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幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい  作者: マルクマ
第三幕 子猫はもっと遊びたい
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頭割りの親分

 夜が明けて通い女中の菊花がやってきた。彼女の手にはここに来る途中の朝市で(あがな)った()(もの)(いわし)のめざしがある。


 菊花は余三郎たちが起きだす前に朝食の用意をしておこうといつものように母屋には入らずにそのまま裏の井戸へと向かう。


 するといつもは見かけない風景がそこにあったので菊花は「あら」と軽く眉尻を上げた。


 上半身をはだけた余三郎が背中から湯気を上げて井戸端で体を拭いていた。手桶の横には使い込まれた木刀が立てかけられている。


「珍しいですね殿。こんなに早くから剣術の稽古(けいこ)ですか」


「命が危ういこの状態ではさすがに眠れなくて。じっとしているより木刀を振っていた方が気がまぎれるかと……。なんですか? わしの体に何かついてますか?」


 菊花が急に黙り込んで観察するように余三郎を眺め始めたので余三郎は体を拭きながら苦笑した。


「いえいえ。殿も大きくなったなぁと、そう思っただけですわ。昔は私の肘くらいまでしか背丈が無かったのにすっかり大人っぽくなりましたわね」


「わしだっていつまでも子供ではござらん。それよりも子供の頃の話はやめてくだされ。恥ずかしくて身の置き所がなくなってしまう」


「恥ずかしいって、殿が幼い頃に『よざぶろーは、菊花おねーちゃんと、めおとになりたい』と言っていたことですか? うふふふ。真剣な顔をして可愛らしかったですよ」


「だ、だから、そういうのを止めていただきたいと申しているのです」


 元々、稽古で火照っていた余三郎の顔に羞恥の赤味が増す。


「ではこの話はやめにして、私が殿を湯浴(ゆあ)みさせているときに殿が執拗(しつよう)に私の胸を揉みまくった話にしますか? 盛りのついた犬のような顔をしていて可愛らしかったですよ」


「ですから、そういった諸々(もろもろ)の話題は勘弁(かんべん)願いたいのです」


「ではこれもやめにして、殿が私の――」


 このままでは次々と恥ずかしい過去を引っ張り出されてしまうので余三郎は三十六計逃げるに()かずとばかりに着物を肩に引っ掛けて屋内に逃げ込んだ。


「あらあら、からかいすぎたかしら。うふふふ」


 菊花は楽しそうに微笑みながら朝餉の支度を始めた。





「大番頭。中町の親分さんがお見えです」


 雷蔵が帳場(ちょうば)で台帳の付け合わせをしていると店の前からそんな声が掛かった。


「おや、もうお見えになられましたか」


 まだ店の大戸を外したばかりで客を迎え入れる準備も整わない時間に岡っ引きが出てくるなど、昼間に幽霊が出てくるくらいに珍しい事だ。


 雷蔵は手代(てだい)の一人に親分を離れの客間に通すように指示すると、自らも細筆を置いて帳場を立った。


「おう、雷蔵。俺を狐屋(こっち)に来させるとは珍しいな」


 雷蔵が客間に入ると、額を上下に割るような水平の刀傷のあるヤクザ紛いの中年男が、浅黒い顔から白い歯を出して笑った。


「珍しいとは親分さんのほうでしょう。どうしたんですかい、まだ昼前なのに起きているなんて」


「金になる話が飛び回っているときに寝虚仮(ねこけ)ているほど無欲にはなれねぇだけよ。他の同僚たちは金にならない仕事だと思って不貞腐(ふてくさ)れているようだがよ」


「流石ですね」


 雷蔵は親分の前に座って静かに微笑んだ。


「んじゃ、お互いに時間も()ぇことだし早速仕事の話だ。おめぇはいくら出す?」


「言い値で」


 打てば響く短い言葉の応酬で中町の親分が「ぐぅっ」と喉を詰まらせたような音を出した。


「えらく強気(つよき)じゃねぇか。え? 雷蔵」


「それだけの価値があるということですよ。なにしろこの世に二つとない商品ですからね」


 親分は鍾馗(しょうき)のようにぎょろりと目玉をひん剥くと、雷蔵の心の内を見透かそうとしているかのように雷蔵の目の奥を覗き込んだ。……しかし、


「てめぇ、また格が上がったな。とうとう読めなくなっちまった」


 親分は忌々しそうに舌打ちをして顔をしかめた。


「『頭割(ずわ)り』の親分さんにそう評価されるのは光栄の(いた)りですね。あっしもようやく商人として認められたような気がします」


 雷蔵は自分の目の前で苦々しそうに目を(すが)めている岡っ引きの通り名をあえて口にした。


 頭割りの親分という通り名の由来は彼の額を割るように刻まれた水平な傷跡のせいばかりではない。


 彼には人の心を読み解く力があって、そいつが何を考えているのかを易々(やすやす)と言い当てることができた。それはまるで『頭を割って中を覗き込まれているようだ』と罪人たちからも同僚たちからも怖れられ、それがいつしか『頭割り』という通り名になって広まった。


 ただし、この異能は本当に腹黒い相手に対しては通用しない。


 例えば先代の狐屋主人のような大人物が相手になると何を考えているのかなんて欠片も分からなかった。


 そして今日。とうとう雷蔵もその域に達してしまっていた。


 暫く顔を合せなかった間に雷蔵がそれだけ成長したということだが、裏社会の仕事を依頼(いらい)してくれる依頼主の成長が頭割りの親分にとって面白いはずが無かった。


「こないだまではケンカが強いだけの小悪党だったくせに、商人としての貫禄(かんろく)までつけやがって。腹に黒いものを()んでなお、底の知れねぇ作り笑顔を出来る奴なんぞこの界隈ですら中々いねぇよ。……ったく、あいつもこんな厄介な相手を敵視しなくてもよかろうに」


 親分が吐いた愚痴(ぐち)の最後の言葉に雷蔵がピクリと眉を上げて食いついた。


「あっしを敵視ですか? ……さて誰でしょうね。思い当たる相手がおりやせんが」


「そりゃそうだろう。思い当たりそうな奴はみぃんな三途の川の向こう側にいるんだからよ」


 雷蔵は何も答えずににこりと微笑む。


「で、どなたの事ですかい?」


「……」


 親分が言葉を忘れたかのように急に口を閉ざしたので、雷蔵は銀の粒の入った封筒を畳の上で滑らせて親分の座っている座布団に差す。その途端、親分の口はぺろっと軽くなった。


「風花だ」


「へぇ? あの女はまだ生きてるんで?」


「おめぇさんの(むご)たらしい死に様を見るまでは意地でも先に死ねないとよ。がははは」


「あっしぁそこまで風花に怨まれる覚えなんて無いんですがねぇ」


「風花にとっちゃおめぇさんの存在自体が目障りなんだろうよ。『雷神』の雷蔵と『風神』の風花。通り名が(つい)になっているせいで何かあるたんびに比べられるもんだから、あいつも心穏やかってわけにはいかんだろうよ」


「それこそあっしの知ったことじゃないんですが。どうにもはた迷惑な話ですね」


「そういや今回の件は風花も仲間を集めて取り掛かっている。おめぇが使っていた『のっぺら佐吉』はあっちについたぜ。小判の匂いで釣り上げられたようだ」


「のっぺらが向こうに? あの野郎……」


 蝋人形のような微笑みを続けていた雷蔵の眉間にぎゅっと皺が刻まれるのを見た親分は少し嬉しそうに顔を綻ばせて身を乗り出してきた。


「やっと顔に感情が出てきたな。のっぺらの事もそうだが今回の仕事はおめぇさんたちの度量勝負という一面がある。『雷神』と『風神』の二人がそれぞれに仕事を受けた。狙う(まと)は一つだけ。つまり勝つのは一人だけ。どっちが今回の仕事を成し遂げるかで力の差がはっきりする。今回の仕事はそういった意味でも裏の世界で注目されているんだよ」


「面倒なことですね。そんな意地の張り合いなんて勝っても負けても利がないというのに」


「俺としちゃあ心情的におめぇさんに勝ってもらいたいところだがな」


「おや、どっちが勝つか賭けの対象にでもなってるんですかい?」


「二人が請け負った仕事の内容がちぃとばかり違うからよ。『雷神』は愛姫を捕まえる。『風神』は愛姫を殺す。死体が出ると俺の仕事が無駄に増えるからな。俺は楽な方がいい」


「風花め、まだ殺しなんて仕事を……」


「おめぇさんが表の世界の仮面をかぶって腹黒く悪党の段位を上げたのとは逆で、風花はどっぷり闇に身を沈めることで悪党の段位を上げたのさ。おめぇさんたちは選んだ(みち)が違うのよ。わしから見ればどっちも悪党なのに変わりはねぇがな」


 親分はそう言って鼻で笑うと、座布団に挟まった銀の小袋を掴んで腰を上げた。

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