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第三話 少年アリスは、学院生徒の少女を助けます!


「──や、やめてください……っ!」


 少女らしき悲鳴が、アレイスの耳に届いた。


 釣られて振り返れば、薄暗い袋小路の下、何やら二人組の男たちに囲まれる少女の姿が見えた。


 海のように深い紺青の髪に、空のように透き通った瑠璃色の瞳。

 白を基調とした服は、学生服のように見えなくもない。


「はぁ~? なァにがやめてくださいだァ? 人聞きが悪ィなぁ。まるで俺たちが悪者みたいじゃねぇかァ? なァ、豚弟ぶとうと

「ぶひっ! そうでふ! オデらが悪者でふ!」

「みたいって言ってんだろ! 否定しろよ! なに自信満々に自称してんだ恥ずかしい!」


 ……なんだ、あの細ノッポと太っちょの漫才コンビ。

 見るからにそのアホさ加減と厄介さ加減が窺えるが。


「ごほん! まァなんだァ? そんな風に言っちゃうとほら、誰かが見てたら勘違いしちまうだろォ?」

「で、でも、このおじ様に手を上げられて、いまし、た……」


 声を震わせながら、両手を広げて立つ少女の足元には、地べたで蹲る初老の男性の姿があった。どうやら彼を匿っているようだ。


 少女の主張に、細ノッポの男は「アァ?」とウザったそうに顔をしかめる。明らかに苛立っている様子だ。


「そりゃあそのジイさんが言うこと聞いてくんねェから仕方なくだよ。ったく、いいから。さっさとそこをどきな」

「い、イヤです……ダメです……!」

「このクソガキ……!」

「あ、兄者! この娘の着ている制服、あのギルフォード学院のモンじゃないでふか?」


 太っちょのセリフに、ぴくりっとアレイスの耳が反応した。


「おぉ、確かに言われてみれば……さすが制服マニアだなァ、豚弟よ」

「でふでふっ! 古今東西、世界広しと言えど、オデより学生服に興奮するヤツはぁいないでふよっ!」


 えっ、気持ち悪っ。


 太っちょの特殊性癖に思わず嫌悪感を覚えているところで、細ノッポが学院の生徒と思われる少女へ詰め寄り、


「けっけっけ。コイツも一緒に連れてけば、きっと報酬も弾んでもらえるよなァ? 豚弟よ」

「そうでふねっ! で、出来れば、娘の方はオデに任せてほしいのでふけど……ぶひひっ!」


 おっと、険悪な雰囲気になってきたな。

 少女の方も、悪意と欲望の眼差しに怯えて、動けずにいる様子である。


 アレイスも迷子の現状、彼女がギルフォード学院の生徒であれば、学院までの路を知っているに違いない。


 何よりこのまま見て見ぬふりをするのは、少し男として恥ずかしくも思う。


 よってここは──……少女を助けだすに限る。


「おい、おっさんたち。そのへんにしとけよ」


 少女を取り囲む男たちへ向け、アレイスは制止の声を上げた。


 背後から飛んできたそれに、「アァ?」と苛立ちを見せる細ノッポに、ぶひぶひと鼻息を荒げていた太っちょ、それから怯えた少女の視線がアレイスに集まった。


「次から次へと……しかもまたガキかよ」

「ガキ言うな。アンタら、そんな女子供にジイさんまで虐めて恥ずかしくねぇのかよ」

「はァ? 恥ずかしくねェなァ。なんせこちとら、ビジネスでやってるもんでねェ」

「カツアゲやレイプがビジネスかよ、くっだらねー。これ以上大事にするようならアンタらを衛兵さんとこまでしょっ引くけど?」


 その言葉に、細ノッポの表情が、きょとんっと呆けたような顔に変わり、隣に立つ太っちょと目を合わせた後、ゲラゲラと大声で笑い始めた。


「おいおい、聞いたかよ豚弟! コイツ今、俺たちを衛兵のとこまでしょっ引くって言ったぜ!? こりゃァ傑作だなァおい! そう思うだろう!?」

「兄者? 何が面白いんでふか? 衛兵さんでふよ? オデら捕まっちまうんでふよっ?」

「なんでここにきていきなり賢者タイムに入ってんのお前?」


 意志疎通の上手くいかない太っちょに、少々イライラをみせる細ノッポはアレイスの顔に指を差しながら、


「よく見ろよ、豚弟。こんな女みてェなガキが俺たち相手にしようってんだぜ? 笑うしかねェだろう、なァ?」


「女、みたい……?」


 その細ノッポの言葉は、アレイスにとって最も屈辱的なものであった。


「それともなんだ? みたいじゃなくて、本当にお穣ちゃんだったかァ? けっけっけっけ!」


 ブチッ、と。

 こめかみの奥で、何かがハチ切れたのをアレイスは自覚した。


「どいつもこいつも、ふざけやがって……!」


 義母による放火。想定外の長旅による疲労。慣れない土地での迷子。


 これまで積もり積もってきたものが、ここにきて一気に噴き出してきた。


「テメェら、覚悟しろよ……」


 けけけっと喉を鳴らす細ノッポ。

 ぶひひっと釣られて鼻を鳴らす太っちょ。


 その二人組へ向けて、アレイスの凄んだ声は発せられた。


「おれは女扱いされるのが大っ嫌いなんだよ……末代まで後悔させてやる」

「本当にヤル気かよこのオトコオンナ! いいぜ、可愛いお嬢ちゃんの相手は俺がしてやる……よっ!」


 言って、細ノッポは腕を振り上げると、アレイス目掛けて襲いかかった。


 何の捻りもない、単純な突き技。

 それをアレイスは、ひょいとこともなげに首だけ傾けて躱わす。


「ハッ! かかったな!」


 直後、細ノッポは振り抜いた右腕の勢いそのままに体を捻り、さらに一歩アレイスの懐へ踏み込むと、くるりと右足を軸に一回転。


 大きな弧を描いた、豪快な後ろ回し蹴りが繰り出される。


 しかし、これもまたアレイスは半歩下がって最小限の動きで回避すると、細ノッポの軸足である右足首を払うように蹴り抜く。


「うおっ!?」


 自身の豪快な回し蹴りの勢いも相まって、すってんころりんと面白いように転がる細ノッポ。


 本当なら、軸足の膝を狙って動けなくするわけだが。

 そんなあっさり終わったんじゃ、こちらの怒りは収まらない。


「お、女みてェな顔してやるじゃねェか……だったら、こっちもちょっとマジになるぜェ!」


 尻もちから起き上がった細ノッポが、懐から折り畳み式のナイフを取り出す。


 くるくる器用に持ち手で回しながら、刃先をアレイスへ向け。


「喰らえぇっ!」


 シュッと空気を裂いて繰り出される突きを同じように躱わすも、今度は素早いジャブのように動作が小さく、腕の引きも早い。


(となれば……)


「おらぁっ!」


 眉間に伸びてきた細ノッポのナイフを、ややインステップ気味に踏み込んで掻い潜り、持ち手の手首を掴んだ後、反対側の手で細ノッポの顎下へ向けて、押し込むように掌底を当てつける。


「ぐぅ……こ、の……ッ!」


 顎を押し込まれ、自然と後方へ反り返る首や上体に、嫌がった細ノッポが抵抗しようと前のめりになろうとする。


 その抵抗力を利用して──。


「う、おぉ……ぎぃッ!?」


 顎に押し付けられていた力がフッと抜かれ、細ノッポのバランスが前方へ傾いた瞬間、ナイフを握る持ち手を細ノッポの背中へ捻るようにして回し、肩と手首の関節を完璧にロック。


「確かに使い慣れはしてるみたいだけど、所詮はならず者だな」

「な、なん……が、あ……!」


 さらにグッと締め上げたところで、細ノッポの手からナイフが落ちる。


 それを認めて、アレイスは掴んでいた手を離し、細ノッポのケツを蹴り飛ばす。


「ぐっ……!」

「あ、兄者ぁ! 大丈夫でふかぁ!?」


 無様に転がる細ノッポのもとへ、太っちょが駆け寄る。


 その二人組へ向けて、アレイスはキッと睨みきかせると、


「おっさんら今回はこれで見逃してやっから、もう行けよ。その代わり、二度とおれの目の前に現れんな」


 こーゆー輩ほど、ハッキリとした力関係に弱い。

 怒りはまだくすぶっているが、これでケツを巻くって逃げてくれると言うのなら、少しは気が晴れるというものだ。


 しかし、そう思ったアレイスの考えは、少し甘かったようだ。


「クソガキどもが……キレたぜ」


 小さく、そう呟いた男がのっそりと起き上がる。


「あ、兄者、まさか……だ、ダメでふよ! そんなことしたら……!」

「ウルセェ! もう我慢の限界なんだよッ!」


 そう言って、立ち上がった細ノッポが小さく唱えた。


「《揺らめく火炎(イグニス)飛来せよ(インペトゥス)》!」


 囁かれた言霊に呼応し、細ノッポの右手に赤い粒子が集約すると、それらはメラメラと揺らめく炎の形を象る。


 それは紛れもなく……──魔法。


「まとめて消し飛べえぇぇぇッ!」


 狭い小路で横薙ぎに振るわれた細ノッポの右手から、火炎の塊が飛来する。


 アレイスの背後には、学生の少女と蹲る初老の男性がいる。


(さすがに躱すわけにゃあ……!)


「──避けてくださいっ!」


 背後からのその声に、アレイスは反射的に横へ跳び退いた。


「《大気は凍てつき(ワポール)大地を凍らせる(グラキエス)》」

「なっ……!?」


 短い詠唱とともに脇から飛び出してきた青色のエネルギーが、先程アレイスの立っていた地面に着弾。


 大きな氷の壁を形成し、細ノッポの振るった火炎の塊と衝突する。


 シュウゥ……と気の抜ける音を漂わせながら、炎塊と氷塊は水蒸気となって相殺された。


「そ、そんな……!」


 愕然とする細ノッポを差し置き、アレイスは背後へ振り返る。


 そこには小さな身体には大変不釣り合いな、無骨なスナイパーライフルを構える、青い少女の姿があった。


 あれは……武装魔導具か。あんなデカイの何処から取り出したんだ?


「だ、だいじょうぶ、です、か……?」

「えっいや、うん……ありがとう」


 アレイスがそう言うと、少女は「い、いえ……」と目を逸らしながらも嬉しそうにする。


 相殺して攻撃を防いでくれたのはいいが、いまのほとんど照準合わせてなかったよな……あっぶねぇ。


「さて。まさか魔法攻撃でくるとは思わなかったよ、おっさん。アンタら、魔導士……ってわけでもなさそうだけど。まぁいいや」


 言って、アレイスは自身の腰に手を回し、隠し持っていた得物を抜き放つ。


 鈍色の光沢を放つ外装フレーム。グリップ部分では翡翠色の魔晶石がキラリと光る。

 アレイスの愛用する相棒、拳銃型の武装魔導具である。


「て、テメェまで……! まさか、魔導士か!? 卑怯だぞ!?」

「先に仕掛けてきたのはそっちだろ。精々後悔しやがれ」

「クッソ! 逃げるぞ、豚弟ッ!」

「えっ、あ、兄者あぁ~っ! 置いて行かないでほしいでふぅぅ~っ!」


 背を向けて駆け出す男たちに、しかし、アレイスは追いかける素振りさえ見せず、その場で拳銃を構えた。


『起動確認。魔術特性、魔力属性の認証完了。疑似回路の構築、接続、完了。安全装置(セーフティ)を解除します』


 聞き慣れた機械音が響くと、みどり色の魔力が大気を迸り、グリップ部分で煌めく翡翠の魔晶石へと集約される。


 これは腹いせだ。どこにも捌け口のなかった、これまでの苛立ちをぶつける口実。

 なに、吹っ掛けてきたのは相手の方だ。因果応報、自業自得ってことで。


「──喰らいやがれっ」


 呟いた後、二度、アレイスは引き金をひいた。


 刹那、蒼色の閃光が銃口より放たれる。


 二つの閃光は突き辺りの壁にあたって跳弾し、必死の形相で広場まで駆け出していた細ノッポと太っちょのそれぞれの足へ見事に着弾を果たす。


 波紋を広げるようにして二人組の足に溶け込んだ後、細ノッポと太っちょはそれぞれ「あぎゃっ」「ぶひっ」と盛大に倒れ伏した。


「ああ、あああ、兄者っ! 足が、オデの、オデの足が動かねぇでふぅ!! また太っちまったでふかねぇ!?」

「バカ野郎! んな短時間で太ってたまるかチクショウ! こりゃァ重量強化の魔法だ、クソあのガキャア……!」

「呼んだか?」

「ひぃっ!」


 すぐ近くまで迫っていたアレイスの声に、細ノッポは奇妙な悲鳴を上げ、ジタバタと手を横へ振り始める。


「ち、ちがう! 悪かった、俺たちが悪かったから!」

「なにが?」

「全部だ! あの娘とジイさんを襲ったことも、お前を女扱いしてバカにしたことも、全部悪かった! どうか許してくれ!」


 必死な細ノッポの嘆願に、うんうんとアレイスは頷く。


「そうだな。人間間違いを犯す生き物だもんな。それを理解した上で、反省してるんだな」

「あ、ああ! 反省している! 悪かった! 本ッ当にすまなかった!」

「うんうん、よろしい。だったら……当然、報いを受ける気持ちもあるわけだよな?」

「へっ……?」


 ニッコリ。

 毒のある微笑みを浮かべるアレイスに、細ノッポは固まり、太っちょはガクブルと巨体を震わせる。


「言っただろ? 末代まで後悔させてやるって──……覚悟はいいな?」

「ひ、ひいいぃぃぃっ!」

「ぶひぃぃぃ兄者あああぁぁぁ~ッ!」


 細ノッポと太っちょ。

 二人の汚い断末魔が、健やかな今朝の広場に響き渡った。

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