子猫たちはさらに逃げてった
雷蔵が立ち止まってそれほどの時間も経っていないのにもう風花たちは追っついてきた。
「おや、怖いですね。雷蔵さんがその姿になるのを見るのは久しぶりですよ」
雷蔵が応戦の構えで腰を落としているのを見て、佐吉たちは足を止める。
「見覚えのある面ばかりだな。のっぺら、小猿、そして風花、か。お前たちの相手をしているほど俺ぁ暇じゃねぇんだ。ケツ巻くってさっさと帰れ、そしたら見逃してやる」
「そんな事を言われてスゴスゴ引き返してちゃぁ食っていけねぇ商売なんだよ雷蔵。あんたがあたしらの兄貴分だったのは遠い昔の事だ。一人だけで表の世界に逃げたくせにいつまでもあたしらを見下してデカい面してんじゃねぇぞ!」
風花に啖呵を切られて雷蔵はキュッと目を眇めた。それだけで小猿は「ひいっ!」短い悲鳴を上げて風花の背中に隠れる。
「言うようになったじゃねぇか風花。恩人の娘だからと見逃していたが、もう充分におやっさんへの義理は果たした。もう遠慮なしに潰してやるぜ」
雷蔵が拳を構えて腰を落とす。雷蔵の体が一回り大きくなったと錯覚するほどに雷蔵の体からは殺気が吹きあがってきた。
「くっ……。や、やれるものならやってみやがれ! のっぺら、あたしが正面でやるからお前は側面から援護しろ! それくらいならできんだろ!」
風花は大きく開いた胸元からもう一本鉄煙管を引き抜いて二本の鉄煙管を双鉄鞭のように構えた。
二人掛かりならなんとか互角に持ち込めるかもしれないと覚悟を決めたらしいのだが――、
「いやぁ……そりゃあ勘弁してくれませんかね風花姐さん。私ぁ雷蔵さんとはやり合いたくないって、さっきから言ってるでしょうに」
佐吉は雷蔵に向かって両手を上げている。敵意がない事を態度で示していた。
「のっぺら! てめぇ、この期に及んで何言ってんだ!」
「良い判断だのっぺら。だが今はおめぇの存在自体が目障りだ。とっとと帰れ!」
二人に同時に怒鳴られてのっぺらは大げさに肩をすくめてみせた。
「お二人とも勘違いして貰っちゃあ困りますね。確かに雷蔵さんは怖い。正面からやり合おうだなんて微塵も思いません。けれど今の私は風花姐さんの味方なんですよ。なにせ小判五枚先払いで姐さんに雇われた身ですからね。もちろんこの場で雷蔵さんに倍の金子を積まれても裏切ることはしません。こんな土壇場でそれをやっちゃあ次からは誰も信用しちゃあくれませんからね」
「それが分かってんなら素直にあたしを手伝えって言ってんだ! あたしの味方なんだろ!?」
「姐さん、熱くなっちゃいけませんよ。いつもは痺れるくらい美しくて冷静なのに雷蔵さん絡みだとどうにもムキになるのが姐さんの悪い癖でさぁ。よぉく思い出して下せぇ、今回姐さんが請け負った仕事は愛姫を殺すことですぜ? 鋼のように硬い拳を雷のような速さで放つ喧嘩無敵の男とやり合って勝つって内容じゃなかったはずだ」
「あ……」
のっぺらの指摘にはっと我に返った風花。逆に雷蔵は苦々しい表情で舌打ちをした。
「姐さんは殺されない程度に雷蔵さんとじゃれ合っててくだせぇ。その間に……おい小猿。おめぇが子供らを追って殺して来な。さっきしくじったんだから、それ以上の手柄を立てて汚名返上するんだよ」
「ま、待てのっぺら。それならやっぱりお前も雷蔵の足止めを手伝え。冷静になって考えるとだな、その、何と言うか、こいつを相手に一人で戦うというのは少しばかり無茶があるというか、その、怖いっていうか……」
「それこそ『この期に及んで何言ってんだ』ですよ姐さん。さっきまでの勢いでやっちゃえばいいんです。あ、ちなみに私はこのあたりで失礼させてもらいますよ。今の献策で代金分の働きは充分にしたと思いますんでね。それではごきげんよう……」
のっぺらはそれだけ言い残すと幽霊のようにすぅっと気配を消していなくなってしまった。
「ちょっ!? のっぺら!? おい、のっぺら! ……あ、あいつ、本当に帰りやがった!? 最悪だあの野郎!」
完全に戦闘態勢に入っている雷蔵の目の前で置いてけ堀を喰らった風花はサァーッと顔から血の気を引かせた。
「あ、姐さん。俺ぁどうすれば?」
「ええぃ、こうなりゃヤケだ! のっぺらが言った通りあたしが雷蔵を足止めしているからその間に姫さんを殺ってきな! そうすりゃ結果的にあたしらの勝ちなんだからな! ほら、早く行け!」
自分で言い放った言葉通りヤケになった風花は半泣きになりながら鉄煙管を振り上げて雷蔵に襲い掛かった。




