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第五話 少年アリスは、理事長とお話します!


「な、なんだ……このブサイクな猫っぽい生き物……」


 ゆらゆら、ふりふり。

 三本の尻尾を器用に振るう猫のような珍獣を前に、アレイスは目を丸くしていた。


 顔面をプレス機で押し潰されたようなぺちゃんこな鼻に、ふっくらとした大きな図体。

 へにゃっと垂れた耳は小さく、剣のある目つきがこちらを覗いている。


 猫の愛らしさのすべてを削ぎ落としたかのようなソレは、アレイスの言葉に反応して。


『アラ、開口一番失礼な子ねぇん。さすがはあの性悪魔女のパシリさんかしらぁん』

「パシリ言うな。っつか、なんでそれを……」

「り、りり、りりり……」

「んぁ?」


 猫っぽいソレにツッコミを挟んでいるところで、隣では少女が指を差して、わなわなと手やら唇やらを震わせていた。


「落ち着けよ。確かに想像を絶するブサイクな猫だけども」

「そ、そうじゃなくて……! り、理事長……です……あれ……!」

「…………はぁ!?」


 予想外の証言が飛び出て、「これが!?」とアレイスは腹の奥底から叫んだ。


「あっ、た、正しくは……その、交信精霊さん、です……」

「こうしん、せいれい……?」


 聞き慣れない単語に、アレイスは眉間にしわを寄せる。


『簡単に言えば、ワタシの魔法で生み出した魔法生物よぉん。その子たちを通して学院は勿論、街全体の監視や情報収集をしているわぁん。ちなみにその子の名前は、猫又だから『おまたちゃん』、よぉん』


 愛嬌のないブサイクな顔からは想像もできない色っぽい声が聴こえて、それが余計にこの珍獣の気色悪さを掻き立てる。


 なるほど。使役化した魔物みたいなものか。

 というか、おまたちゃんって……ひどい名前だな。


『それよりアナタ……確か一年生の、マイア=ラピスラズリさん、だったわねぇん?』


 おまたちゃんを通した呼び掛けに、少女がびくりっと反応をみせる。


「ご、ご存知……だったのです、ね……!」

『あたりまえだのクラッカーなのよぉん。ウチに在籍する子どもたちは、皆ちゃあんと覚えているわぁん』


 『それでね』と告げた後、のっそのっそと丸い身体を揺らす猫精霊は、アレイスの足下でその足を止めると。


『この男の子とは少し込み入ったお話があるのよぉん。アナタもこれから模擬戦訓練でしょう? ここはワタシに任せて、アナタは指定の小隊室まで行ってらっしゃぁい』

「そ、そういう、ことでしたら……」


 ちらりっと。

 少女が横目でアレイスを見ると、小さな手を控えめにあげる。


「で、では、アレイスくん……ま、また……」

「おぅ、またな」


 気恥ずかしそうにしながら別れを交わした少女は、とてとてっと、アレイスを尻目に満開街道の咲き乱れる坂道を上っていった。


『アラアラ、早くも仲がよろしいようで……青春ねぇん』

「フツーだろ、あんなの。で、おれはこれからどうすれば?」

『そうねぇ……立ち話もなんだし、ワタシのお部屋までご案内しようかしらぁん? どうせ、あの性悪魔女からはロクに話も聞いていないでしょうし』

「……そうだな。そうさせてもらうよ」

『ふふっ、決まりね。じゃーあ、そこの仔猫ちゃんの後をついて来ていらっしゃぁい』


 くるんっと、身を翻したブサ猫精霊おまたちゃん。

 丸い身体を揺すって歩くその後ろ姿を、アレイスは追った。


◇◆◇◆◇◆◇


「いらっしゃぁい。待っていたわぁん」


 アレイスが案内されたのは、魔導研究棟と呼ばれる教員講師たちの控える建物。


 そこの最上階に位置する、理事長室だった。


 広々とした部屋一面に広がるのは、金の糸で刺繍された紅い絨毯。

 気品溢れる骨董品や小物が壁面に飾られる中、頭上で吊るされるきらびやかなシャンデリアが存在感を放っている。


 目に飛び込んでくるあまりの豪華さに、アレイスは少し気圧されてしまいそうになる。


「そんなとこ立っていないでぇ。そこのソファーにでもお座りになったらぁん?」


 声に招かれ、アレイスはおじおじと緊張した面持ちで部屋の真ん中に用意された高級ソファへ腰を掛ける。


 すると、これまた珍妙な顔のない小人たちがアレイスの前に現れ、琥珀色に光るティーカップ短い手で差し出してくる。


「ミルクやお砂糖が欲しければ、その子たちにお願いしてねぇん。小さいけど働き者で、とっても頼りになる力持ちなのよぉん」

「……まるで蟻だな」

「ふふっ。本当にお上手で底意地の悪いお口ねぇん」


 差し出された香しい紅茶に口をつけながら、アレイスは柔和に微笑む美女を覗き見る。


 腰のあたりまで流した、艶のある菫色の髪。

 とろんっと胡乱気に垂れた目じりには蠱惑的な泣きぼくろがあって、その唇は道中で目にした桜のように美しく滑らかな形をしている。


 アレイスのよく知る魔女が、美貌で圧倒する絶世の美女であれば、こちらもまたどこか危なげな色気を漂わせた傾国の美女と言ったところだろうか。


「まずは初めまして。ワタシがこの学院の理事長、ひいては『紫紺(ヴァイオレット)の猫(・キャット)』を率いる首領(ギルドマスター)、チェーシャ=ヴァイオレッタよぉん」


 「よろしくねぇん」と、微笑を浮かべて片目を閉じる泣きぼくろの美女──チェーシャ=ヴァイオレッタはそう言った。


 五大ギルドのなかで、最大規模の活動を誇る『紫紺の猫』。

 それをまとめる首領にして、かつてヒトと魔物による大規模戦争『人魔大戦』を終結に導いた『大戦の五英雄』のひとり、【紫紺の精霊使い】と呼ばれた伝説の魔導士である。


 アレイスにとって、義母以外の英雄と出会うのはこれが初めてであった。


「おれは──」

「アレイス=グレイ=クリストローゼ。史上最強の魔女、ディアナハート=クリストローゼの義理息子。雑用係として三年間、彼女の保護の下、魔導士見習いとして現場で活動していた、と」


 アレイスが応じようと口を開けたところで、被せるように発せられたチェーシャの声に阻まれる。


「……自己紹介はいらなさそうだな」

「えぇ。義母である彼女に家を焼かれたことも、街で行商人と別れてから迷子になっていたことも、チンピラに絡まれて無断で魔法を使用したことも、ぜぇんぶ知っているからぁん」

「ぶふぉっ!」


 驚きに紅茶を吹き出したアレイスに、チェーシャはふふっと朗らかに笑む。


「この街全域はワタシの精霊たちが監視しているって言ったでしょぉん? アナタの動きは逐一届いていたわぁん」

「覗き見たァ……趣味悪ぃな」

「これもお仕事よぉん。まぁ安心なさぁい。咎める気があれば、門前であの子と一緒にそうしていたわぁん」

「……つまり?」

「今回だけは見逃してあげる。状況もそうだし、何よりアナタたちの助けたお爺さんはこちらにとってとても大事な人物だったから。それに免じて、ねぇ?」


 「今後は気を付けるようにねぇん」と緩い忠告に留まって、アレイスは安堵の息を吐く。


 それにしても、あのジイさん、学院の関係者だったのか。

 只者ではないとは思ってはいたが……おかげでアレイスもあの少女も、お咎めなしで済んだワケである。


「……アンタの情報網の凄さは分かったよ。その上で聞くが……──どうして、おれなんだ」


 そこでアレイスは、無理やりに本題へ入った。


「これはまた主語のない強引な話の振り方ねぇん。意外にも口下手さんなのかしらぁん?」

「こうでもしないとアンタみたいなタイプは話が進みそうにないんでな。おれをここまで呼んだ理由、話してもらうぞ」


 今度は分かりやすく、逃げ道のないようにアレイスは繰り返した。


 そんなアレイスに、チェーシャは「ふぅん」と少しつまらなさそうに鼻息を漏らす。


「別にアナタを指名したわけではないのだけどねぇん。ただ、こちらの要望に沿う人材がアナタだった、というだけで……あの性悪魔女からは聞いていないのぉん?」

「おれがババアから聞いたのは、『学院でフヌケた生徒どもをしごいてこい』っつーことと、ギルド間のいざこざっつー建前話だけだ」

「アラアラ、フヌケたとはまた随分な言いがかりねぇん」


 「概ね間違ってはいないけど」と何の気なく笑って、チェーシャは口にする。


「でも、それがおれである理由にはなりえねぇだろ」

「……何が言いたいのかしらぁん?」

「おれのことはババアから聞いてんだろ? だったら分かってるはずだ」


 聞いていないはずがない。

 この見るからに情報に口うるさそうなキツネ目の女が、それを聞かずにアレイスを招き入れるわけがないのだ。


 アレイスの鋭い視線にもチェーシャは動じることなく、薄ら笑みを貼りつかせたまま、難なく応えてみせた。


「えぇ、聞いているわぁん。アナタが、()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()、ということは……ねぇん」


 アレイスの表情が、くしゃりと曇った。


 魔法を発動するには、体内で練り上げた魔力を、魔術回路と呼ばれる体内で形成された魔法の術式ラインを通して、体外へ発出するプロセスを要する。


 要約するなら、蒸気機関に燃料を流し込み、エンジンを駆動させるようなものだ。

 この場合、蒸気機関が魔術回路にあたり、燃料が魔力。エンジンが魔法という形になる。


 アレイスの場合、その蒸気機関からエンジンに繋がるパイプ──つまり、体内で形成した魔法術式を、体外へ放出する通り道が欠落しているのである。


「でもそれが何なのかしらぁん? 魔導具で擬似的に構築した魔術回路を用いれば、アナタは魔法を使える。そうでしょぉん?」

「……それはそうだが」

「だったらそれでいいじゃなぁい。事実ウチにも魔導具の補助なしにはきちんと魔法を扱えない子もいるのだからぁん」


 その生徒たちとアレイスでは、そもそも立場が違うわけだが。

 そんな不出来な人間の話を果たして聞く生徒(もの)がいるのか。いや、そもそもそんな人間の力を本気で評価しているのか、この理事長は……。


「……近年、若い魔導士の質が落ちている」


 そんな疑心暗鬼に細められたアレイスの視線に、チェーシャはおもむろに口を開いた。


「確かに、大戦時代の兵士たちに比べれば、魔導士としての完成度は目に余る部分があると、ワタシも思うわぁん」


 けどね、とチェーシャは言葉を付け足す。


「あの子たちの能力そのものが彼等に劣っているとは思わないのよぉん。ほら、宝石だって最初から綺麗なわけではないでしょう? 正しい知識と豊富な経験を併せ持った職人が、丁寧に時間をかけて研磨することで美しく輝くのよぉん」

「……その職人にあたる魔導講師に問題がある、と?」

「そうは言っていないわぁん。少なくとも、ここまで現代魔導文明が発達したのは彼らのたゆまぬ研究と努力があってこそなのだからぁん。ただ、彼等が興味があるのは魔導の行く末そのものであって、子どもたちの行く末ではないのよぉん」


 魔導講師とは、いわば魔導の研究者にあたる。


 個人個人が専用の研究室と専門の書庫をあずけられ、己が魔導を邁進する。


 そんな彼等にとって、生徒とはある意味、大義名分を得た魔導の生体実験対象とも云えるのかもしれない。


「それを言ったら、おれも子どもの行く末になんて興味はないんだけど?」

「アナタはそれでいいのよぉん。だってアナタも、同じ子どもなのだからぁん」


 途端に子ども扱いされたことに、アレイスは眉を曲げて不機嫌になる。


 そんなアレイスを見て、ふふっと含み笑いしながら、チェーシャは続ける。


「魔導士として決して恵まれたとは言えないアナタを見て、あの子たちが何を思い、何を感じるのか。ワタシはそこに意味があると考えているわぁん」

「つまりおれは、発奮材料ってワケか……?」

「そんなところねぇ。モチロン、あの子たちを見て何を感じるのか……アナタにとっても、大事なことだと思うけれど」


 チェーシャのその言葉たちが、嘘や欺瞞ではないことは解った。

 しかし、本当のことを言っているようにも、アレイスには思えなかった。


「……分かった。現状おれも行く宛てがあるわけじゃないしな。当面は協力する」


 ただし、としばらく思索したアレイスは、くいっと一気にカップを傾けて紅茶を飲み干すと。


「おれが協力するのは、おれのためだ。もしココがおれにとって何の価値も見出せない場所であれば、付き合うつもりはない」

「アラアラ、クライアントに対して随分な物言いねぇん。まァいいわぁん。アナタのしたいようにすれば、それで」


 そう、話しの終わりを告げるようにチェーシャはパチンっと手と手を合わせた。


「じゃーあ、交渉は成立ってことで。アナタにはこれから寮への案内と、学内見学に回ってもらおうかしらぁん?」

「出来れば手短に頼む。これでも長旅の上に街中あちこち回って疲れてんだ」

「ふふっ。善処するわぁん」


 そうして再び、アレイスはブサ猫精霊おまたちゃんの後ろをついて、理事長室を後にした。

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