第六話 少年アリスは、魔導擬戦を観戦します!
ギルフォード帝国魔導学院は、大陸一と噂される魔導教育施設である。
大陸中で溢れかえる魔導士たちは勿論、それらを補佐する鍛冶職人や魔法アイテムを取り扱う錬金術師、純粋に魔導学を究める魔導学者など。
様々な専門分野において、活躍する者たちが毎年輩出されている。
故に、山ひとつを切り拓いて建てられた敷地面積は広く、幾つかの専門学科に応じた複数の棟は、空中廊下で連結する形で構築されていた。
きっと、このブサ猫精霊の案内がなければ、二度目の迷子となること必至であっただろう。
というか。
「今後もここに通うと思うと、ゾッとしねぇ……」
『アラ、早くも泣き言かしらぁん。アリスくぅん?』
「アリス言うな」
猫精霊おまたちゃんの目つきに負けぬほどの不機嫌を見せるアレイスに、おまたちゃんを通した嬌笑が響く。
『アラアラ、どうしてぇ? あの魔女からはそう呼ばれているのでしょう?』
「呼ばれてはいるが、認めた覚えはねぇ」
『なぁんだ。じゃあ呼び続ける分にはいいのねぇん』
「……次呼んだら、おまたちゃんのおまたに魔法をブチ込んでやる」
魔導拳銃を抜いて光らせるアレイスに、『け、けっこー短気なのねぇん……』と初めてチェーシャから怯んだ様子が窺えた。
「あと、クリストローゼの名前も内密に頼む」
『それはそうねぇん。悪名高い最強魔女の子息ともなれば、教育上の妨げになるものねぇん』
ふふっ、と愉しげに鼻を鳴らすチェーシャを見て、アレイスは察する。
あのババア、仲間内の英雄にも嫌われてんのな。
何にしても、その名を伏せてくれるのは助かる話だ。
そんな話をしているところで、先行するおまたちゃんの重たい足がぴたりと止まる。
『さぁ、最後はここよぉん』
案内された場所は、二階の空中廊下を東へ進んだ、突き当たりの鉄扉。
『どうぞお先に』と促され、アレイスはドアノブに手を掛ける。
「こ、ここは……?」
くぐった先は、円形に広がる屋内施設。
高い天井からは照明の光が降り注ぎ、傾斜のある観覧席が階段状に連なっている。
それらが囲む中央には、薄い透明な膜で覆われた、岩石地帯のようなフィールドが展開されていた。
『ここは体育館──別名、第一魔導総合訓練棟。生徒たちが魔導擬戦を行う場所よぉん』
「魔導擬戦……?」
アレイスが眉をひそめると、『よく見なさぁい』と中央のフィールドへ視線が誘導される。
そこには、特徴的な白い学生服に身を包む少年少女たちが交戦する姿があった。
「……ん、あそこにいるのって」
『アラ、見つけたかしらぁん?』
その少年少女たちの中に、アレイスは見覚えのある人物を見つける。
クセのある青い髪に、小柄な躯。
手に携えられるのは、矮躯には不相応な身の丈を超すスナイパーライフル……マイア=ラピスラズリと名乗った、あの少女だ。
『じ、つ、は。今日はあの子のチームの訓練日だったのよぉん』
「チーム?」
『そ。今年から導入したギルフォード魔導学院特有の育成プログラム、学内小隊制度よぉん』
『考案したのは私ねぇん』と誇らしげに、おまたちゃんの尻尾が揺れる。
『学院の生徒は絶対的に実戦経験を得にくい環境にある。その問題を解決すべく、対魔導戦闘を想定した模擬戦闘訓練を始めたわけよん』
クソババアもそんなこと言っていたな、とアレイスは思い出す。
知識はあっても、経験不足からの状況判断、戦況変化の対応力に欠ける学院出身魔導士。
確かに、この制度であれば問題点である経験を養うことはできるだろう。
無資格者同士の魔法の使用についても、この理事長の管理下にある学院ならば、法律上問題はない。
だが。
「……いろいろ危なくねぇか? 戦闘訓練っつーことは、魔法攻撃もするわけだろ?」
『アラ、チンピラに向かって遠慮なくぶっぱなしたアナタが言うのねぇん?』
それとこれとは違うだろ、と目で訴えかけると、ふふっとこれまた軽やかな微笑が聞こえた。
『安心なさぁい。ちゃんと対策済みよぉん。例えば、あのフィールドを覆う透明な膜。あれは特殊な魔導具で形成した防護結界で、外界との接触を完全に遮断しているの。起動中は外からはもちろん、中から外への干渉も不可能。被害が拡散することはないわぁん』
「肝心の生徒たちは?」
『それは……観ていれば分かるわぁん』
勿体ぶった口ぶりのあと、『ほら、あそこ』とおまたちゃんの三本のうち一本の尻尾がにゅっと伸びる。
その先を見ると、白い髪の女生徒が敵チームであろう少年へ斬りかかる寸前であった。
「はぁ……ッ!」
一閃。跳ねるような変則的な歩方と、瞬発的な加速で肉薄した白髪の女生徒が、両手に握る短い軍刀を振るう。
いくつかの剣撃を受けた少年は、首元に明らかな致命傷を負う。
「ぐぁ……う、うぅおっ……!?」
すると、少年の身が光で覆われ、結界の外へ吸い出されるように、強制的に弾き出される様子が映った。
「あれが生徒たちへの防止措置か?」
『その通り。首にチョーカーみたいなものが付いてあるでしょおん? あれは装着した者の魔術回路から魔力容量、魔力濃度を解析した上で、そのダメージ上限を計算して、その上限値分のダメージを代理的に引き受けてくれるのよぉん』
なるほど。
そのダメージが致命傷もしくは戦闘不能に至るものであれば、その後の戦闘に関わらないよう、強制的に結界の外へ掃き出されると。
よくできた仕組みだ。
「あれも魔導具なのか? 便利なもんだな」
『でしょぉん? まぁ、二つとも連結して使うものだから設置起動するのに莫大な魔力供給が必要だし、開発費用もバカにならないから、大変だったのだけどねぇん』
『とほほ……』と理事長らしい涙ぐましい苦労を垣間見たところで、アレイスは再び戦況へ目を移す。
「全員で七人……いまは六人か。三対四のチーム編成か?」
『そうよぉん。三人組の白チームと四人組の赤チーム。各チームの隊長がやられちゃうか、規定時間までに数の少ないほうが負けってわけ』
チェーシャの説明に、アレイスは納得したように頷く。
「じゃあ……あの白頭とゴツい金髪、それから青髪の……アイツが白チーム。隊長は白頭ってわけか」
『アラ、よく分かったわねぇん。凄いわぁん』
「……身体の向きと全体の動きを見てれば大体分かるだろ」
「隊長に関しては分かりやすく腕章つけてるし」とおまたちゃんを通して聞こえるテキトーな拍手に、アレイスは少しムッとする。
『じゃあ、アナタのその慧眼を見込んでお聞きしたいのだけれどぉ……どの子が特に目を見張るかしらぁん?』
「……そうだな。やっぱり、あの白頭だろうな。ひとりだけ抜きん出てやがる」
アレイスが見たのは、先ほど見事な剣筋を魅せた、白髪の女生徒だった。
さっきの体捌きや剣捌きは言わずもがな。
いまも岩のバリケードに隠れる中距離型の敵を釣りだそうとするなど、ひとりだけ何処かこなれた様子を感じさせる立ち回りをしている。
「それから、あの金髪のゴツいの。アイツもいろんな意味でメチャクチャだな」
次に見たのは、敵である赤チーム陣地の奥深くまで、得物も持たず単騎で猛進するゴツい金髪。
見るからに考えなしの行動は自殺行為でしかないが、飛来する魔法のことごとくを受け、弾き返している。
よほど強度のある魔法障壁を全身に張っているのだろう。潜在能力は計り知れない。
そのアレイスの考察に、チェーシャは満足げに声をあげた。
『さすが見る目があるわねぇん。お察しの通り、二人とも学年ではトップクラス……特に白い子のほうは、去年まで帝国騎士団に一時所属していたわぁん』
「帝国騎士団……!?」
驚きのあまり、アレイスは目を見開く。
帝国政府直属の護衛団にして、大陸最大兵力を有すると謂われる帝国魔導騎士団。
その指導顧問にして、騎士団長を務めるのが『大戦の五英雄』のひとりというのは有名な話だ。
『とはいっても、ほんの三ヶ月ほどよぉん。言うなれば、職業体験みたいなものねぇん』
「それでも有望中の有望株だろうが」
何にしても。
道理でひとりだけ動きが違うわけだ。
「……で、そんな二人を同じチームにしてていいのかよ? ひとり少ないのがハンデってか?」
『いいぇん。元々は四人編成で組み合わせていたのだけど、ひとり辞めちゃってねぇん。結果的に帳尻を合わせるため、戦力が集中しちゃっただけよぉん』
『まぁでも』と。
つぶやくチェーシャの声は、どこか憂いを帯びていて。
『それでも、埋まらなかったようだけれど』
その言葉にアレイスは疑問を抱いた。
現状、優勢なのは白チームであるはず。
ひとり少ないとは言え、そのハンデも先ほど白髪の女生徒が撃破して帳消しだ。
そしていまも──その白髪の女生徒が、相手の中距離型魔導士をうまく岩のバリケードから釣りだしていて……死角からスナイパーライフルを構える少女の射線へ誘きだした。
その瞬間、白髪の女生徒からアイコンタクトとハンドシグナルで合図が出る。
抜群のタイミング。
ここで──撃つ! ……と、思われたが。
「……なんで、撃たねぇんだ?」
その絶好のタイミングを青髪の少女は逃していた。
しばらくして、合図に気付いた中距離魔導士が慌てて岩を盾に身を隠し、それに釣られるようにして少女のほうも遅れて狙撃。
案の定、氷の弾丸は岩のバリケードに阻まれた挙げ句、射線上から位置を暴かれた少女は、赤チーム陣営から集中砲火。
先ほどと同じ光に包まれて、青髪の少女は結界の外へ掃き出されてしまう。
それと同時に──
【ブブゥーッ……タイムアップです。白チーム残存戦力、ニ。赤チーム残存戦力、三。双方ともに隊長の生存を確認。よって、本訓練は赤チームの勝利とします】
鳴り響いたブザーと、告げられる戦闘結果。
結果的に優勢に事を運んでいた白チームが、逆転負けを喫する形となった。
『……さぁて、行きましょうか』
「あ? 行くって、どこに?」
『アラ、言ってなかったかしらぁん』
くるっと身を翻すおまたちゃん。
そこから、とぼけたフリをしたチェーシャの声が聞こえてくる。
『白チームの控室──……アナタを配属する予定の小隊チームのもとへ、よぉん』