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幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい  作者: マルクマ
第四幕 みんなが子猫を探して上や下への大騒ぎ
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土州 1

「やめよ!」


 余三郎の声が土州の耳朶(じだ)を打った。


 まだ大人になりきれていない少年の声がこの場ではあまりに異質で、奇妙で、突然で、土州は刀を抜きかけていた手を止めて声のした方に目を向けた。


 岩壁に穴を穿(うが)っていた奴隷たちの手もピタリと止まり、さっきまで泣き喚いていた元べっこう飴売りまでもが口を(つぐ)んだので辺りが急に静かになる。


 土州は辺りに目を凝らしたが、声がしたのは通り道として使っている板橋から随分離れた石筍地帯だったので土州は眉を寄せて不思議がった。


「誰ぞ……そこにおるがか?」


 土州は刀を鞘に戻すと、壁に差し込んであった松明を一本抜いて周囲の闇を払った。


 ……返事は無い。人影もない。


 誰もが息をひそめている。周囲に点在する篝火のパチリと爆ぜる音すら大きく聞こえるほどに緊張した静寂が続いた。


 もちろん先ほどの声を発したのは余三郎なのだが、斬られそうになっていた男を助けたい一心で後先を考えずに叫んで、叫んだ直後に『しまった!』と慌てて岩陰に隠れたのだ。


『まずい。まずいぞ。切腹という事態を避けるために秘密の抜け路を探しに来たはずなのに、こんなところであんな危なそうな男に意味もなく斬られてしまったのでは本末転倒もいいところだ』


 何かこの場を誤魔化す良い方法は無いものかと余三郎は頭を抱えたが、抱えた頭から零れ落ちてきたのは数本の髪だけで、この場を逃れる妙案など微塵も出てこなかった。


 ずっと沈黙を通して『なぁんだ、さっきの声は気のせいかぁ』という事にならないものかと万に一つの期待してみたのだけれど、岩の向こうからこちらを注視している気配は一向に弱くならない。奴隷たちも穴掘りの手を止めてこの成り行きを見守っている。


『どうしよう、どうしよう、どうしよう……』


 何の案も浮かばないままカタツムリが一寸進むくらいの時間が過ぎたところで、土州が次の行動を起こした。


「おはん、ちくと(ちょっと)あの岩陰を見てきぃ」


 地べたに座り込んで呆けている元飴売りの男に向かって土州が土佐訛りの強い言葉でそう命じた。


「わ、わしが? いや、でもこの先は地面のトゲトゲがあって進めねぇ。あっという間に足がズダズダになっちまうよ」


「わしの刀であっという間に体をズダズダに斬られるよりはええじゃろ。のぅ?」


「わかった、わかったから刀に手をかけねぇでくれ!」


 元飴売りの男が子供のように泣きべそをかきながら石筍の一帯に足を踏み入れた。


 余三郎は段々と追い詰められてゆく現状に心底怯えたが、今隠れている大岩の他に隠れられそうな場所は無い。


『まずい、非常にまずい。見つかったらあの男に一刀両断されちまう!』


 余三郎はあの土州という男と真っ向からチャンバラリと切り結ぶ気なんてこれっぽっちも無かった。


 どう見てもあの男は剣の腕で生計を立てている玄人、剣客だ。武家の子息として一般的な腕前しかない自分がそんな男と刀を交える事態になったら万に一つも勝ち目はないと余三郎は確信している。


「痛ぇ! ひぃぃ、痛ぇよぉ……」


 土州に脅された元飴売りは足裏を石筍に刺されながらへっぴり腰でそろそろと余三郎に向かってきている。あの男にこれ以上近づいて来られたら他に身を隠す場所が無い余三郎は終わりだ。


『どうしよう。今すぐ逃げてしまいたいが、ここを離れた瞬間にあの男に見つかってしまう』


 余三郎は見つかった後にどう切り抜けるかを頭の中で算段してみたが――、


『わしが素早く逃げてあの土州を振り切ったとしても、あの男が地上の経文堂で見張りをしている奴に大声で扉を閉じるよう指示を出したら、その瞬間にわしは逃げ場を失った袋のネズミじゃ』


 考えれば考えるほど今の状況は『詰み』だ。この状況から危機回避ができる方策が全く思い浮かばない。


 元飴売りの男が段々と近づいてくる。


 この緊迫した状況で全く空気を読まずに「ぶなぁぁぁーぁ……ぁふぅ」と余三郎のすぐ近くからなんとも間抜けな声を放った物体があった。


『な、なんぞ!?』


 不意に放たれた奇妙な声に余三郎は驚く。振り向くといつの間にか大きな毛玉のような生き物が背後にやって来ていた。


 声がしたのとほぼ同時に土州が剣士らしい反応速度で声の方に向かって松明を投げつけている。土州が投げた松明は飴売りの横を回転しながら飛んで余三郎が隠れている岩の横に落ちた。


「ぶなぁー!?」


 松明を投げられた毛玉っぽい生き物は奇妙な鳴き声を放ってコロンと後ろに転がった。咄嗟に後ろに跳べるほどの運動神経は無いらしい。


「……猫、なのか?」


 その生き物を見た土州が思わず疑問形で呟いてしまったように、松明の明かりで浮かび上がった物体は巨大な大福のように丸く太った不格好な猫だった。


「どいてこんな場所に猫が()ちゅう? どこから入り込んだがじゃ?」


 もちろん土州の独り言に答える者はいない。


「だ、旦那。さっきの声はもしかしてこの猫の鳴き声だったんじゃ?」


「そうかぁ? 人の声のようやったが……」


 土州は顎を摩りながら納得のいかない風な顔で目を眇めている。


「そこの大岩の後ろに誰ぞ潜んじょらんかの。どうもさっきから人の気配がしちゅぅんじゃが」


「ここにですかい? こんなところにこっそり隠れている奴なんか――」


 大岩に手を着いて顔を突き出した元飴売りと、こっそり隠れていた余三郎の目が合った。

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