狐屋の裏家業 1
「大変お待たせ致しました。狐屋大番頭雷蔵めにございます」
指先を畳に揃えて深々と頭を下げながら挨拶をすると、
「おお、遅かったな雷蔵。おまえさんの居ない間に私が直々に客人の相手をしていたのだ。どうだい偉かろう?」
ズサー!
雷蔵は頭を下げたまま尺取り虫が伸びるようにずっこけた。
「ん? どうした雷蔵。客の前で失礼ではないか」
客として訪れている武士を下座に座らせておきながら、自分はのうのうと上座に座っている青太郎がずっこけた雷蔵を見下ろして「しょうがない奴だな」と半笑いしている。
「わ……若旦那。いつの間に?」
「うむ、お主から貰った鏡はどうやら壊れていたようでね。いくら覗いても私の顔しか映らないのだ。三国一の阿呆が映る鏡なのにねぇ……で、また暇になったのでこうして狐屋の主人らしくお客人の相手をだな――」
「……」
雷蔵は無言で立ち上がって上座に座っている青太郎の頭をぺしっと叩き「痛っ!」その襟裏を掴むと、まるで躾のなっていないバカ猫を引っ剥がすような乱暴さで上座の座布団から引っ張り上げた。
「おい、こら、何をするのだ雷蔵!?」
「失礼しました。お侍様どうぞこちらへ」
雷蔵は引きつった笑顔で客に上座を勧める。
「あ……そうか。うむ……」
年の頃は四十ほどのキツネのような細面をした中年侍は当惑しながら上座に移り、ようやくまともな相手が来たことにホッとしているようだった。
一応自分の主人である青太郎をこれまで侍が座っていた下座の座布団に座らせた雷蔵はその横で畳の上にそのまま座る。
「すみませんお侍様、おそらくこの阿保がやらかしたであろう数々の非礼を先にお詫び致します。この者は先代狐屋主人の一人息子で名を青太郎と申します。溺愛されて育ったせいで世に慣れておらず、不調法な行いには他意あっての事ではございませぬのでどうぞご容赦を」
雷蔵は青太郎の後頭部を力一杯押して、畳の目が額に残るほどグリグリと頭を下げさせた。
「い、痛いっ! こら雷蔵。額の皮が破れるっ!」
ぱたぱたと雀が羽ばたくように両手を振る青太郎を見て、侍もこれを相手にして本気で怒っても甲斐は無いと諦めたらしく、ぎこちないながらも笑みを見せてくれた。
「あ……うむ。そうか、まぁ……大変だの。狐屋も」
「大変なのか雷蔵? もしかしてウチはお侍様に心配されるほど儲かってないのか? 潰れそうなのか!?」
『てめぇが後継ぎなせいで狐屋の先行きを心配されているんだよ!』
雷蔵は心の中で叫んだが青太郎には目も向けず、ぎこちない微笑で侍に「恐れ入ります」と軽く頭を下げた。
「生憎と主人はこのような有様ですが、御用向きの件はこの雷蔵めがしっかと聞かせて頂きますのでどうかご安心を」
「そ、そうか。狐屋の雷蔵と言えば『黒狐の懐刀』として、つとに有名だから安心ではある」
「へー。雷蔵、おまえさん有名なのかい? 私はどうだい? 有名か?」
『青太郎ではなく阿呆太郎という名でなら有名だ』
心の中で答えながら雷蔵は怒りを飲み込んで無理やりな笑顔を青太郎に向けた。
「若旦那。ここからは仕事の話になりますので雷蔵にお任せを(意訳・邪魔だからどっか行ってな!)」
「そうか、わかった。では雷蔵の仕事ぶりをここで見ていよう。主人としてな!」
ここに居ても邪魔にしかならないくせに恩着せがましく居座る青太郎に対して雷蔵は本気で殺意が湧いた。
『……こ、こんクソ餓鬼ゃー!』
笑顔のまま顔全体にピキピキと太い血管を浮き出させている雷蔵。
「あ~……雷蔵とやら。わしも城勤めが長いので、こういう場での話し方は心得ておる。おぬしの立場も分かるので若旦那にはここに居てもらってかまわぬぞ」
そんな彼の内心を気遣って客であるはずの侍がその場を取り繕ってくれた。
今の言葉を『こういう場での話し方』で意訳するとこうである。
『城勤めが長いので、部外者がいる場での話し方くらい修得している。お前の立場もあるだろうから、その者がここに居座っていても問題ない』
「これは……どうも、痛み入ります」
勘のいい雷蔵には武士の気遣いがすぐに分かり、やっとの思いで堪えていた怒りを何とか飲み込むことが出来た。
その分、石でも飲み込んだような重みがゴトリと胃の腑に貯まる気はしたが……。




