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幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい  作者: マルクマ
第四幕 みんなが子猫を探して上や下への大騒ぎ
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乳弁天は斯く戦えり 2

 まるで蜃気楼(しんきろう)のようだった。


 存在感の薄い町人風の男が僅かに体を揺らすとその姿がフワリと消えて、次の瞬間には菊花の胸に肩を押し付けるように体当たりされていた。


 ドッと身体に何かを押し込まれる感覚と鋭い痛み。ガチンと鳴る金属音。


「!?」


 突然の事に驚いた菊花は慌てて後方に飛び退いた。


 男から体を離す瞬間に彼女が見たのは、己の胸の下から抜けてゆく短刀(ドス)の刃と、その切っ先から伝う赤い血の糸。


「おや、何か妙に硬いものを着こんでいるね。鎖帷子(くさりかたびら)かな? それにその反応の速さはただの町娘じゃないね。……お嬢さん、何者だい?」


 菊花を刺したばかりだというのにその男の顔には微塵も殺気はなく、隠居した老人のように柔和な微笑を浮かべている。


「あ、あなたこそ何者? 妙な術を使うのね」


 短刀を刺された左胸の下からジクジクとした痛みを感じる。男と対峙しながら指先でそっとその部分に触れてみたら血が滲み出していた。


 細い鉄鎖が織り込まれている帷子が刃を防いでくれていたのでその程度で済んだが、菊花は傷の位置にぞっとした。


 もしこの帷子を着ていなければ今の一突きで心の蔵を抉られていたところだ。


「妙な術? いえいえ、特別な事などなにもしちゃいませんよ。あたしは普通に歩いてあなたに近づいて普通に短刀(ドス)を打っただけです。……ただね、あたしはどうにも存在感が薄くて人の意識から外れるらしいんですよ」


 佐吉は短刀をだらりと下げて、まるで天気の話でもしているかのような安穏とした顔で言う。


「ほら、このように特徴のない顔立ち、特徴のない背格好。特徴のない声。あまりにも平凡すぎる外見なので特別な記憶力を持つ体質の人でもなければあたしの顔を覚えるのは困難らしいですよ。そのせいであたしは『顔のない男』という意味で『のっぺら佐吉』という通り名をつけられているんで。ほら、こうして向き合っている今でも――」


 目を合わせて喋っている最中だというのに再び佐吉の姿が霞むように消えた。


「――っ!」


 菊花は佐吉の姿を見失った瞬間、帯の間に隠していた小刀で自分の着物の股を裂くと、その動作の延長で地面すれすれまで腰を落として、白い足を剥き出しにしながら地面を水平に薙ぎ払うように蹴り回した。


 ガツンと何かが足に引っ掛かる。


「ぐっ!?」


 佐吉の呻き声。


 菊花のすぐ側に佐吉の姿が忽然と現れた。


 菊花が小刀を投げつけたのと佐吉が腕を交差させたのはほぼ同時。


 無茶な姿勢で投げたせいか小刀は佐吉の腕を傷つけたが刃先が刺さるほど深く食い込まずにポトリと地面に落ちた。


 落ちた小刀を佐吉が拾い上げてお返しとばかりにそれで菊花を攻撃しようとしたのだが、菊花はとっくに逃げの動作に入っていて、佐吉が小刀を振り上げた時には菊花はもう拝殿の角を曲がって逃走していた。


「あぁ逃げられてしまった。悪いね姐さん、ありゃ簡単にはやれないよ。相当な手練(てだ)れだ」


 佐吉は振り上げた小刀を無造作に投げてシュカッと本堂の柱に突き刺すと、懐から取り出した手拭いを裂いて負傷した腕を縛った。


「ふぇー、すげぇなあの姉ちゃん。あんな重そうな胸を抱えてよくもあんなに素早い動きができるもんだ」


 井戸の縁に肘をついて一部始終を見ていた小猿が楽しそうに笑っている。


 今の戦闘で菊花が相当な手練れだということは理解できたので、彼女を仕留めきれなかった佐吉を風花は咎めはしなかったが、どさくさに紛れて自分のお尻を撫でまわしている小猿の頭をとりあえず煙管で打っておいた。


「ちっ、城から降りてきた世間知らずの子供を殺すだけの簡単な仕事かと思っていたが、ここにきてとんでもないのが出てきやがったねぇ。もしかしてあれが話に聞く『お庭番衆』って奴かい」


 風花は口惜しそうに歯を噛み鳴らした。


「さすが将軍の娘が(まと)の仕事、ってことろですかね。……姐さん。これはちぃと厄介な仕事になりましたね。逃げたあの女はきっと増援を呼んで来ますぜ。これからあんな手練れが何人も出てくるんじゃ、あたしらだけじゃ防ぎようがない」


「ふん、何をビクついてるんだい。ああいうのがまた来る前にとっとと仕事を終わらせてしまえばいいだけの話さ。それで小猿、井戸の底にある横穴はどんな様子だった?」


「へい、それがですね――」


 先行して横穴の様子を見に行ってきた小猿は、ここの横穴が自分たちが瓶底寺で掘らせている鍾乳洞と同じような地下空間に繋がっていたことを風花に伝え、地面に子供の足跡が四人分残っていたことも話した。そして――、


「その子供らを追いかけている男がいますぜ。乾き始めている子供の足跡の上に真新しい足跡がありやした。足跡の大きさと歩幅から見て大人の男のモノでさぁ。数は一つ」


「男が一人、愛姫たちを追っている……のっぺら、誰だと思う?」


「そりゃあ言うまでもなく雷蔵でしょう。我らの先を行くほど目端(めはし)()く男は他に心当たりはないですね」


「だろうね、あたしもそう思う。小猿、寺から提灯を()ってきな。急いで後を追うよ」

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