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幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい  作者: マルクマ
第五幕 やんちゃな子猫は空を舞う
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飼い主は空を跳ぶ

 坂道の一段下から余三郎たちを見上げている小猿。


 小さな体の全身から迸るように噴き出ている気迫と、見るからに恐ろしい鬼気迫る表情に青太郎は「ひいっ!」と悲鳴を上げて腰を抜かした。


「あやつめ、生きておったのか」


 百合丸が思わず漏らした言葉が聞こえたらしい。小猿は湧き上がる怒りを噛み殺すように歯ぎしりをすると、片足を引き摺りながら提灯の光が届かない闇の中に消えた。


「あやつ、坂道を上がる方向に歩いて行ったぞ。妾たちを追って来る気じゃ。まだ妾を殺すことを諦めておらぬようじゃ。しつこい男じゃのぅ」


 愛姫は気丈にも小猿が消えた方向を睨みながら吐き捨てるように言ったが、内心ではやはり怖いらしく、ほとんど無意識に隣にいる百合丸へ手を伸ばしてその袖を掴んでいた。


「手負いの獣のような目をしておったでござるな。こんなに離れていても『どうせ死ぬなら道連れに!』という狂気が感じられたでござるよ」


「あぁ、もの凄い気迫だった。あの様子から無理やり崖を登って最短距離でこちらに向かってくるかもと不安だったのだが……どうやら奴は道なりに坂を上って確実にこちらへ向かって来るらしい」


「きっと崖を登りたくても登れない、なの。足を引き摺っていた、なの。たぶん走るのも無理」


「なるほど。では奴がここにやって来るまでには暫し時間が掛かるのじゃな?」


「時間が掛かると言っても、どうしたらいいんだい!? このままここにいたんじゃ、どのみち追いつかれて殺されるだけだよ!?」


「どうしたらと言われても、特別な対策なんてないでござる。こうなったら腹を決めて奴と切り合いをするしかないでござるよ」


 百合丸が緊張した顔で腰の刀に手を置くと、余三郎がその手を包むように握って指を開かせた。


「と、殿?」


「無茶はよせ。負傷していても向こうは殺しの玄人。百合丸にいくら剣の才があっても素人が本職に勝てる見込みはない。もちろんわしだって無理だ」


「こちらに戦う気は無くとも向こうが殺す気満々でやってくるでござるよ! 逃げ場が無い我らは戦うしかないでござる!」


「そうじゃぞ叔父上、この路は巨岩の表面を削って作られた路。迂回路も無ければ隠れる場所も無い。逃げ場が無いのだから一か八かで戦う他に手はなかろう」


「手はあるさ。八方塞がりだというのなら塞がっている路をこじ開ければ良い。行き止まりになっている偽の抜け路を無理やりこじ開けようとしていた敵のようにな」


 そう言いながら余三郎は下駄を脱いで屈伸を始めた。


「こじ開けるじゃと? ……まさか!」


「そこに見えている跳ね橋を下ろせばみんな逃げられる。大丈夫だ、霧がこの断層を目の錯覚を利用した罠だと見破ってくれたのだから、わしはそれを見越したうえで全力で跳べばばいい。そうすれば届く。       たぶん」


「こら、最後に小さい声で『たぶん』て言うたじゃろ!? やめよ! そんな危険な事をするくらいなら、あの半死状態の刺客と戦ったほうがまだ分があるはずじゃ!」


 詰め寄ってきた愛姫に至近距離から睨み上げられた余三郎は頬を掻きながらおどけた調子でへらりと笑ってみせた。


「いやぁ~無理無理。わしの腕じゃあまるっきり歯が立たないよ。さっき百合丸も言っていた通り奴の表情は『道連れにしてでも殺そう』って顔で、いわゆる『捨て身』の状態だ。人殺しの玄人がそれだけの覚悟を決めてやってくるんだから、素人のわしらに勝てる見込みなんて芥子粒(けしつぶ)ほどもありゃしない。だからわしは――」


 会話がまだ続くような様子をみせながら余三郎は何気ない素振りで袴の裾をたくし上げると、全員の意表をついて突然走り出した。


「だからわしは――跳ぶんです!」

「お、叔父上!?」

「殿ぉー!」


 悲鳴のような声を背後に置き去りにして余三郎は全力で駆ける。


 とにかく全力で、全力で、全力で、早く、早く、早く――、跳ぶ!


 前傾姿勢で走る余三郎が道の端ギリギリで最後の一歩を踏み込んだ。


 ふわりと滞空する余三郎の体。水平に近い放物線の軌道を描きながら風を切る。


 ―― ……おかしい、向こう岸に全然近づかない! ――


 目算通りならばとっくに向こう側へ足がついているはずなのに、余三郎の体はまだ地面の無い空間の途中にいた。


 ―― くっ、見た目よりも遠いのだと見破っていたはずなのに! ――


 見た目以上に距離がある覚悟していたけれど、そんな算段すら上回るほどに実際の距離は遠かった。


 失速が始まって徐々に落ち始める体。


 余三郎の背中に恐怖を帯びた寒気が貫き、ぞわりと鳥肌が立つ。


 余三郎の背中を見ていた者たちから声にならない悲鳴が上がる。


 失速しながらもなんとか余三郎の体が向こう岸に届きそうになったとき、着地目標にしていた崖の縁は余三郎の肩よりも高い位置にあった。


「南無三っ!」


 思いっきり手を伸ばせば崖の端に指が掛かるかもしれない。しかし余三郎は手を崖の縁に向けずに腰の刀に手を置いた。


 余三郎は逆手に掴んだ刀を抜刀と同時に跳ね橋の基礎部分に向かって刀を突き入れた。


 刀は狙った通り基礎の金具の隙間に嵌る。


 自由落下を始めている余三郎。落下の勢いがこれ以上増す前に刀の柄を両手で握って落下を阻止。


 全体重を支える負荷が両腕に集中したためにガツンと腕全体に衝撃が響いたが余三郎は歯を食いしばって耐えた。


 落下する勢いはそれで止まったが、水平方向の運動エネルギーがまだ消えていない。


 刀に掴まった余三郎は振り子のように弧を描きながら崖にぶちあたって「ぐっ!?」息を詰まらせながら跳ね返る。


 もし崖の端に指を掛けるほうを選んでいたら、体が跳ねた勢いを指先だけで支えることが出来ずに空中へ投げ出されていただろう。


 刀にぶら下がった余三郎はしばらく振り子のように左右に揺れていたが、それが収まると突き刺した刀を起点にして足場を探し、橋の基礎部分を猿のように伝いながら崖をよじ登った。


 なんとか崖を登りきった余三郎はぺたんと地面に腰を下ろして額に浮き出ていた冷や汗を拭くと、大きな大きなため息を吐いて、ようやく肩の力を抜いた。


「ふぅ……危ない危ない。死んじまうかと思ったよ」

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