余三郎の人生はいつだって崖っぷち
「殿ぉー! 大漁でござるっ!」
余三郎が家に戻ると、祭り見物に出掛けていた三人娘たちがほくほく顔で待っていた。
土間の囲炉裏に釣り下げられた鉄鍋からまろやかな味噌の香りが漂っていて、側には紅白の小さな餅が二~三十個ほども積み上げられている。
「……そうか」
余三郎は死人のような眼でそれを見て力なく頷いた。
「と、殿? いかがなされた。まるで魂魄が抜けたようになって……」
余三郎の異変に気付いた百合丸が慌てて駆け寄ってきた。
「うん、まぁ……」
「殿。どうかした? なの」
霧も心配して側にきた。
「ん……」
「もしかすると妾のせいかえ?」
諸事において楽観的な愛姫もさすがに心配になった。
「ん……」
「父上に……お会いしたのか?」
「ん……」
「父上はなんと言うておった?」
「姫を連れ出した犯人を撲殺するって……。生きたまま背骨を引っこ抜くって……」
「せ、背骨を……。痛そうでござるな」
「殿。可哀想……」
「あらあら。話が通らなかったみたいねぇ~」
たすき掛けをした菊花が裏手の井戸から姿を見せた途端に、余三郎は泣き顔になって菊花に駆け寄った。
「菊花さん。な、何か良い策はないだろうか……。このままじゃわし……わしは……」
「そうねぇ」
皆に視線向けられた菊花は暫く考え込んだ。そしてポンと手を打つ。
「な、何か妙案が!?」
自分の命が風前の灯の状況になっている余三郎。
家臣である少女たちの目も憚らずに菊花の袖に縋りついた。
菊花はよしよしと余三郎の頭を撫でて力強くこう言った。
「とりあえずご飯にしましょう!」
「……へ?」
「お腹いっぱいになれば良い案も浮かびますわ。きっと」
ニコッと良い笑顔の菊花。あまり深く考えもせずに問題を先送りにしただけだった。
「終わった……わしの人生ここで終了じゃ……」
余三郎は膝から崩れ落ちて土間に腰を落とすと、そのまま縁側の猫のように体を丸めて小さくなった。
「殿……」
「叔父上……」
「殿ぉ、餅はいくつお食べになりますかぁ?」
「……五つ」
「なんじゃ。余裕があるではないか」
愛姫が心配して損をしたと言わんばかりのジト目で睨むと、余三郎は袴についた土を払いながら板間に上がった。
「明日死ぬにしても、今日餓死したんじゃ意味がないゆえに」
「そう考えられることが余裕じゃと言うておる」
「殿はけっこう胆が太い。流石は霧の良人。なの」
「霧殿、こんな時にさらっと変な宣言をするものではないぞ。殿の奥方は誰になるかまだ決まっておらぬ」
「霧、そのうち既成事実を作る。霧は殿と子供を作る。なの」
「させぬ。断じてさせぬぞっ!」
「なるほど、こうやって日々二人の鞘当て合戦に挟まれておるから叔父上の胆力はず太いほど鍛えられておるのじゃな」
「こんな冗談などで胆力が鍛えられるわけがござらぬが?」
きょとんとする余三郎の前に膳を置いた菊花がクスクスと笑う。
「いつもこんなだから、そのあたりの感覚がもう麻痺しちゃってるのよねぇ、殿は」
「ふぅむ、それはそれで厄介じゃのう」




