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第二話 少年アリスは、初めて都会にやってきました!


「ふぅ……これで最後かな」


 義母に家を焼かれてから()()

 馬車の荷台から山盛りの果物箱を下ろし終えたアレイスは、ぐぐぅっと背中を伸ばした。


 その大通りを往くのは、数多の人と幾多の馬車。

 壮観な木造建築と頑丈な石造建築の下では、雑多な露店が並び立ち、商人たちの客を呼ぶ声が飛び交っては、手招きする姿が映る。


 田舎から出てきたばかりのアレイスには少し目眩のするくらい、人も物も混雑している場所だ。


「にしても、まさか路線が走ってねーとは……そーゆー情報も書いとけよな、あのババア……空を飛べるテメーとは違ぇんだぞ」

「おーい、あんちゃーん!」


 喧騒を眺めてはボソボソ恨み節を呟いていたところで、その視界に黒い頭を光らせて駆け寄ってくる、強面のオヤジさんが見えた。


「悪ぃな。荷下ろしまで手伝ってもらって。おかげでいつもより早く済んじまったよ」

「いえ、元々無理を言ったのはこちらなので。これくらいは」


 ニッと野性味の溢れた笑顔を向けてくれるオヤジさんに、アレイスは首を横に振るう。


 色黒のスキンヘッドに加え、右目に鋭利な古傷という強面すぎるオヤジさんだが、事情を説明したところ地方からの行商ついでに送ってやると申し出てくれた、大変人情味に溢れた人物である。


 それはもうアレイスが心を痛めるほどに。


「うぅ、いい子だなぁ。盗賊に家を焼かれちまって辛いだろうに……挙げ句、身内のお義母さんまで行方不明なんて……うぅぅ!」

「お、オヤジさん……もういい加減泣かないでくださいよ……」


 アレイスの少々……いや、かなり大袈裟にでっち上げられた話を聞いて以降、旅路の三日間ずっとこんな調子なわけである。


 意図的にとはいえ、善意を利用した手前、ここまで同情されるとアレイスも目をそらすことしかできない。


 そんな罪悪感に苛まれるアレイスには気付かない様子で、「それで」とグスグス鼻を鳴らしながらオヤジさんは話を始めた。


「あんちゃんは、これからどうすんだい?」

「道中でもお話していた通り、義母ははの知人を訪ねようと思います」

「お義母さんの知人ってのは確か……魔導学院の関係者だったか?」

「はい。手紙でも困ったことがあればそこへ行くようにとあったので」


 本当は関係者どころか、運営している理事長ギルドマスターだし、アレイス自身も学園への編入のために来たわけだが。後々大事になっても困るので、そこらへんは伏せておくとしよう。


「じゃあ、あんちゃんはこれから学院へ向かうってこったな。聞いた話じゃ学院があるのは北地区の学生街を抜けた坂の上って話だが」

「この市場が南地区でしたよね。ってことは真反対、ですね」

「そーゆーこったな。悪ぃが、一端の商人の俺ァそこまで踏み入ったことがなくてな。詳しい場所や道は、他を当たってくれ」

「いえ、助かります。何から何までお世話になりました」

「おっと。ちょっと待ちな、あんちゃん」


 深々と頭を下げて踵を返そうとしたところで、オヤジさんは制止の声を上げた。


 そうして今しがた下ろしたばかりの果物箱の上に積まれていたリンゴへ手を伸ばし、アレイスへ手渡した。


「ちょっとした礼だ。朝飯代わりにでもしてくれや」

「そ、そんな! こっちもお礼でしたことなのに! 頂けないですよ!」

「まぁまぁ。人の厚意は貰える時に貰っておくもんだぜ? それに、お礼ってんならまたここに来たときにでも、金貨でも落としていってくれればいいさ」

「……はは、商人っぽいですね」

「商人だからな」


 ニッとこれまたヤンチャに笑うオヤジさんに、「じゃあ、有難く」とアレイスは折れてしまう。


 本当に、どこまでも人が善過ぎる。


「では、また必ずお邪魔させてもらいますね。オヤジさん」

「おう、気ぃ付けてな。あとな、あんちゃん」


 別れ際、がっしり握手を交わし合う中、オヤジさんはニッコリ笑って口にした。


「俺、こう見えてまだ二十代だから」

「うそんっ!?」


 


***


 此処、帝国南東部に位置するサリー地方の都市ミルメッドは、世界でも有数の学究都市である。


 元は小さな町のひとつに過ぎなかったが、豊饒の大地に緑と生命に満ちた森林など土地を巡る良質な魔素、霊脈レイラインの質の良さに加え、大戦後の魔法文明の進歩に伴い、ここ十年の間に大きく繁栄することとなった。


 いまでは学生は勿論、各地方から移住してくる人々も多く、年々人口が増え続けている。

 そのため、街では頻繁に区画整理や改修工事が行われていた。


 つまり何が言いたいかと言うと……ハチャメチャに広く、メチャクチャに入り組んでいた。


「迷った……そして酔った」


 あれから数十分。


 混雑した道と人々の波に目が回ったアレイスは、依然として狭苦しく目まぐるしい小路を彷徨い歩いていた。


「っかしーなぁ……誰に聞いても言うことてんでバラバラだし……ある意味、この街の名所だろうに」


 仕事の関係上、それなりに世界を渡り歩いてきたアレイスであるが、そのほとんどは荒れ果てた戦地か、およそ人が通らぬ険しい辺境地の遺跡探索であった。


 住処にしていたところだって、町からは遠く離れた野原の広がるド田舎。


 そんな都会慣れしていないことを自覚していたアレイスは、ひとしきり聞き込みをして歩いてきたわけだが、学院の所在を知る者は愚か、ガセネタまで吹きこまれ、おかげであっちへ行き、こっちへ行きと足はパンパン。


 人酔いした頭の中もぐるぐると回り、その人波がなくなったかと思えば、今度は迷路のように複雑怪奇な小路を彷徨い歩く始末である。


「あーあー……それもこれも全部あのクソババアのせいだ……!」


 行商人のオヤジさんから貰ったリンゴを乱暴に齧りながら、アレイスはもう片方の手に握られた手紙を恨めしそうに一瞥した。


 それは以前に読んだ手紙とは別の、二枚目の手紙であった。


『ご機嫌よう、愛しのアリス。ここではオマエが、学院で一人前の男前になるための三原則を記してやろうと思う。面倒見のよい私に感謝するんだな』


 冒頭一文目から何度破り捨ててやろうと思ったことか分からないが、「鎮まれ、鎮まれ」と頭を冷やして、先の文面に目を通す。


『では早速、三原則その一《旧名を名乗れ》。クリストローゼの名は目立つからな。お前がどうしても名乗りたいと言うなら、致し方ないが』

「……ゼッテー名乗らねぇ」


 いちいち煽ってくるような文面はさて置き、アレイスとしても目立つのは好ましくない。平々凡々、山なし谷なしの平穏の日々を所望である。


 故に癪であるが、この事については素直に従おうとアレイスも考える。


『続いて、三原則その二《困っている可愛い女の子がいたら、助けてやれ》』


 これについては意味が分からなかった。

 困っている女の子ってなんだよ。しかも可愛い限定かよ。


 なんて、いまにも問い詰めたくなったアレイスであったが、


『理由を求めるような下らん屁理屈思考はよせよ? 女が困っていれば、それを助けるのが男ってもんだ。可愛いとあらば尚更な。一人前の男になるチャンスをみすみす逃す手はないだろう、アリス?』

「コイツはおれをおちょくらないと死ぬ病気にでもかかってんの?」


 文を通してニヤニヤする魔女の顔が見えるようだ。

 ともあれ、アレイスの思考回路もお見通しの上で、まともに答える気はないのであれば、これ以上アレイス自身が考察したところで、現時点では埒が明かない。


 そう見切りをつけて、アレイスは最後の文面へと視線を滑らせていく。


『そして最後に、三原則その三《楽しめ》』


 その一文に、滑らせていたアレイスの視線は止まった。


『せっかくの学院生活だ。友人を作るなり、恋人を見つけるなり、オマエなりに、オマエなりのやり方で、存分に日々を楽しめ』


 『以上。元気でな』と存外素っ気なくしたためられた文面を読み終えて、アレイスは頭をボリボリと掻いた。


「……ったく、んなくだらねー手紙残すくらいなら、マトモな地図のひとつでも寄越せっつの」

 

 けっと、アレイスは唾と一緒に悪態を吐きつける。

 何度読み返しても、学院への道標となりそうなものはなさそうだ。


「しゃーねぇな……と、お? ありゃ広場か?」


 肩を落とした直後、視線の先に拓けた空間を認めた。


 中心には、水飛沫を吹き上げる噴水のような装飾設備があり、傍らのベンチでは、たくさんの老若男女が腰を落ち着かせていた。


「ようやく出られる……ひとまずあそこで聞き込み再開といくか!」


 そう思い立ち、広場へと足を向けた直後であった。


 アレイスの耳に、少女の悲鳴が届いたのは――


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