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第四話 少年アリスは、ようやく学院へ辿り着きます!


「《天の息吹(アエール)地脈の鼓動(レティツィア)癒しの活力は(サナティオ)我が手に(レクト)》」


 静かな願いの後、少女の手に青い光の粒子が集う。


 膜を張るようにして灯された淡い光は、擦り切れた皮膚を柔らかく覆うと、みるみるうちにその傷口を塞いでいった。


「おぉ、これは……さすがは、ギルフォード学院の生徒さんだね」

「い、いえ……そんなことは……!」


 軽く肩を回して快復ぶりをアピールする初老の男に、少女は謙遜して手やら首やらを横にぶんぶん振るう。


 治癒の魔法にまで適性があるとは。大したものだ。


 それも、本来なら応急処置程度の効力しか発揮しないはずのものを、ここまで一気に治癒してみせた。


 普通の治癒魔法と、何か違うのだろうか……?


「あ、あの……」


 考え事に耽っていたところで、少女の意識がアレイスへ向けられる。


「お、遅くなりましたが……本当にありがとうござい、ました……。あなたが来てくれなかったら、わたし……」

「いやいや、たまたま通り掛かっただけだし。むしろおかげさまでスッキリさせてもらったよ」

「スッキリ……?」

「いや、こっちの話」


 ならず者二人組をコテンパンにしたアレイスは、最終的に衛兵所まで彼らを送り届けたわけだが、これがまたいいストレス解消になったようだ。


 うん、人間、溜めこむのはよくないな。


「それより、ギルフォード学院の生徒って聞いたんだけど、本当なのか?」


 アレイスの質問に、少女はきょとんと目を丸める。


「は、はぁ……いちおう、そうです、けど……?」

「じゃあ、ここから学院までの道って分かったりする? そこに用があるんだけど、恥ずかしい事に田舎から出てきたばっかで右も左も分からなくてな……」

「そ、そうだったんですね……わかりました。わたしも、これから向かうところでした、ので……よ、よければ、ご案内いたし、ます、けど……」

「マジで!? それは助かる!」


 願ってもいない申し出にアレイスが身を乗り出すと、「い、いい、いえ……こ、このくらいは……」と頬を赤らめながら、少女はチラッと上目遣い気味にアレイスを覗く。


「あ、あの……わたし、マイア……マイア=ラピスラズリ、と申し、ます……」


 消え入るような語尾と共に、視線も地面へと下がっていった少女。


 見るからに内気で恥ずかしがり屋な少女が、わざわざ名乗ってくれたのだ。アレイスもそれに倣うべきだろう。


 そこでふと思い出したのは、義母魔女より残された手紙の内容であった。


『三原則その一《旧名を名乗れ》』


「おれは、アレイス──……アレイス=グレイだ。よろしく」


 アレイスは笑って、そう応えたのであった。



――――――――――――

――――――――

――――


 騒動から、しばらく。


 初老の男性と別れたアレイスは、学院の生徒である少女の案内に従い、広場のあった場所から更に北進を続けていた。


 初老の男性は「この恩はいつか必ず、何処かで」と特徴的なシルクハットを目深に傾けながら、杖を叩いて去っていった。


「結局、あのジイさんは何者だったんだろうなぁ……」

「そ、そうですね……とても紳士的で、落ち着いた雰囲気のおじ様でした、けど……」


  泥や埃で汚れてはいたが、服の品質そのものは高級そうで、ひとつひとつの所作をとっても、上流階級にある高貴な人物の雰囲気が滲み出ていた。


「そうだなぁ。「君たち」を「チミたち」って呼び方さえしなけりゃなぁ……」


 アレイスのダメ出しに苦笑いを浮かべる少女は「そ、それにしても」と、どもり癖のある口調で話を繋げた。


「お、驚きました……まさか、その、ア、アレイスくんが、うちの編入生さん、だったなんて……」

「えっ、ああ。確かに変な時期だもんな?」

「じ、時期もそうなの、ですけど……さっき、魔法をお使いになられてた、ので……」


 その台詞に、アレイスは怪訝な表情を浮かべる。


 魔法と言っても、せいぜい初級認定のザコ魔法。少なくとも、治癒魔法まで使える者が驚くほどのものではないはずだが。


 そんなアレイスの視線に気付いて、少女は慌てて目をそらすと。


「いや、その……なんと言いますか……て、適切な資格や正当な理由なく、魔法を使用することは帝国魔導法で禁止されているじゃない、ですか……? それなのに、あまり躊躇がなかったように見えたので、てっきり……って、あ、あれ……?」


 たどたどしく話す少女が、チラリとアレイスを覗き見ると、額から脇から足の裏からと、異常なほどの汗を吹き出していた。


「あ、あの……すごい汗、ですけど……大丈夫……です、か?」

「お、おう! 全然パーペキにへっちゃらのパンナコッタだぜ! いやぁそれにしても今日はあっちーなぁ! いったい何度なんだろうな!」

「え、えと……今日の最高気温は十八度みたい、です、けど……」

「涼しー! 春の風が心地いいなぁー!!」


 コロコロ言動も話題も変わるアレイスの内心は、焦りまくっていた。


 やってしまった。

 何の気なしに使用してしまったが、よくよく考えれば、これまでは英雄である義母の保護下にあったからこそ黙認されていたこと。


 その保護下を放れたいま、アレイスにも帝国政府の法律は適応されることになる。


 そんな明らかな動揺を見せるアレイスに、少女も何かを察したのだろう。


 クスッと控えめに息を震わせてから、アレイスに向けて微笑みかけ、


「だ、大丈夫ですよ、きっと……。わたしも……使っちゃいましたし……もし、見つかっていたそのときは、わたしも一緒に、その、罰を受けます、から……」

「……それ、結局罰受けてるし、安心は出来ねぇよなって」


 アレイスの苦言に、少女は「そ、そうですよね……」と乾いた笑いで応じる。


「で、でも……そのおかげで、わたしも、あのおじ様も、助かりました、ので……すごく、感謝しています……」

「それを言ったら、まずお前があのジイさんを助けに行ったことが始まりだろ?」

「そ、そうです、けど……わたしひとりじゃ、何もできなかった、ので……」

「んなことねーだろ。実際、あの氷の魔法といい、治癒といい、相当なモンだと思うぞ?」


 お世辞でなく、アレイスは本当にそう思っていた。


 もちろん、最初は怯えて動けない様子ではあったが、相手の魔法発動を逸早く察知したり、同程度の威力で相殺したり、咄嗟にやったことだったとしても、中々いい動きであったとアレイスは思う。


 しかし、そんなアレイスの称賛にも、少女はどうも浮かない表情のままで。


「いえ……ダメ、なんです……。そんな、力があっても……わたしは……」

 

 どこか憂いを帯びた呟きに、アレイスは「そう、なのか」と適当に返事をかえすことしか出来なかった。


 見るからに内気な彼女のことだ、色々と秘めているものもあるのだろう。

 それを出会ったばかりのアレイスがつつくのは、少し野暮が過ぎるというものである。


(女の意味深な呟きは高確率で地雷だからなぁ……クソババアがそうだったし)


 もっとも、あの魔女の場合は比喩でなく本当に爆発してくれることもあって大変だったが。


「つ、着きました。ここが、ギルフォード魔導学院……です」

「おぉ……」


 苦い記憶にブルーな気分になりかけていた頃、アレイスたちは遂に目的地へと辿り着いた。


 そこは街の最北端にあたる、山を拓いて舗装した緩やかな坂道。


 桃色の桜を始めとした、色とりどりの花々が両脇で咲き乱れ、その道の続く先では、城のように大きな建物がずんっと厳かに佇んでいた。


「すっげぇ……この花って、もしかして魔法か?」

「は、はい……たしか、人払いを兼ねた結界術式の魔法で……学院にある特殊な魔道具で管理されていると、聞きました……」

「それで辺りに人が見えないわけか」


 あれだけウジャウジャ賑わっていたはずの人の群れは、いまは何処にも見当たらず、気配さえ感じられなくなっていた。


「が、学生のなかには、身分のある御方も在籍されてますので……その、対策の為、と……」


 学院にはその特性上、魔法の才能に秀でた者や家柄の良い者、時には帝国政府の要人まで出入りすることがままある。


 そんな彼らは、人身売買や人質として大きな価値がある。


 政府と非政府組織の対立する紛争地なら、代えのきく魔導兵士として。

 資源の少ない土地なら、援助要請の交渉材料として。

 国交に乏しい国なら、いずれ指導階級となろう有力者子弟をパイプ役として。


 そう云った身の危険から生徒たちを守るべく、施された対策案なのだろう。


「道理で街の人間に聞いても知らなかったり、ガセネタを吹きこまれるわけだ……」

「が、ガセネタというのは……どうなの、でしょう……?」


 暗に聞く人を間違えたのでは、と微妙な笑みを浮かべる少女は、少し考えるような素振りを見せ、


「と、ともかく……ご編入の手続き、ということであれば……まずは……」

『アラ、誰かと思えば。随分と遅かったわねぇん』


 ぬめりとした声が聴こえて、アレイスと少女は音の正体へ目を向ける。


 そこには、三本の尾をふりふりと揺らす、猫のような珍獣が鎮座していた。

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