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幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい  作者: マルクマ
第四幕 みんなが子猫を探して上や下への大騒ぎ
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飼い主も大冒険 1

 愛姫たちが猫を追いかけて地下世界を探索している頃――、


 単独で秘密の抜け路を探しをしていた余三郎は朝から猫柳家の菩提寺(ぼだいじ)を訪れて、そこの住職に銀座周辺の最古の施設やその施設が作られた由来などを教えてもらった。


 そこで得た情報を元に秘密の抜け路の出口が隠されていそうな場所を絞り込んで、最終的に残った七カ所を順々に調べて回っていたのだが……、


『ふぅ……。次は瓶底寺(びんていじ)か』


 余三郎は肩を落として銀座の前を歩いていた。朝から歩き続けているので随分と疲労が溜まっている。


 出口がありそうな七カ所の内、五カ所までは調べ終えている。あとは隅田川手前の瓶底寺と、そこから神田川方向に向かったところにある伝試練寺だけだ。


『何も候補の一番目から『当たり』でなくとも良いが、せめて三番目か四番目くらいで出口を見つけられても良いのに……』


 余三郎は心の内でそんなことを呟きながら懐から手拭いを出して額の汗を拭いた。


 朝早くから探索を続けているのに行った所はすべて『外れ』で、お天道様はすでに真上を過ぎている。


『わしは昔っからこうじゃ。じゃんけんでも、賽の目勝負でも、運がからむ勝負事は決まって負けることが多い。こうならなければいいのにと思うと大抵そのとおりになってしまう。とにかく昔から運が悪い。どうにかして運を上げる方法とかないものだろうか……』


 余三郎は疲れた足を引きずりながらノテノテと歩き続けた。昼飯を食べに一旦家に帰った方がいいのだろうけど、今から家に引き返すほうが余計に疲れるので空腹を我慢することにした。


『今回も嫌な予感はしてたんだ。なんとなく最後の方で見つかるんじゃないかなって、前半は完全に無駄足になるんじゃないかなって……。そしたら案の定このザマじゃ……』


 ずっと歩き通しだった疲れが精神にも及んでいるらしく、余三郎はたいそう後ろ向きな精神状態になっている。


『ほんに神様というものは意地が悪い。たまには良いことがあってもいいだろうに、しっかり無駄足を踏ませるんだからなぁ……。もしわしが、いや、わしじゃなくても良い。家臣の誰かが豪運の持ち主だったらすんなり出口を見つけられるんじゃろうなぁ……。ま、ウチにそのような剛運の者など居らぬがの。というか運の良い者が赤貧生活を強いられるウチに来るはずもなし、か……』


 そんな自嘲めいたことを心の中でぼやきながら余三郎は瓶底寺に向かう。


 余三郎が何気なく言っていた豪運の持ち主が百合丸たちの一行の中にいるなんて考えもしなかった。




 ようやく到着した瓶底寺は隅田川の川べりにあるみすぼらしい廃寺だった。


 この寺は元々家康が江戸に入府した折の記念として建立された寺院なのだが、五十年ほど前の法主が身勝手な政道批判を繰り返したせいで幕府の怒りをかって寺領を全て没収され、唯一の収入源を失った瓶底寺はあっという間に廃寺になったらしい。


 最後の法主が処罰を恐れて逐電して以来、誰もこの寺の管理をしていないらしい。江戸は一度大きな震災に遭っているのだが、その際に崩れた壁などはそのままに放置され、寺の東側を流れる川は護岸工事が為されておらず湿地のままの状態だ。クケケケケと奇妙な鳥の声がするけれど周囲に繁った葦に隠れてどこで鳴いているのかわからない。


 余三郎がぬかるみの多い道を慎重に歩きながら瓶底寺の正門に向かっていると、突然手首から二の腕までの肌がゾワリと粟立った。


『あ……。なんだかこのまま寺に入ったら何か嫌なモノに出くわしそうな気がするぞ』


 余三郎は不吉な予感を覚えて寺の正門に行くことをやめた。


 余三郎は運が悪い。そして運が悪い事を自覚している。だからこそ、こうした虫の知らせのような悪い予感がしたときは疑うことなく回避行動をとることにしていた。


 余三郎は足音を忍ばせて慎重に寺の門前から離れると、境内を囲む塀伝いに瓶底寺の外周を回った。


 寺の西側にまで来ると塀が大きく崩れているところがあった。その崩れた塀の陰から寺の中を覗いてみれば……胡散臭い男が一人、小さなお堂の前で座り込んでいた。


『あぁ、あのまま寺の中に入っていたらあの男と一悶着あったかもしれない。怖い怖い……』


 男が座り込んでいるのはおそらく経文堂だった建物だろう。


 不思議な事にすぐ隣にある本堂は建物の痛みがひどくて屋根が落ちかかっているのに、経文堂は最近補修したらしく、柱の何本かが真新しい木材で作り直されていた。


『怪しい。あからさまに怪し過ぎるだろ。もしや、あそこが秘密の抜け路なのか?』


 余三郎が塀の陰に隠れて、経文堂の前に立つ男を観察していたら、正門のほうから「おーい!」と声を上げて走ってくる男がいた。


 猿の顔に人間の体をつけたのではないかと思えるくらいに猿顔の男が、なにやら慌てた様子で経文堂の前にいる男に駆け寄ってくる。


「お、おい! (あね)さんはいるかい!?」


「へい、中に」


 男はそう答えて猿顔の男にぺこりと頭を下げた。


 猿顔の男は経文堂の扉に両手を掛けると、中に向かって「姐さーん! 上に来て貰えますかーい!? 大変な事になっちまってるんでさぁー!」と大声を張り上げた。


『むっ!?』


 余三郎は心の中で唸った。外見だけ見れば広さが畳三枚分ほどしかない小さな経文堂。それが見た目通りの物ではないことが猿顔の男の行動で確定した。


「小猿かぁー! どうしたぁー!?」


 返ってきた女の声は微妙に間延びしていて僅かに反響している。おそらく地下深くからの声だ。


『間違いない、あの経文堂が秘密の抜け路の出口だ。……しかし、こいつらはここで一体何をしているんだ? 幕府に雇われるような感じの奴らとも思えないし……』


「例の姫さんの所在が分かったんでさぁー! それがちぃとばかりマズいことになりやして!」


 小顔の男の言葉に余三郎の心臓がドキリと跳ね上がった。


『まさか、あいつの言っている『姫さん』って愛姫のことでは?』


 息を呑んで男たちの様子を見ていると、暫くして派手な顔立ちの女が堂の中から出てきた。


「どういう事だい小猿。何があった」


 小猿が愛姫の件を風花に伝えると、風花は眦を吊り上げて北町奉行を罵った。


「あのお笑い町奉行め! 役に立たないどころか、あたしらまで混乱させるたぁ最悪な無能っぷりだよ! あいつのせいでずっと愛姫を見逃していたってことじゃないか!」


『やはり愛姫のことか!』


 余三郎の顔が強張る。


「さらにマズいことに、その姫さんが雷蔵のとこの若旦那と一緒に行動しているらしくて、雷蔵の奴はもう姫さんの後を追い始めているんでさぁ」


「なにっ!? あの野郎はもう動いているのかい。こうしちゃいられない、小猿、その姫さんがどこに居るのか知ってるんだろうね」


「もちろんでさぁ。案内しますんでついてきてくだせぇ」


「わかった。おい、浜吉。あたしは出かけるって下の土州に伝えておけ」


 風花は経文堂の見張り番をしていた男にそう言いつけると、飛び跳ねるように走る小猿を追いかけた。


 浜吉と呼ばれた見張り番の男は二人の姿が見えなくなった後、気怠そうに尻を掻きながら経文堂の中に姿を消した。



 人の気配が無くなって急にしんと静まり返った境内。崩れた壁の陰に隠れたままの余三郎は愛姫を保護しにいくか、堂の中を探索しにいくかで迷った。


『どうしてあの者たちのように無頼の徒が愛姫を追っているんだ? あの風体で幕府直轄の雇われ者とは思えないが……。どこぞの大名がヤクザに金を撒いて愛姫探索の手を回したか? うむ、おそらくそんなところだろう』


 まさか風花たちの目的が『愛姫の殺害』だとはこの時の余三郎は考えもしなかった。


『まぁ、真相がどうであれ今からわしが愛姫を保護に行っても、わしには愛姫を城に帰す手段がない。その一方で、もしあの者らに愛姫が捕まった場合、姫が強制的に城に帰されるだけで特に害はない』


 しかし、そうやって愛姫が城に戻った場合だと余三郎の切腹という沙汰は無いにしても、相当厳しい処罰をされる可能性が出てくる。


『やはり秘密の抜け穴を使って愛姫をこっそり戻した場合のが良いだろうな。愛姫が大奥に戻るまでに別の誰かの手が入れば、その分だけわしの立場が危うくなるのは必定じゃ』


 姫を城に戻すことで『功』を上げた者がいれば、姫が城から出る手助けをした猫柳家の『罪』は、功の分だけ割増しで重くなるのだ。


『どう転ぶにしろ、秘密の抜け路の探索はしておいたほうがいいだろう。見張り番が下に潜った今こそ潜入する好機なんだからな』


 余三郎は立ち上がると周囲を警戒しながらするりと塀を越えて寺の敷地に入り込んだ。


 扉が開いたままの経文堂の中を覗くと、内部は明り取りの小さな窓が一つあるだけで薄暗い。床には倒れた本棚と朽ちた書籍が散らばっていて、床の中央にはぽっかりと穴が空いていて地下に降りる梯子が突き出ている。


 梯子の側には小さな棚があった。ここに出入りしている者たちが使っているらしい提灯が四つ置いてある。余三郎はその一つを拝借して火を入れた。


 余三郎はそれほど信心深いわけではないが、頼りなく揺れるロウソクの小さな灯を見て、ほとんど無意識に片手を立てて目を瞑る動作を取った。


 余三郎は祈る。この世にまします八百万(やおよろず)の神々に対して、この下にある地下道が無事に江戸城へと通じていることを願う。


 ――しばしの黙とうの後、そっと目を開いた。


「さて、行くか」


 余三郎はそう呟いて静かに気合を入れると、ゆっくりと梯子を降りて行った。

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