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幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい  作者: マルクマ
第二幕 みんなが子猫を探してる
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狐屋の裏家業 2

「では早速(さっそく)の本題ですが、御用向きの件は『子猫』探しで(よろ)しかったでしょうか?」


「ほぉ。さすがに狐屋の大番頭になると耳が良いの。話が早くて助かる」


「お侍様は猫を探しておるのか。なんとも微笑(ほほえ)ましくて平和な依頼だのぅ」


 そんなわけがない。


 この場合の『子猫』とは現将軍のたった一人の娘『愛姫(めごひめ)』の事だ。


 事が起きたのは今日の午前。

 城中が多くの大名・旗本たちで(あふ)れる月次拝賀(つきなみはいが)の混雑に紛れて愛姫が大奥から失踪(しっそう)した。


 何者かによって誘拐された可能性があるけれど、愛姫は日頃から城を出て城下へ遊びに行きたいと言っていたので自らの意志で城を抜け出した可能性が高い。


 しかし、いくら城外へ出ることが愛姫自身の望みであっても大奥の最奥で手中の(たま)()でるように育てられてきた世間知らずの愛姫が自力のみで城外に出られるはずがないのだ。


 愛姫の出奔(しゅっぽん)手引(てび)きした者が必ずいる。


 将軍の唯一の子供である愛姫を江戸城から連れ出すことがいかに危険かは子供でも理解できる簡単な事。


 それを承知した上で愛姫を城外に連れ出したのだから、その者は間違いなくそれと釣り合う、もしくはそれ以上の利益を目論(もくろ)んでいるはずである。


 絶対に「退屈(たいくつ)? じゃあ、姫様ウチに遊びに来たらいい、なの」と軽い気持ちで誘う事など有り得ない。


 誘拐にしろ、誰かの手引きによる失踪にしろ、どちらにしても結末が穏やかに済む話ではないのだ。


 愛姫失踪が発覚した後、即座(そくざ)緘口令(かんこうれい)が敷かれたものの、金しだいでいくらでも口の軽くなる茶坊主(ちゃぼうず)暗躍(あんやく)で半刻も()たずにこの事件は城に登城していた三百諸侯の耳に入った。


 諸侯はこれを好機と(とら)えた。


 この太平の時代にはとうに戦など無く、武士は戦で功が立てられなければ領地加増の夢は叶わない。


 今回の事こそが千載一遇(せんざいいちぐう)の好機だと皆が皆一斉に色めき立った。


 誰よりも早く愛姫を保護して将軍に取り入りたい。


 また、あわよくば愛姫を帰す前に自家の子息と面通(めんとお)しをさせて『(のち)一手(いって)』を打っておきたい。


 現将軍の一人娘をたとえ半日でも手元に置くという役得は政治的な意味において千金にも(まさ)る価値がある。


 その他にも愛姫を利用したいろいろな策謀は数多(あまた)と考えられるが、どれをするにも、これをするにも、愛姫の身柄を誰よりも早く手中にすることが大前提だ。


 上座に座った中年武士が目を細めて探るように訊いてきた。


「で、雷蔵。どれくらいの者がこの件で今までにここに来た?」


 一部の情報通の間では狐屋は裏世界に顔が利くと評判で、この武士は自分と同じように狐屋へ愛姫捜索の依頼に来た対抗馬の数を単刀直入に訊いてきた。


「今のところ六組でございます」


 隠す必要もないので雷蔵は正直に答える。


「なんだい、そんなに大勢の人が欲しがるほど大人気の猫なのかい? それなら私も見てみたいなぁ」


「――……。」


 邪魔するな。黙っていろ。二人のそんな心の声を青太郎が感じ取れるわけもない。


「して、他の者がどのような条件を出してきたのか聞いても良いかな」


国元(くにもと)からの送金の窓口を狐屋にして頂くとか、現在他店で借りている借入を次年度からは狐屋でするとか。まぁ、その他も細々(こまごま)と色をつけてくれるところもありやしたが、大体はそんなところで」


 江戸に屋敷を持つ諸侯は日々の暮らしの金子(きんす)を国元からの送金で(まかな)っている。


 その金を国元から現物で運ぶことは現実的ではなく、たいていは狐屋のような両替商が発行する手形によって預け入れと引き出しが行われる。


 その際に両替商は一定の手数料を貰うことが出来る。もちろん取引する金の量が多ければ多いほど仲買する商人の利益は多くなる。


「なるほど。して、当家より身代(しんだい)の大きな家は?」


 所領の大きな大名ほど掛かる経費が大きいのは当然のことで、|どこも同じ条件を出しているなら狐屋にとっては身代の大きな方が美味しい客である。


 侍は自分が狐屋にとっての『良い客』なのかどうかを知りたかった。


 しかし、侍はまだ自分がどこの誰なのかを()かしていない。


 策謀に近い話をする相手に対しては、万が一の場合に備えて己が仕える家の名を出さぬのが通例であるからだ。


 パチリ。


 侍はおもむろに懐から扇子(せんす)を出して開く。


 開いた扇子には家紋が書かれてあった。雷蔵の目がその家紋を捕らえる。


 ―― 丸に竹と二羽の飛び(すずめ) ――


 大名や武家を相手に商売をしている商人として雷蔵の頭の中にはほとんどの武家の名を家紋から割り出すだけの知識があった。


『あれは米沢笹(よねざわざさ)。米沢上杉家の者か。家紋の入った品を外に持ち出せるという事はこの御仁(ごじん)、米沢藩の内でも家老職級の重鎮か上杉家ゆかりの者。ならばこの御仁は単なる使い走りではなく、自身の裁量(さいりょう)で交渉事の条件を決められる決裁権を持っている者か』


 雷蔵はそこまでを瞬時に洞察して、目線を(わず)かに下げた。


 侍は雷蔵が抜け目なく自分の扇子の家紋に目を止めたことをその動作で確認し、何事もなかったように扇子を閉じて懐に仕舞った。


 この無言のやりとりを当然青太郎は気付いていない。


「先にいらした客との大きさ比べですか? さぁ……そればかりは言えませぬな」


 目に笑いのない笑顔で雷蔵は答えを渋ってみせる。


 侍は自分でこのような話し方は心得ていると言うだけあって雷蔵の(かお)から答えを読み取った。


「ふむ、同じ条件では分が悪そうだのう?」


 雷蔵は何も言わない。ただ口の端を僅かに緩めた。


 そこで青太郎。


「なんの話なのだ?」


 菓子盆にあったカステラをモムモムと食べながら口を出してきた。


『……だからおまえは黙っていろ』


 真剣な腹の読み合いをしているこの場において、空気すら読めないこの観客は本当に邪魔だった。

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