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幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい  作者: マルクマ
第五幕 やんちゃな子猫は空を舞う
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風花も雷蔵も空を舞う 1

 地上でお江戸の町が騒がしくなっている頃、真下にある鍾乳洞の最深部で静かに向き合う二人がいた。


 一人は、愛姫たちを逃がすために追手を待ち構えていた雷蔵。


 もう一人は愛姫を追ってきた風花だ。


 ちなみに風花とともにやって来ていた小猿は風花の命令で単独で愛姫を追走していて、もう一人の同行者だった佐吉はとんずらをこいている。


「くっそぉ、のっぺらの野郎め……」


 既にいなくなってしまっている相手の愚痴を言ったところで始まらない。


 風花は構えている鉄煙管(てつきせる)を強く握り直した。


 風花が得意とする得物(武器)は小型双鉄鞭(そうてつべん)。いつも手にしている鉄製の煙管を両手に持って(むち)(ここでいう鞭とは短い棒状の打撃武器のことを指す)として使う。女の風花では男の膂力(りょりょく)には敵わないのは分かりきっているので、速さを主眼に置いた戦闘形態を選んだ結果だ。


 修得した型は小太刀二刀流を基にした我流で、実戦での主な動作は片方の煙管で敵の刀を受けて、もう片方で敵を打つ形になる。このやり方なら左右のどちらでも攻撃と防御ができて、敵の攻撃がこなければ防御を捨てて左右の連撃に変化する。一度連撃が始まってしまえば戦う相手は防戦一方に追い込まれる。


 風花の攻撃は一撃一撃が軽いものの、二刀流(ゆえ)の変則的な太刀筋と連撃での波状攻撃が巧みさで敵を翻弄する。その戦いぶりから風花は渡世人たちの間で『風神の如し』と評されるに至っている。


 とにかく攻撃の手数を増やせば、速さにおいて『雷神の如し』と謳われている雷蔵だってそのうち捌ききれなくなって痛打を喰らうかもしれない。


 幼い頃からの苦手意識があって雷蔵と直接戦うことを避けてきた風花だが、今やこうして否応なく向き合わなければいけない状況になってしまい、こうなったからには……と覚悟を決めると、段々と腹が座ってきた。


 二本の鉄煙管を掲げるように構えた風花は着物の裾を大きく開いてザリザリと足を摺りながら雷蔵との距離を詰めた。


 それに対して雷蔵は全く動かない。手拭いを拳に巻いているだけで武器は持っていない。肩幅よりやや広く足を広げていて、肩の力を抜き、ゆらりゆらりと上半身を左右に振りながら両腕はダラリと垂らしている。


 なんだか……思っていたより圧迫感が無ぇな。


 風花は肩透かしを食らったような気になった。


 風花が使っているそこそこ名の通った渡世人たちが雷蔵の名を聞いただけで震えあがるのを見ているので雷蔵のケンカはそんなに凄いのかと風花は内心で怖れていた。


 しかしこうして雷蔵と対峙してみると、腕の立つ剣客に共通してみられる圧力みたいなものを全く感じなかった。


 これなら、いけるかもしれないね!


 勝てる見込みが出てきた風花は盛り上がってきた気持ちにそのまま乗っかって雷蔵に襲い掛かって――、


 次の瞬間にはへし折られた鼻から血を噴き出しながら、グルングルンと身体を縦方向に回転させながら空を舞っていた。


 ドシャッと砂礫(されき)交じりの土に背中から落ちた風花。


 蝋燭一本の明かりしかない場所なのに風花の視界には真っ白な星が(またた)いている。


 背中が痛い。当然だ、背中から落ちたのだから。


 首が痛い。当然だ、顔を殴られて振り抜かれたんだから首の関節だって無事じゃ済むまい。


 首から上の感覚が無い。大変だ、神経までやられたかもしれない。


 え? 何!? 雷蔵はこんなに強かったのか!?


 殴られた場所の痛みを感じないのが幸運なのか不幸なのか、ともかく何かを考えるだけの思考力はまだ残っていた。


 鼻が潰れているので口で息をする。


 まだ頭の芯が痺れたようにクラクラしているけれど、今立ち上がらないとこのまま殴り殺されるような予感がして、必死になって起き上がった。


 みっともなく肩を上下させて犬のように呼吸をするが、恐怖は去らない、落ち着きが取り戻せない。


 この期に及んで風花はようやく理解した。


 雷蔵は自分たちとは別の世界の住人だ。


 さっき雷蔵を攻撃したときの事を思い返して、風花は魂に恐怖を刻み込まれた気がした。


 雷蔵の動きは明らかに異質だった。


 襲い掛かっていった風花が鉄煙管を振り下ろす前から(・・・・・・・・)雷蔵はその軌道を見切っていて、足を位置をそのままに上半身だけを引いた。


 だからおかしな現象が起きた。


 雷蔵が上半身を引いたのと、風花が鉄煙管を振り下ろしたのはほぼ同時(・・)


 いや、むしろ雷蔵が上半身を引く方が早かったように見えた。


 次の瞬間、風花の鉄煙管は何もない空を打ち、雷蔵は拳を振り上げている。


 風花が驚き慌てて手を引き戻した時にはもう雷蔵の拳はガッツリと風花の顔面にめり込んでいた。


 鼻骨をグチッと折られた感触までは覚えている。そこから先は頭部に痛みを感じていない。


 きっとあの一撃で神経を全部持っていかれたのだろう。


 何とか立ち上がったけれど足がカクカクと震えている。


 雷蔵の姿を探すが目の中に白い光が瞬いていて他に何も見えない。


 (これ)これもやられたのか! くそっ! 最悪だ!


 たった一発の拳で風花は事実上の戦闘不能状態になっていた。


 冗談じゃねぇ、こんな化物に人間が敵うはずがない! 何であたしがこんな化物とやり合わなきゃなんねぇんだ!?


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!


 こいつはまともに相手しちゃいけない化物だ!


 風花は知らなかったが、雷蔵がしていたのは後世において『(せん)(せん)』と呼ばれるようになった対人戦闘の奥義だった。


 これは人よりも優れた観察眼と洞察力で相手の動きを先読みし、攻撃される前(・・・・・・)に攻撃を回避して一方的に攻撃し続ける奥義。

 理論を聞いて訓練すればある程度の者ならその真似事くらいは出来るようになるものの、本当の『先の先』を使えるのは極めて少数の天才のみ。


 名のある渡世人や剣客が雷蔵の名を聞くだけで腰が引けていた理由が風花にもようやく理解できた。


 くそっ! どこにいる雷蔵!? 見えねぇ! 怖い怖い怖い怖い! 来るな来るな来るなこっち来んなぁー!


 姿の見えない敵に心底から恐怖した風花は恐慌状態となって、一筋の明かりも無い鍾乳洞の奥底で狂ったように鉄煙管を振り回し続けた。

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