地獄の針山
カキン! カキン!
「よっ。お疲れさまだね土州」
踏み板の上をコロコロと下駄を鳴らしながらやってきた風花が、床几で寝そべっていた浪人風の男にそう声をかけた。
土佐者好みの長刀と高下駄を身につけた洒脱な男は気だるげに首を回すと、何の用だとばかりに目を眇める。
「おいおい、雇い主にまでそんな目ぇ向けるんじゃないよ。せっかく良い酒を持ってきたのに壺ごと叩き割ってしまいたくなるね」
風花が背中に担いでいた大きな酒徳利を見せると土州はぐびりと喉を鳴らして床几から体を起こした。
「さ、お前ら。ここがこれからの仕事場だよ」
風花は長細い踏み板を渡り切って更地になっている広場でくるりと振り返って、彼女の後ろに続いて来ている男たちをそのまま土州の前にまで歩かせた。
連れて来られたのは四人の町人風の男たち。
「いったいここは何なんだ? ここが仕事場ってどういう事だい。俺ぁ左官の仕事があるって話だからここに来たんだぞ」
大工道具を肩に担いだ職人が困惑した様子で辺りを見回す。
「え? 私は茶屋の厨房で団子を作る仕事があるって口入れ屋(斡旋業者)に紹介されたんだ。見た限りじゃここにゃあ茶屋はねぇし、どうなってるんだ、手配の間違いじゃないのか」
「俺は港で荷上げの仕事があるって話を受けて来たんだが、こりゃあどういうことだい。聞いていた話と違うぞ」
仄暗い巨大な鍾乳洞の中。新しく来た犠牲者たちは口々に疑義を並べ始めた。
そんな男たちの前に立って不敵な笑みを浮かべていた風化はニヤリと口の端を吊り上げる。
「聞いていた話と違う? そりゃそうさね。あたしゃ間抜けなあんたらを騙して連れてきたんだからさ」
「あんだと?」
「あんたらにはここで穴掘りをしてもらうよ。あいつらのようにね」
風花が指差した先では七人の人足が息を切らせてツルハシを振るっていた。
離れているので目鼻立ちまでは分からないが、遠目で見ても分かるくらいにどの男も痩せ細っている。
「じょ、冗談じゃねぇ! こんな仕事なんてやってられるか。俺ぁ帰らせてもらうぜ!」
一人の男が踵を返して戻ろうとしたら、彼らが渡ってきた踏み板の前で長刀に手を掛けた土州が立ち塞がっていた。
「……」
土州の無言の威圧に男は目を泳がせて、彼から距離をとりながらゆっくりと距離をとろうしたのだが……。
「おっと、それ以上横に行くのは止めておくんだね。見てみな」
風花が近くにあった松明の一本を引き抜くと、男が進もうとした場所へ無造作に放り投げた。
「――っ!」
男たちは照らし出された地面とそこにあったモノを見て思わず息を呑んだ。
「あんたら知ってるかい? 鍾乳洞には天井から氷柱のように下がっている鍾乳石ってもんがあるんだけどさ、その鍾乳石の下にはそれを逆さまにした針みてぇなものができるんだよ。石の筍と書いて『石筍』って言う。自然に出来たものだからそんなに鋭いものじゃあないが、これだけ隙間なくミッチリと生えていると、まるで針山地獄のようで壮観だろう? あぁ、ちなみにそこに刺さっている死体はお前さん方の先輩さ。三日前までは生きて働いていたんだけどね。あはははは」
穴だらけの無残な死体を見せられて男たちは声を失ったように無言で後退りをした。
何人かが他の逃げ道を探して周囲を見渡してみるものの、確かにこの女が言っているように周囲は石筍に囲まれていて、わらじ履きの状態で通れるような場所ではない。
鉄下駄でも履いていたなら硬い石筍を折りながら歩けただろうが、そんなものを普通の町人たちが普段から履いているはずもなかった。
唯一通れる路は彼らが今渡って来た細い踏み板の上だけだ。そして唯一の通り道を土州が塞いでいる。
「さぁ、自分たちがどういう立場になっちまったのかを理解したらさっさと穴掘りを始めるんだよ。グダグダと文句を垂れる奴ぁそこの土州にザックリと斬ってもらうからね。死にたくなきゃ文句を言わずに働きな!」
風花は近くにいた男の尻を蹴り飛ばしてツルハシや木槌の置いてある道具箱に頭から突っ込ませた。
「ひいいぃ……なんてこった。せっかく割のいい仕事を見つけたと思ったのに……こんなことなら欲をかかないで真面目にべっこう飴を売ってりゃあ良かった」
道具箱から頭を上げた元飴細工職人は鼻血に塗れた顔を押さえながらポロポロと涙をこぼした。




