた。


 ただ最近は青太郎があまりに鬱陶しいものだから『もしかしたら先代の恩の鎖は切れてるんじゃねぇか? あっしはもう自由になっていんじゃねぇか?』と考えるようになってきているが……。


『ん?』


 雷蔵が血痕を辿るように坂道を上がっていると、ずっと上の方で何やら子供たちが騒いでいる。


「そ、それはこっちのセリフでござる! 心臓が止まるかと思ったでござるよ!」


 耳に入ってきた声はとても緊迫したもので、今までの声とは明らかに違う。


『ちっ、小猿がもう愛姫(ガキ)共のところに?』


 できるだけ急いで追いかけてきたのだが、それでも小猿の二度目の襲撃に間に合わなかったらしい。


 ……いや、そうではなかった。


 雷蔵が進んでいる道の先に、地面に這いつくばって先に進もうとする小猿の姿があった。


「よぉ、小猿。さっきぶりだな」


「ぐえっ!?」


 雷蔵は無慈悲に小猿の背中を踏んだ。


「旦那……雷蔵の旦那がここにいるって事は……姐さんはもう逃げちまったんですかい?」


 雷蔵に踏みつけられたままの状態から肩越しに振り返って小猿は雷蔵を見上げた。


「いや? あいつは一撃で再起不能にしておいた。あと一刻もすれば高熱と激痛で昏倒して、明日には仏さんになっているだろうな」


「なっ!? なんてことを!」


「おいおい、なんだその恨みがましい目は? あいつは誰に牙を剥いたと思っていやがる。こういう結末になるのは当然だろう?」


「だ、だからって、姐さんはあっしらの頭領だった人の娘だぞ!? 恩人の子にそんな(むご)いグエッ!」


 小猿を踏む雷蔵の足にグリグリと力を入れられて、小猿は蛙が潰れたような声をあげた。


「恩? これまで風花の奴に何度吠えかけられても見逃してやったんだ。その分だけでとっくに頭領への義理も恩も完済しているさ。……なんだいその(つら)は? おまえも俺に噛みつくってんならここで引導を渡してやってもいいんだぜ?」


 どれだけもがいても地面に張り付けられたように動けなくなった小猿は口惜しそうに歯を噛み鳴らして憎悪の溢れる眼で雷蔵を睨み上げていた。


「あっしが旦那に敵うはずがねぇのは嫌ってほど知ってらぁ。あっしはケンカが弱いんだ。だがね、あっしは勝てねぇ相手に無茶をする間抜けな猿でもねぇ。あっしが目指しているのは賢い猿さ……だからよ、頼むよ。見逃してくれ」


「見逃す?」


「あっしは旦那に負けて瀕死になっている風花の姐御を助けに行きてぇ、だから見逃してくれ!」


「ほぉ……。じゃあ商談といこうか。おまえはその願いに対してどんな対価を呉れるっていうんだい」


「一度だけ、旦那の依頼をタダで受けるぜ。あっしに出来る範囲の仕事に限るけどな」


「……ふむ、俺が足をどかす対価としてはそんなところか。いいだろう、勝手にしな」


 雷蔵が足をどかすと小猿は亀のように這いつくばったまま坂を下り始めた。


「なんだ、もう立てねぇのか」


「旦那、肩を貸してくれてもいいんですぜ?」


「へっ、そんな事をしてやる義理もねぇだろ。お互いにな」


 夜目が利く小猿がズリズリと這いずって闇の中に消えていくのを用心深く見送った雷蔵が再び坂を上ろうと振り返った時だった。


 頭上から、ギイィン! と鼓膜を刺すような金属音が降ってきた。


「何だ!?」


 直後、今度はバアァン! と轟雷のように腹に響く爆音がして、


「一体何が……」


 音がした上方を見て、雷蔵は生まれて初めて『()(すく)む』という感覚を覚えた。


 折れ砕けた吊り橋の残骸が土砂崩れのように降ってきたのだ。


「うああぁ!?」


 さすがの雷蔵でも避けられなかった。


 橋の梁になっていた太い木材が雷蔵の脇腹を抉るように貫いて、雷蔵は大量の橋の残骸に巻き込まれて流されるように坂を転がり落ちていき、坂の折り返し地点で壁面に激しく叩きつけられて、その反動で坂道から大きく外れる方向へと体を弾かれた。


『あぁ、こいつぁヤベぇ』


 ふわりと宙に投げ出されてしまってはもう何をすることもできない。


 重力に引かれるまま抵抗することも出来ずに逆さまになって落下している途中、腹這いになって坂を下りていた小猿と目が合った。


 目をまん丸にして驚いている小猿。


 もし小猿があのまま坂を上がっていたら土石流のように落ちてきた橋の残骸は小猿を再び崖下に突き落としていた事だろう。そうなっていたら今度こそ小猿は命を無くしていたはずだ。


 小猿は風花を助けに行こうとしたおかげで自分自身の命を拾った。誰かを助けようとしたその行為が結果的に自身の幸運を呼び込んだのかもしれない。


『くそっ、小猿よりもこっちのほうが運が無ぇってことかい』


 闇の中をクルクルと舞うように落ちてゆく雷蔵は綺麗な顔を醜悪に歪めて運の神の采配を呪った。

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