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黒竜は異世界に帰る  作者: 夢見シン
第一章 ギャレリア帝国編
9/62

実は窮地に立ってました。……そして元黒竜は自重を止める

「ん……はぁ、はぁ……あっ!」


 室内に響く艶やか声、男の獣性を引き出す旋律のようだ。


「……ここか? ここが良いのか?」


 そんな女の反応を楽しむかのように男達は執拗に責め立てる。


「うっ……あっ! アカン、アキやん……それ以上は――」

「だったら僕はこうかな」

「あぁああうっ! ケンちゃん……そんなっ!」


 責められ喘ぐのは美矢だった。そんな彼女を弄ぶのはアキトと賢司……二人は懇願する美矢を蹂躙するかのように手を緩めようとはしない。


「もう……アカン、許して……こんなんされたら、ウチ――」


 荒い吐息を立て、潤んだ瞳で獣のようにギラつくアキトと賢司を見上げる美矢。それを一瞥して二人は……、


「喘ぐ余裕があるならまだまだイケるな。……賢司ヨロ」

「了解……一枚追加っと」


 美矢の悪ノリに付き合うのも飽きたのか、普段通りの態度を以て正座する美矢の太ももの上に石材を載せると言う普段では考えられない行為を継続した。


「えっちょっ待って、余裕ちゃうからそれ以上はマジでアカンって、ぎゃあああああああっ‼」


 流石にふざける余裕を失った美矢は、今度こそ艶やかさなど微塵も無い素の悲鳴を上げた。


 場所はアキトが”念話”で指定した通り愛奈の自室。そこで美矢は現在アキトと賢司によって三角形の木材を置いた台の上で正座させられ、更に太ももの上に重石を積む――所謂”石抱いしだき”の拷問を受けていた。補足すると部屋に居る全員が寝間着姿――俗に言うパジャマパーティースタイルだ。


 何がどうなればこんなカオスな事態に発展するのか理解に苦しいので、事の起こりを語らねばなるまい。


 まず、予定よりも早くに美矢が愛奈の部屋を訪れた事が悲劇の始まりだった。仮に次いで現れたのが華蓮でなく男子の誰かであったならまだ回避できたかもしれない。もしくは美矢がアキトと別れた後、懲りずに”アキトと賢司のBL妄想伝”を創作していなければ……そしてそれを愛奈と華蓮に布教(腐教?)しなければ彼女は今でも笑って居れただろう。


 しかし現実は常に残酷で、運悪くと言うか必然とも言える巡り合わせで部屋を訪れたアキトが布教の現場に直面し、更に同行していた賢司と守によって妄想の創作物を押収されてしまう。後は前回の完全リピートである。今回はそこに美矢の本性を初めて知った――フィクションとは言え自身がとんでもない事態に晒されている事に珍しく激怒している――賢司も加わり、どこから用意したのか激しくツッコミが入る拷問器具一式によって絶賛制裁中という訳だ。


 因みに守は件のブツを朗読中である。その目は今にも魚が死にそうな勢いだ。罪状の検証をする必要があったのだが、当事者である二人は極力目を通したくなかったので守に任せた(押し付けた)形となっている。


「がっ……ご、ふっ! ヤバいて、足の感触が消えて……ウ、ウチの足……まだある!?」

「まだあるから安心しろ。先は長いからな」

「ぎゃっほ!」


 そう言って既に四枚積まれている重石の上に片足を乗せて、まるで波止場で黄昏る船乗りを気取って嗤うアキトの目からはとっくに光が消えている。誰か彼女に救いの手を差し伸べて欲しいが……、


「藤林さんほらこれ、騎士団の人がお見舞いに持って来てくれたクッキー。美味しいよ」

「あ、ありがとう。でも神子柴さん、あなたの親友がとんでもない事になってるけど、それについてもう少し反応してあげた方が――」


 その最有力候補であり、部屋の主である愛奈は華蓮と楽しく談笑に興じている。相手をしている華蓮は、幼馴染が妄想内とは言え辱めを受けているので複雑ではあるが、流石の扱いから美矢に対する同情心が芽生え始めていた。


「これ手作りなんだよねぇ。訓練で忙しいのにこんなに手の込んだ物くれるなんて、あの人達ちゃんと休めてるか心配だよ」

「……うん、そうね……その気遣いは大事だと思うのよ。でもその心配をもうちょっと身近な人物に向けても良いんじゃないかしら?」


 予想外に薄情な愛奈の態度に引き攣りながらも華蓮は美矢への援護を要請し続けた。しかし愛奈には届かない。今まで幾度も繰り返されたカオスに対して愛奈は不干渉を貫く事を遠い過去に決めてしまっている。美矢に味方は居なかった。寧ろ……、


「まぁ、そろそろ気も晴れてきたし、この辺で許しても僕は良いけど」

「ギャーッスギャーーーーッス‼ ケンちゃん、言いながら重石に腰かけたらアカ~~ン! 負荷が! 体重の負荷がモロ脛にぃいいいいい‼」


 新しい敵が増えてしまった。本気でキレているのか、それとも美矢の扱いを悟る程に馴染んだのか、イケメン君は中々に容赦が無い。ガチで泣きそうになっている美矢を見てアキトもようやく留飲を下げたのか、賢司の肩を叩くと無言で頷き解放を促した。


 それをすんなり受け入れた賢司が腰を上げると、自由になった美矢はやはり余裕だったろと詰め寄りたい程に俊敏な動作で愛奈と華蓮に飛びつく。


「うぇ~~ん、愛奈ぁ~~、レンレン~~。痛かったよ~~~~」

「よしよし、よく頑張ったねぇ美矢ちゃん。でも今回はいつもより優しくされたんだから泣かないで」

「……! あ、あれで優しいの!? ってかいつもどんな制裁受けてるの!?」


 初めてアキト達の日常を垣間見た華蓮は戦慄の表情を浮かべる。離れた位置でいつも華蓮に折檻を受けている守が「いやお前も変わんねぇよ」とツッコむが無視された。


 常識的にアキトのお仕置きは過激と言わざるを得ないが、華蓮としては賢司が被害に遭っていると思うと美矢を庇う事に躊躇してしまうのも正直な気持ちで、今後どう対応していくかで剣姫様は激しく懊悩する。


 そんな華蓮にアキトから更なる衝撃的カミングアウトがもたらされた。


「藤林、因みにそこの関西娘はBLだけじゃなく百合もイケる口だ」


 発言後、零コンマ数秒で華蓮は抱き着く美矢から離れると目算五メートルは後退った。美矢は「あぁ~」と何とも残念そうな声を漏らす。華蓮が警戒レベルを上昇させ、賢司と守がギョッとした視線を向ける中、不満そうに口を尖らせた美矢が抗議した。


「アキやん、激しく誤解される発言はかんにんやで。ウチはあくまで妄想で楽しみたい人やねん。リアルに男同士、女同士で乳繰り合われても全然萌えんから。……っちゅう訳で、アキやんとケンちゃんも萌えの供給源ではあるけど、現実で絡み合うような事態は極力避けるよう――」

「言われんでも有り得てたまるかド阿呆‼」

「そんな可能性、万が一所か虚数の彼方にも存在しないから‼」


 抗議と共に放たれた見当違いも甚だしい忠告に、アキトと賢司は同時に吼えた。アキトと美矢で見慣れている愛奈は兎も角、滅多に見れない賢司の姿に華蓮は驚き、守は美矢に感嘆の視線を向けた……賢司をここまで追い込むとはやりおるわ、と呟きながら。


 溝が開いたのか、ある意味で打ち解けたと言えるのか果てしなく判断に迷う転移組六人の現状。そんな混沌とした渦中で微笑みの天使っ娘――愛奈の存在はある種の清涼剤であった。


「ほらぁ、美矢ちゃん足が真っ赤だよ。治してあげるからこっち来て……”光癒”」


 その発声と共に仄かな灯が愛奈の掌から放たれる。やがて灯は制裁によって赤く腫れた美矢の脚部を徐々に……しかし確実に正常な肌色に染めていった。その光景に愛奈以外の全員が言葉を失う。


 数秒の後、完全に傷められる前の状態に戻った足をマジマジと眺めて、美矢は歓声を迸らせて愛奈に抱き着いた。そのまま頬擦りに移行している。続いて何とか再起動を果たす面々が口々に驚嘆の声を漏らした。


「……凄いわね、詠唱も魔法陣も無いのに」

「って言うか”光癒”って最下級の治癒魔法じゃね? こんなに早く治療できるもん?」

「発動速度から出力まで……魔力の練り上げも丁寧だね」


 華蓮、守、賢司の順で褒め言葉しか出て来ない。特に賢司は帝国式の魔法知識を網羅した上で我流で最適化するレベルの鬼才なので、その感想はとても重い。


 魔法は魔力の練り上げ――魔力を生成する行為を経てから先の行程で例外無く魔法式を必須とする。それは魔力の属性変化から発動形態の指定と発動する術に合わせて決められている。その魔法式を書き込んで構成された陣を魔法陣と呼び、口述を以て魔法式を構築する行為を詠唱と呼んでいる。


 前者は魔力を流すだけで魔法を素早く発動できる利点があるも、陣を予め準備しておかなければならない欠点があり、後者は準備を必要としない代わりに発動に時間が掛かると言った短所がある。どちらも一長一短であり、状況によって臨機応変に使い分ける事が推奨され、騎士によっては魔法式の途中までを魔法陣で構築し、途中からは詠唱に切り替えるなど様々な手段が存在する。


 しかし愛奈はその両方を完全に省略し、術の固有名を口にするだけで魔法を発動してしまった。魔法技能の熟練度や魔法適正、魔力量いかんでは魔法式を簡略化できるが、完全に省略するなど帝国……いや人間族で初の偉業である。


「あ~でも、ここまでできるのは下級の術くらいだよ。中級以上は流石に詠唱か魔法陣が要るもの」

「それでも凄いって」


 当の愛奈は謙遜か天然かもしくはその両方で何て事ないよ~みたいな態度でほわほわしていた。十二分にチートだと流石のアキトも乾いた声しか出て来なかった。


「まぁ、順調に訓練の成果が出てんのは重畳だ。もう騎士団から教えて貰わなくても良いんじゃね?」

「そんな事無いよ。最近ようやく上級の術を一つ覚えた程度だから、まだまだ頑張らないと」

「それは殊勝な心掛けだが、無理はすんなよ、また寝込む羽目になるから」

「大丈夫だよ、もう随分良くなったし」


 確かに昼間に比べて幾分か血色は良くなっているが、それでも全快に至っていないだろう。その事で愛奈を窘めつつ、他愛無い雑談に興じつつ、はっちゃける美矢とそれに便乗した守がアキトと華蓮に制圧されつつでパジャマパーティーはお開きとなった。


 既に寝静まる頃合いに、就寝の挨拶を交えて皆が愛奈の部屋を後にする。そしてそのまま解散……とはならない。退室後は各々一旦ばらけるも、最終的に愛奈を除いた全員が再びある部屋に集合する。


 ある部屋――アキトの自室にて正真正銘の作戦会議が開かれた。議題は当然、”帝国脱出後は魔人国にお邪魔しますプロジェクト”についてだ。ただし、皆が寝間着姿なのは相変わらずである。


「愛奈についてはあんな具合だ。……それで賢司、守……お前らから見てどんな具合だ?」


 前置き無く質問するアキト。計画の懸案事項に一つである愛奈について意見を伺うが、それは愛奈の体調面の事では無かった。


「想像以上に複雑な結界が張られてたね。あれを無力化するのは無理だよ」

「俺っちもお手上げ。破壊するだけなら兎も角、それを結界騎士団に悟られないようにするのは不可能っしょ」


 賢司の意見を守が結界魔法の使い手として補足する。それに対してアキトは「やっぱりなぁ~」と天井を仰ぐ。アキトが懸念しているのは愛奈の部屋に施された結界の事だった。今回のミーティングで最初に愛奈の部屋に集まったのは、愛奈の技量の確認と共に彼女を取り巻く現状を皆で共有する為で、あわよくば打開する糸口を掴めればという打算もあったが、それに関しては諦める他無いらしい。


「聞いた時は大袈裟と思ったけど、実際に見れば納得ね。神子柴さん……彼女の技能は群を抜いてるわ」


 華蓮が指摘する通り、愛奈の治癒魔法の腕前は転移者であることを考慮しても別格だった。華蓮と守も転移者補正の恩恵と賢司の指南によって短期間で魔法の練度を上げているが、愛奈のそれには遠く及ばない。何より愛奈は賢司の指南を受けておらず、イケメン君が効率悪いと酷評した帝国式の魔法理論を用いてあのレベルなのだ。


 賢司が主に実施したのは魔法式の効率化だ。彼に言わせると帝国が活用している魔法式には無駄が多いとの事で、魔法の発動に不必要な式が構成に含まれる所為で、発動速度低下や発動時に於ける魔力の損失過多が発生しているそうだ。


 故に賢司は無駄な式を削除しつつ魔法式をより簡略に再構成する事で、従来の帝国式より遥かに短い発動工程と魔力の損失低減に成功し、少ない魔力量での魔法の高速化、高出力化を実現したのだ。ついでに言うと、手間が少ないので習得速度も早くなっている。


 そんなイケメン式(仮称)の魔法理論を用いずにそれ以上の成果を発揮している愛奈。彼女の素養が常識を嘲笑っている分かり易い事実だ。


 一応、転移組最強と言われる剛田も愛奈同様に治癒魔法の技能を持ち、必要となる水属性適正はA、光属性適正も最高のSと愛奈と同等の適性を誇るが、あのレベルの治癒魔法は行使できない。


「適正Sって言うのは、要は”測定不能”って事だからね。同じS評価でもピンキリがあるって事だよ。神子柴さんは剛田より遥かに魔法適正が高いんだ」


 更に付け加えるなら、魔法技能も有るか無いかを調べる事しかできず、その技能に対してどれだけ伸び代があるかまでは分からない。帝国側もそれを理解している為に訓練を通して転移組の実力を見定めている節があり、結果として愛奈は治癒魔法に関しては剛田すら上回り、転移組の中でも天才ですら霞む逸材だという評価を得てしまった。


「せやから帝国……言い換えたらあのボケ皇子は愛奈を異様に囲み込んどきたいっちゅう訳やな」


 つい先程までのはっちゃけ感を完全に霧散させた美矢が冷たく言い捨てた。彼女は無意識に片手でこめかみをグリグリし始める。アキトには分かる、これは美矢がキレかけている時の仕草だ。


 転移組で最強クラスの素質を持つのは間違い無く剛田だ。しかし能力プラス人格で評価するなら愛奈が一番評価が高い。ガーランドにしてみれば唯一と言って良い程ニーズに応えた人材だった。故にあの短絡皇子は徹底的に愛奈を確保する手段として、彼女の自室に特別な結界を施すよう命を下した。勿論、当の愛奈はその事実を知らない。


 それは閉じ込める類とは違い、帝城内に限り部屋の主に指定された者の動向を感知する結界だった。帝都全体とは別に帝城にも結界が張られており、それと連動する形で発動する結界内限定追跡魔法が愛奈には施されている。まるで親友が覗き見されているような不快感を感じた美矢は元凶であるガーランドへの不信を極大化させた。他の面子も決して気分は良くない。


 特にアキトは美矢に勝るとも劣らない敵意をガーランドに抱いている。実は真っ先に愛奈に掛けられた結界に気付いたのはアキトで、その時は有無を言わずに破壊してやろうと人知れず激昂している。しかし厄介な事に、件の結界には破壊と同時に対象を拘束するトラップが仕掛けられており、更にそれを術者へ感知されるよう構成されていたのだ。


 よって、破壊は得策ではないと結論付けたアキトは皆に状況を知ってもらう為と、頭脳チートな賢司と結界魔法を使える守なら対処できるかもと駄目元な期待を寄せて愛奈の部屋にお見舞いを装って集合した訳だが、完全な結界解除が不可能となると別の方法を考えねばならない。


「こうなると、問答無用で帝国を脱出する案は使えないな」


 最大の懸案事項はそれだった。当初はこちらの準備が整い次第、帝都の警備を掻い潜って帝国領を抜ける計画だったのだが、結界の感知に引っ掛かると帝国領所か帝城を抜けた段階で追手がかかってしまう。いずれ追われるにしても遅い方が良いのでこの案はもう使えない。となると、


「アキやん、ここは”プロジェクト【ニューZα】”で行くしかないで」

「いやどっから魔神〇帝なスーパーロボットの装甲材が出て来た? そんな仮称決めた覚えねぇよ」


 例えキレかかっていようとボケる事を忘れない関西娘――美矢。シリアス成分が一気に拡散しそうで皆の肩が一斉にカクッと一段下がる。アキトはどうにか立て直すと別プランの説明に入ろうとする。しかしここで待ったをかける者が居た……華蓮だった。


「待って竜宮、賢司から色々と聞いてはいるけど、あんた勇み足が過ぎるんじゃない? 帝国を出る事に異議は無いけれど、ちょっと急ぎ過ぎよ」


 華蓮の言い分は、そもそももう少し時間を掛ければ愛奈の問題も解決する筈で、脱出するまでの期限に余裕を持たせれば解決するとの事だ。


「確かにアキっち、さっき俺っちは結界の解除は不可能っつったけど、長期間掛けて無力化するのは難しくないんだわ」


 華蓮の意見に同調するよう自身の見解を述べる守。今更だがアキトも守も名前呼びするようになっていた。ただ、美矢の”アキやん”に続いて”アキッち”と渾名されたアキトは少々複雑な心境だった。


 閑話休題それはともかく


 愛奈に掛けられた結界は定期的に術を更新しなければ効果を発揮できないらしく、実は見舞いに来ている守護騎士団の面々に密かに結界騎士団員が混じって手を加えている。つまり結界そのものに手は出せないが更新された直後にそれを無効にする事は割と簡単で、それを繰り返せば結界の効力は無効化、もしくは弱体化するのだ。これなら余計なリスクを避けて万全の態勢で帝国を脱出できるだろうと華蓮は訴える。


「……急ぐ理由があるっちゅう事やろ、アキやん。ウチも詳しくは知らされてへんからここで話してくれるかな」


 アキトへのフォロー兼催促をするのは美矢だ。彼女は昼間の内に計画を早める旨だけを知らされているのでこの場で詳細が聞けると察していた。華蓮と守は初耳なのでアキトと美矢を交互に見やって少々困惑気味だ。賢司も初耳ではあったが、予め察しがついているので動じていない。


「勿論話すよ。結論から言うと、俺達は身の安全の為に帝国からの庇護を必要としている訳だが、その帝国に留まる事の危険性が高まったからだ」


 理由を簡潔に語るアキトだが、具体的な危険性を語らないので皆が首を傾げている。アキトはその様子を見てすかさず一枚の紙を取り出した。そこにはびっしりと魔法式が書き込まれている。


「こいつは俺達が転移した教会の礼拝堂に描かれていた魔法陣から転写した魔法式だ」


 以前潜入した時に全てではないが一部を書き写していたのだ。帝城の外へ出る事を禁じられているのにどうやって? という疑問符が掲げられる前にアキトはそれを賢司に提示する。すると賢司の顔色がみるみる険しさを増していった。華蓮と守は何事かと詰め寄るも、問う前に賢司が言い放つ。


「可能な限り帝国から……いや、人間族の勢力圏から脱出しよう。それこそ今すぐにでも」


 いきなりな発言に華蓮と守は戸惑いを隠せない。一方のアキトは賢司が思った通りの反応を見せたので一安心だった。自分と同等の危険予知ができる人材が近くに居るのは幸運と言える。美矢は元よりアキトを信頼しているので何があっても疑う事は無いので平常通りだった。


「ちょっと賢司!? 何が分かったの? いきなり何で人間族から離れるみたいな結論になるの!?」

「待て待て華蓮、落ち着けって! 賢司なら普通に教えてくれるっしょ!」


 今にも掴み掛かる勢いで賢司に迫る華蓮を守るが必死に抑える。それを見た賢司も脈絡無く口を滑らせた事を詫びつつ、それでも焦りを隠せない様子で静かに口を開いた。


「アキト……君の事だから計画を早めるには相当な理由があるんだって察してはいたけど、これは少し刺激が強過ぎるよ。もしかして帝国に匿われたのは悪手だったのかな?」

「少なくとも当時は帝国に庇護を求める利点があった。今になってそれが無くなってきたって事だよ。それに、あん時は魔法式なんて解読できなかったし仕方が無い」


 賢司はそうだろうが、実はアキトならあの場で解読は可能だった。ただ、あの時は余裕が無かったのと先程の発言通り帝国に匿われるメリットを重視しただけだ。それをわざわざ口にはしないが。


「なぁ、賢司……一体何だってんだよ?」


 守が不安を一杯に詰め込んだ問い掛けを賢司に投げて寄越す。アキトでなく賢司なのは無意識に信頼度が高い相手を選んだからで、それが分かっているので賢司はアキトに任せるでなく素直に自身で対応する。


「この魔法式は魔力を抽出する式なんだけど、本来なら必要以上に魔力を取り出せないよう制限が掛かるよう組まれる筈なんだ。魔法には最低限発動に必要となる魔力量が術毎にある程度決まっているから余計な損耗を避ける為の安全策として。なのにこれにはそれが組まれていないんだ。これじゃあ発動する際に術者から際限無く魔力を吸い上げちゃうんだよ。……こんなの発動したら、多分……術者は死んじゃう」


 絞り出すように、または何かを堪えるように賢司は言を紡ぐ。ここまで言われると流石に誰もが察する。しかし誰も賢司の説明を止めようとしない。余りの不快感に口が開く事を拒否しているようだった。


「しかも発動に必要な魔力量が尋常じゃない。これ一人二人じゃなくて、何百人の魔力を使い潰す規模の魔法だよ。きっと……いや、確実に――」


 それ以上は聞きたくなかった。華蓮の目からは知らずに涙が零れる。皆が塞ぎたい耳を塞げずに賢司の言葉を待った。きっと背けてはいけないと自覚していたから。そして語られる真実は……、


「僕達を呼ぶのに、沢山の人達が生贄にされたんだ……。帝国騎士じゃない、おそらく、他国から集められた人達が……」


 室内の空気を一気に押し潰し、重力の増した静寂が全てを支配する結果を招いた。


 ====================


 ミーティングを終えて、アキトは今後の事を思案しながら帝城を進む。場所は人気の無い中庭、時間は真夜中、【スフィア】の一日は【地球】と同じ二十四時間、一年は三六〇日とやや短めだが地域によっては四季も巡る。


 ギャレリア帝国は四季がある地域に当たり現在は初夏に差し掛かった所。【地球】は真夏だったので少々巡りが遅れているようだ。


 別に体を酷使した訳ではないが、昼の暑さと比べて涼風が頬を撫でる感触はやはり心地良い……などと情緒に浸っていると、突然……と言うより、不意に……とも違って、ジワジワと這うように感知される不快感。


 ――何てお粗末な敵意だ。


 思わず無言で酷評を下すアキト。姿は隠しているようだが気配が駄々洩れで、既にアキトは相手の潜伏場所を特定済みだ。不意打ちを狙っているのならこれ程下手な手合いも珍しい。潜む場所は中庭に植えられた木の陰、夜の闇を利用している手管は悪くはない。


 場所を避けて間抜けを晒させてやるのも一興と思うが、アキトは敢えて乗る事に決めた。


 ペースを緩めずに歩を進める。目標地点まで残り五メートル、四……三……二……一……、


 通り過ぎたタイミングで背後から襲い掛かる豪腕。そのまま撃ち抜かれれば容易にアキトの意識を刈り取るだろう。しかし襲撃者の意図に反してアキトは目線を動かしもせず、逆に襲撃者の背後を取った。余程想定外だったのか驚愕の表情で振り向く襲撃者、それを見てアキトは一言。


「失敗した後の対処も零点だ阿呆」


 場所の選定は悪くないが、それだけしか褒めてやれない。十メートルも離れた場所から察知される程度の隠形もそうだが、襲撃後に対象から面と向かって補足されるなど愚の骨頂だ。ここが竜宮家の道場だったら膝詰め説教五時間コース確定である。


「竜宮……、テメェ、何で――」


 そんな事は露知らず、襲撃者――剛田太我は信じられないと言った感じでアキトを睨みつけていた。既に剛田は自身が転移組で最も優れたステータスを誇っていると自覚している。そんな自分の攻撃をアキトが回避するなど、剛田にしてみれば狐につままれる方が納得がいくレベルで信じ難いのだ。


「何が『何で』だ? 俺がお前の攻撃を避けたことがそんなに不思議か?」


 一方のアキトはそんな事知ったこっちゃねぇと言った具合に剛田の発言をぶった切る。その対応に剛田のこめかみに青筋が浮かぶもアキトは構わず言葉を重ねる。元より襲撃される理由にも察しがついているのでこれ以上相手に口を開かせるメリットなどアキトには無い。


「剛田、今更お前に更生なんて期待しないし、俺に突っかかる理由も分かり切ってるから聞きたくもない。だから用件と警告だけしておくぞ。……愛奈の事は諦めろ、できないなら俺はお前を消す」


 余計な言葉など全て省いて要点だけを突き付ける。第三者が見れば先程のやり取りとこの発言に関連性を見出せない事は確実だ。ただ、この場には当事者である二人しか居らず……【地球】に居た頃から望まずに積み重ねた縁故にこれだけの言葉でキャッチボールは成立する。アキトにとっては甚だ業腹ではあった。


「……はぁ? 『消す』だと、お前が、オレを!? 調子乗ってんじゃ――」

「今のやり取りで俺が調子に乗ってるだけとしか考えらんねぇからお前は足元を掬われるんだよ、【地球】に居た頃みたいにな」

「なっ!? テメェ、まさか――」

「元々自重してたかどうかも疑わしいお前が、こっちに来て更に頭のネジが飛んではっちゃけたとしてもだ、そんなもんこっちも自重を止めればどうとでもなる話だ。今度は逮捕なんて生温い罰じゃ済まさねぇ」


 アキトの怒気が増した事に流石の剛田も言葉を失った。【地球】に居た頃から侮り続けた相手からの思わぬ対応に困惑を隠せていない。


 しかしアキトはそんな事はお構い無しに剛田に迫った。【地球】でないこの世界で、最早後々の事を気遣う必要すら無い状況に立ち、アキトはとっくに人間としての自重を放棄していた。

 読んでくださっている方、心よりありがとうございます。


 次回は来週土曜日に投稿予定です。

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