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第七話 少年アリスは、エリート生徒にケンカを売ります!


 ブサ猫精霊おまたちゃんと歩くは体育館へ通じる一本の広い通路。


 白く磨き上げられた床の先を行くと、『アイボリー小隊室』と掲げられたプレートが現れ、おまたちゃんとアレイスはその部屋の前で足を止める。


『ここがさっきの子たちの控室よぉん』

「……マジで、ここに入んの?」

『当然でしょうぉん? ウチに在籍する限りはウチのやり方に従ってもらうしかないしぃ、アナタもさっき協力すると言ったところでしょぉん?』

「そりゃそうだけど……」


 げんなりした顔でつぶやくも、『では、入りましょうかぁん』と有無も言わさず、ぐいぐいと背後から三本の尻尾がアレイスの背中を押す。


 仕方がない……せめて挨拶くらい明日からにして欲しかったものだが。


 疲労と諦めに肩を落としながら、アレイスは目の前のドアノブに手を掛け、室内へ入った。


「いいっ加減にしなさいよ、このウミガメッ!!」

「っ!?」


 その瞬間、思わぬ怒声が飛びだして、アレイスは思わずたじろぐ。


 な、なんだ今の……?


 おじおじと部屋へ踏み入り、階段の隙間から覗き込むようにして、中の様子を窺う。

 

 短い階段を下った先は、質素で落ち着いた空間の洋室だった。

 そこには数席の椅子とひとつのテーブルが置かれており、脇には隙間の目立つ本棚と、申し訳程度に置かれた観葉植物。


 理事長室を見た後だと、心なしか寂しく思う空間のなかに、先ほど観覧席から見えた白髪の女生徒と、青髪の少女の姿が映った。


「毎度毎度あんたは……! 何のためにあたしが囮なんかしてると思ってるのっ!?」

「ご、ごめん……なさい……」


 赤みがかった瞳を尖らせて、小柄な少女の胸ぐらを掴み上げる女生徒。


 ウサギの耳にも似た大きめの薄桃のリボンが、長い白髪の上で怒り立っているように見えるほどの形相である。


「もう聞き飽きたのよ、その中身のない謝罪は! やることちゃんとやれっつってんの! わかる!?」

「ギャースカギャースカうっせぇなぁ。(おとこ)らしくねぇぞタイチョ」


 そんな憤り露わにする女生徒の傍ら、ドカッと大仰にソファへ腰掛けるゴツい金髪の男が、逆立てた金髪を掻き上げながら、乱暴な口ぶりで宥めた。


 その男へ、白髪の女生徒はキッと鋭い視線を向けると。


「オトコじゃないし、ヒト事でもないから! あんだけ突っ込むだけ突っ込んで何もしないあんたは何なのッ!?」

「相手の全力のすべてを受け止める……それが漢ってモンだろ?」

「知るかこの脳筋バカッ!」


 怒り心頭で喚き散らす白髪の女生徒は苛立ちに頭を掻きむしり、そんな彼女に詰め寄られ、すっかり怖気づいてしまっている青髪の少女。


 それを宥めようとしているのか、煽ろうとしているのか分からない、ゴツイ金髪のマイペース男。


 これは……見事なまでのぐだぐだ具合である。


「ほんともう我慢ならない。今度こそ直訴してやる……!」

『誰に何を直訴するつもりかしらぁん、クニークルス=アイボリー?』

「その声は……──理事長っ!?」


 アレイスの隠れる階段柵の手すりの上で、ちょこんっと座るおまたちゃん。


 その猫精霊を認めて、白髪の女生徒は驚きに声を上擦らせた。


「お、おいでになられていたのですね……」

『えぇん。さっきの模擬戦も観ていたわぁん。いつも通り惜しかったわねぇん』

「なるほど……では、話は早いですね」


 そう言って、白髪の女生徒は気の強そうな柳眉を固めると。


「理事長、もう我慢の限界です。チームの解消をここに願います」

『アラアラ、アナタの我慢の限界はこれで十二度目になるかしらぁん?』

「っ……今回ばかりは本当に限界なんです!」

 

 苛立ちにくすぶる様子に、『アラアラアラ』と愉快気に躍る声。おまたちゃんの向こうでチェーシャが笑っている姿が目に浮かぶようだ。


『では、どうしてそう思ったのか、お聞きしましょうかぁん?』

「お見えになられていたのなら、言うまでもないでしょうっ!」


 女生徒は乱暴に腕を振るうと、青髪の少女とゴツイ金髪へと指を差し、


「まともに撃てもしないウスノロ狙撃手スナイパーに、生身で受け止めることしか頭にない脳筋壁役(タンカー)! もう頭がどうにかなりそうですよっ!」

『んーでも、そんな二人をまとめるのが隊長であるアナタの役目でしょぉん?』

「それがもう限界だって言ってるんです! そもそもどうしてこの私が、こんな落ちこぼれどもと組まされなきゃならないんですかっ!」

『それはもう何度も言っているじゃなぁい。アナタが優秀だからこそだ、って』

「納得、で・き・ま・せ・んっ!!」


 長い白髪を振り乱しては、荒々しくまくし立てる女生徒。


 ひと際優れた戦闘能力に、少なからずも騎士団で培った現場体験。

 プライドの高さと我の強さは彼女の上昇志向の顕れであり、うまくコントロールできれば、立派な隊長となれる素質は持っているだろう。


 チェーシャもそれを期待してこの編成にしたのだと思うし、実際、育成方針としては間違いではないと思う。


 しかし、それ以前に。


「……落ちこぼれってなぁ、ちょっと言い過ぎなんじゃねぇのか?」

 

 彼女の発したその言葉を、アレイスは聞き逃すわけにはいかなかった。


 突然のアレイスの乱入に、ゴツイ金髪から奇異の視線を、青髪の少女からは既知の視線を、女生徒からは怪訝な視線を三者三様で浴びせられる。


「……誰よ、あんた?」

『あぁ、彼は──』

「誰だっていいだろ。それより随分と大きいことを言ってたが……お前自身は完璧だったと言えんのか?」


 アレイスの詰め寄るような問いに、女生徒もまた不承不承ながら仏頂面で応えた。


「当然でしょう? あの戦いにおいてあたしは最善を尽くしていた。そこのウミガメさえまともに働いてれば勝てたのよ」

「……最善、ね」


 アレイスの意味ありげなつぶやきに、「なによ?」と女生徒が険しく目を細め、険悪な雰囲気が二人の間に流れる。

 

「じゃあ聞くが、最善を尽くしたはずのお前が勝てなかった。どうしてだ?」

「はぁ? だからそれはこいつが──」

「だから、()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 アレイスの質問に、女生徒は一瞬しかめっ面を浮かべるも、すぐに溜息とともに答えた。


「さぁ。いつもみたいにとろとろしててタイミング逃したとかそんなんじゃないの?」

「おいおい、最善は尽くしたんじゃなかったのかよ」

「尽くしたわよ、あたしはね。やるべき仕事ができなかった個人の言い訳まで付き合っていられないし、そんなのは聞くだけ無駄なのよ」

「……ハッ」


 女生徒の反応に、アレイスは思わず笑いを吹きこぼしてしまう。


 まさかここまでとは……重症だな。


 その様子に、女生徒は何やら不愉快そうに形のよい眉を曲げている。


「いや悪い。あんまりに幼稚な回答だったんで、まるで三歳児とでも話している気分になったんだ」

「……なんですって」

「聞こえなかったか。テメェの頭ん中は三歳児並みにお花畑だっつってんだよ」


 ピリッ、と。

 一気に空気が張り詰めるのを感じて、「ひっ」と青髪の少女から小さな悲鳴が上がったのが聞こえた。


「問題を問題のまま放置して、当然の如く同じ失敗を繰り返してはその責任を他人へ押しつける。猿でももうちっとマシな脳ミソしてんじゃねーか?」

「……ケンカ、売ってるの?」

「そう聞こえたんなら、そう受け取ってもらっても構わねぇぜ」


 静かな声音に反して、両者の据わった視線はバチバチと激しく火花を散らす。


 いつかのチンピラどもと同じである。

 落ちこぼれだのなんだの、区別を付けたがるこの手の人間には、口で言っても聞きやしない。


 だったら直接、教えてやるべきだ。

 彼女の──魔導士として、チームをまとめる隊長として抱える、最大の欠点を。


 ほどなくして、アレイスから視線を外した女生徒がふぅっと大袈裟に息を吐く。


「……くだらない。あんたが誰かは知らないけど、そんな安い挑発──」

『あんらぁ~、おもしろそうじゃなぁ~い。そのケンカ買ったわぁん』

「り、理事長……!?」


 気が付けば、二人の間に割って入っていたおまたちゃん。

 にょろにょろっと、揺れながら伸びる三本のうち二本の尻尾が割れて、アレイスと女生徒それぞれを指す。


『じゃーあ……この際、彼の編入試験も兼ねて、ということで!』

「ちょ、勝手に決めないでください! 嫌ですよあたしは! なんでこんな男か女かも分からない変なヤツのために──!」

『もしも彼に勝てたのなら、騎士団の件……私が直接、あの人に掛け合ってあげてもいいわぁん』


 おまたちゃんを通して聞こえた意味深なセリフに、猛反発していた女生徒の動きがぴたりと止まった。


「……本当、ですか?」

『えぇん。私は女だけど、約束は守る性質(たち)よぉん』


 ふふっ、と。

 艶やかで妖しい笑い声を聞いて、数瞬。


 考える素振りを見せた女生徒は、切れ長の目をアレイスへ向け、


「……いいわ。あんたに付き合ってあげる。そこまで言ってのけるあんたの自信も、理事長の妙な信頼にも、興味あるしね」

「おー、急にやる気見せて……どういう風の吹き回しだ?」

「べつに。あんたにはカンケーないことよ。それより、まだやる気があるならさっさと始めましょう。これ以上、時間を浪費する気はないの」

「そうだな。だが、その前に……お前はひとつ勘違いしている」


 アレイスのその言葉に、女生徒はまた気の強そうな眉をひそめた。


「別におれはサシでやり合おうなんて思ってねぇし、言ってもねぇ。それじゃ勝っても負けても意味がねぇからな」

「……どういうことよ?」


 少女の問いに、「簡単だよ」とアレイスは口にして、


「これからおれとお前がやるのは、さっきお前らがやっていた魔導戦闘の模擬戦だ」

「はぁ? あんた、あたしらの試合観てたのよね? それでまたこいつらと組めって言うの? ふざけんじゃ──」

「まぁ聞けよ。お前はお前で、自分にとってベストだと思うヤツらを適当に四人選んで編成してくれたらいい」

「なにそれ……じゃあ、あんたは?」

「決まってんだろ?」

 

 ニィッと、少女のような綺麗な顔立ちからは想像もできない、性格の悪い笑みを貼り付けて。


 アレイスは、口にした。


「おれは──……お前が落ちこぼれ呼ばわりしたそこの二人と組んで、お前の選抜したチームを負かしてやるよ」


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