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幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい  作者: マルクマ
第三幕 子猫はもっと遊びたい
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晩飯時は乱世でござる 1

「ただいま……」


 余三郎が疲れ果てた姿で屋敷に帰ってきたのは、ちょうど幼女家臣団が夕餉の膳の箸を取り上げた瞬間だった。


 目と目が合う余三郎と家臣団。まるで金縛りになったかのような一瞬の空白の時間。


 硬直した刹那の時間が解けたとたんに、家臣団がカツカツと飯茶碗を鳴らし始めて、余三郎が「待て、待て! わしの分は残してあるんじゃろうな!?」と走り込んできた。


 余三郎が床板の上を横滑りしながらお(ひつ)を取り上げて、急いで中を確認した。


「あー! 無い! 飯がない!」


「人数分は炊いたんですけどねぇ」


 菊花の言葉通り人数分の飯はきちんと炊いていたのだろう。その証拠に家臣団と姫の茶碗にはいつもより多めに飯が盛られていた。それが見る見るうちに彼女らの口の中に消えてゆく。


「こら、よせ! わしの分を戻してくれ!」


 家臣団の二人は、戻してなるものかと言わんばかりの気合で飯を掻っ込んでリスのように頬を膨らませた。その二人の様子を見て愛姫までも同じ行動をする。


「あらあら。姫様もすっかりウチの家風に染まっちゃいましたわねぇ」


「やめてくれ、こんな家風などわしは嫌じゃ!」


「ほんにゃほほひっへほ、ほーほはふはい(そんなこと言っても、しょうがあるまい)」


 愛姫が何か言ったけれど何と言ったのか全然わからない。


「あらあら、詰め込みすぎですよ姫様。頬がパンパンになってますわ」


「ちっ! こうなっては致し方無い!」


 余三郎は飯茶碗が伏せられたままになっている自分の膳から箸を取り上げると彼女らの持っている飯茶碗に突っ込んだ。


「あああああ! 殿、それは禁じ手でござる!」


「ええぃ黙れ。わしとて腹が空いておるのじゃ!」


 米だけの飯より粘り気のある糅飯(かてめし)は余三郎の箸の先に一塊になって刺さっている。余三郎は団子のようになっている飯を口の中に詰め込むと、今度はすかさず霧の茶碗に箸を入れた。


「むごい、なの。妻のご飯をとるなんて」


「むごいのはお互いさまじゃ!」


 余三郎たちのやりとりを間近で見ていた愛姫はあまりの滑稽(こっけい)さに噴き出してしまい口の中にあった飯粒が気管に入って、おかしいやら、苦しいやらで、ぐぇほぐぇほと咳き込みながら(うずくま)る。


 余三郎はそんな状態の愛姫にも遠慮することなく茶碗に箸を入れた。


「姫様といえど一人だけ仲間外れは良くないでござるからな。御免(ごめん)!」


「お、叔父ぐぇほ! 叔父上! わりゃわ、ごほっ! 妾からも、取り上げるとはひ、ひどいのぉうぼ! げほっ!」


 愛姫はそんな恨み言を口にしたけれど、それがまた笑いのツボに入ったらしく、涙をちょちょ切らせて笑いながら体をくの字に曲げて足の先をヒクヒク痙攣(けいれん)させている。


「あらまぁ、なんだかとっても下剋上(げこくじょう)ですわね」


 通い女中の菊花はここで晩御飯を食べるわけではないのでお盆を胸に抱いて高見の見物。


 これ以上取られてなるものかと皆が皆忙しく箸を動かして、あわよくば他の者の膳に箸を伸ばす戦のような食事は、かしましい悲鳴と尽きることのない笑い声は全員の食事が終わるまで続いた。




「ふぅ……。こんなに疲れた食事は初めてじゃ」


 ご飯が終わって愛姫は白湯を呑みながら目尻を指でぬぐった。笑いすぎて涙が出たらしい。


「失礼しました愛姫。しかしながら、なんというか、これは当家のいわゆる悪習みたいなもので……」


 食事が終わって少し冷静さを取り戻した余三郎がばつが悪そうに言い訳を始めたが、愛姫は鷹揚(おうよう)に扇子を開いて汗ばんでいる自分の顔を扇いだ。


「よいよい。確かに疲れたがこういう楽しい食事をしたのも初めてじゃ。よもや妾もその悪習の中に巻き込まれるとは思わなんだが、百合丸や霧と同じ扱いを受けたことで妾も仲間の一人として認められたようで嬉しかったぞ。妾と二人の仲がさらに深いものになった気がするくらいじゃ」


「実はそれを狙ってた。計算通り、なの」


「しれっと嘘を吐くな。霧」


 抜け目なく自分を売り込む霧だったが、それは即座に看破された。


「それはそうと、殿。秘密の抜け路は見つかりました?」


 膳のかたずけをしていた菊花に訊かれたとたんに余三郎の表情が凍りつく。


「色々と見てきたんだが……その……」


「どうしました?」


「あの辺りで最も古い寺の梵貞寺(ぼんていじ)に行って、本殿の仏像を調べていたらな……」


「調べていたら?」


「その……。もしかしたら仏像を押せば、台座が動いてそこから地下に潜る階段でも出現しないかなーと思案して、試しにちょいとと押してみたらな……ぐらっと仏像が倒れて、首がもげた」


「……何してんですか。殿」


 いつもにこにこ笑っている菊花が思わず真顔になって突っ込んだ。


「いや、わしもな、わざとやったんじゃないんだぞ? もう少しで動きそうな感じがしたのでエイッと弾みをつけて押したら勢いがつきすぎて横倒しになってしもうたのだ。それで、気が付いた時には仏像の首がまるでさらし首みたいな感じで抹香台に刺さっておって、しかも倒れた拍子にそうなったのだろうが、鼻にブッスリと蝋燭が刺さっておった」


 静かに白湯を飲んでいた愛姫がブフッと湯を噴出して笑い転げた。


「殿、いくらなんでもそんな展開は神がかりすぎでござろう。度の過ぎた悪戯にしか思えぬ」


「殿には笑いの神が降りてきている、なの」


「そんな神の加護などいらぬわ! それからというもの、めちゃくちゃに大変だったんだぞ。仏像が倒れた音を聞きつけた住職や小坊主たちが集まって来て、倒れた仏像とわしを見るなり、わしを犯人だと決めつけて襲い掛かってきたのだ」


「決めつけるも何も殿が犯人ですわよね?」


「あやつら仏に仕える身のくせして、まるで鬼のような形相で向かってきてな。わしは一目散に逃げたのだが全員を振り切るまで江戸中を走り回る破目になったわ」


「どう考えても殿が悪かろう。大人しく捕まって素直に謝ればよかったのでござる」


「ばかもの。大人しく捕まって仏像の修理代を請求されたらどうするのだ。今ですら食うや食わずの生活をしている我らだぞ? 修理代なんか取られたら四人そろって餓死するのが目に見えておる!」


「あら、私まで数に入れないでくださいな。私は単なる通い女中ですから」


 菊花はゆったりと微笑みながら訂正したけれど、その目はまったく笑っていなかった。

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