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幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい  作者: マルクマ
第一幕 子猫は勝手気ままに散歩に出かける
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猫柳家の朝支度 3

 直臣(じきしん)旗本猫柳家の大広間(土間の横にある十二畳相当の板間)に猫柳家の主従が全員顔を並べて膳の前に着座した。


 余三郎は自分の前にある膳を見てげんなりと顔を曇らせる。


「相変わらず貧相な膳だなぁ……」


 お膳の上には裏返しになったままの飯茶碗の他に、大根の漬物が三切れずつ載っているだけでおかずらしきものは見当たらない。


「すみません。でもこれくらい倹約しないと夕ご飯はおかずが何もなくなっちゃいますし」


「いや。菊花さんに文句を言ったわけではなくて、我が家の貧乏さが情けのうて……」


 兎にも角にも猫柳家は貧乏だった。


 知行は僅か百二十石(現代の換算で年収約百二十万円)。


 旗本と名乗りながらも家臣と呼べる者は百合丸と霧の二人の幼女のみで、唯一の成人である十八歳の菊花は家臣ではなく、ただの通い女中だ。


「食べられるものがあるだけましでござる。ちなみに三件隣の畠山(はたやま)殿は蔵米(くらまい)取りの三十俵二人扶持。我らが猫柳家の知行(ちぎょう)百二十石よりも少のうござるが、畠山殿は北町奉行同心のお役に就いているため、お役目の役得で方々(ほうぼう)から付け届けやら袖の下やらで懐が膨らんで三百両から四百両の実入りがあるそうでござる。それに比べて殿のように微禄(びろく)無役(むやく)ではこうなるのも致し方無しでござる」


 どこから仕入れてきた話なのか知らないが、ご近所に住む同心の懐事情を百合丸に聞かされて余三郎の心は真田紐(さなだひも)でキュッと締め付けられるように痛んだ。


「なぜじゃ? なんで将軍家の血筋にあるわしが無役なのだ。そもそも基本の知行が少なすぎじゃないのか? おかしいだろ? 普通もっと、こう、な? あるだろ?」


 余三郎は助けを求めるように菊花に目を向けたが、菊花はそれぞれの茶碗に飯を盛りながら苦笑いをする。


「あるだろ? って言われましても、殿自身が具体的なお役を思い浮かべられないようじゃ難しいですわねぇ……。幕府も諸侯も例外なく財政の苦しい昨今、新将軍になった亀宗様が理由もなく弟たちに知行の椀飯振舞(おうばんふるまい)をしようものなら他の諸侯が黙っちゃいないでしょうねぇ」


「それに男兄弟だけで十三人もいたのでは(うま)みのある役職なぞ歳の順に持っていかれるのは当然でござろうな」


「うぐっ……」


 余三郎は心の蔵を抉られたかのように胸を押さえて(うめ)く。


 百合丸が指摘した通り、余三郎の父である前将軍は大変にお盛んな人で男子だけでも十三人の子宝に恵まれた。


 最初の息子であり次代の将軍でもある嫡子には散々悩んで名前をつけたようだが、子供の数が増えるにつれ先代は名前を考えるのが面倒になり、とうとう八番目の子からは数字を()てるようにした。


 八男には八郎。

 九男には九郎。

 男子が二桁になると頭に『(あまり)』の字をつけて、十男は余太郎(よたろう)

 十一男は余一(よいち)

 十二男は余次郎。

 最後の男子である十三男は余三郎。と、生まれた順で名付けられた。


 全く愛の感じられない名付けである。


「わかっておる。言われなくともわかっておるのじゃ……しかしなぁ」


「殿。食事前にそんな暗い顔をしてちゃ体に良くないですよ。はい」


 菊花に渡された飯茶碗を見て余三郎はさらに顔を暗くした。茶碗の中にあるのは(あわ)(ひえ)などの雑穀や屑野菜を入れて(かさ)を増やしている糅飯(かてめし)だ。


『もう少し早く生まれておれば、もっと裕福な家を継げただろうに……』


 先代の猫柳家当主はあまりにも貧乏だったために家臣の一人もおらず、嫁も貰えず、養子の成り手もなく、それでも六十になるまで細々と生き長らえて、最期は流行(はや)り病で一人寂しく息を引き取ったらしい。


 他界した当主に後継ぎがいないのでそのままお取り潰しに……となる寸前で、ちょうど折良く(悪く?)養子先を探していた余三郎がいた。


 お取り潰しの手続きと養子先の選定という二つの事務処理を一手間で終わらせたかった文官の口車に乗せられた余三郎は、まんまとその後継の座に座らされたのだ。


『直参旗本だというから喜んで継いだものの、こんな貧乏暮らしをするくらいなら士籍(しせき)(侍の身分)を返上して、どこぞの商家(しょうけ)の奉公人になったほうがよっぽどマシじゃったろうな……』

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