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黒竜は異世界に帰る  作者: 夢見シン
第一章 ギャレリア帝国編
7/62

転移組はチート?

 お待たせしました。


 基本は一週間に一回投稿したいのですが、予定の都合で定期的に二週間に一回となる事をご容赦下さい。

 誰もが寝静まった深夜、【地球】から女神アーリア様の御使いという名目で七人の異世界人を召喚した現場――アーリア教会総本山では聖職者も眠りに落ち、見回りの教会聖騎士や常駐する帝国騎士の足音のみが静寂に波紋を立てていた。


 そこに紛れて響く……いや、響く事の無い無音の足捌きを以て、見張りの視界を巧みに擦り抜けて動く人影が一つ。


 アキトであった。雰囲気的に全身黒装束ならこれでもかと画になる状況であるが、アキトにそれを気にする甲斐性が無い為に出で立ちは日本から着て来た学生ズボンと白い半袖カッターシャツだ。言い加えるなら靴も白かった。


 深夜に白は目立つと言いたいが、アキトにしてみれば「見られなければどうという事はない」のだ。


 教会総本山はギャレリア帝国の帝都”アヴァロン”内に建立されているとは言え、帝城とはそれなりに距離が離れており、そもそも転移組は帝城の外へ出る事を禁じられているのだが、帝国側の意図を察しているアキトは元よりそれを守る気など皆無だった。その為にちょくちょく情報収集と息抜きを兼ねて帝都を探索しているのだ。


 前世と比べて随分鈍ったとは言え竜族の感覚と、今生で祖父から伝授された隠形があれば帝国の警備などアキトにとって児戯であった。


 苦労という苦労を全くせずに目的地に辿り着いたアキトは、人気の無い空間で堂々と思案に耽る。辿り着いた場所は礼拝堂……アキト達が転移した場所だった。今は誰も居ない、召喚当初と違って静寂に支配された空間で、アキトは自分達を帝国に呼び寄せた魔法陣を眺めて……表情を嫌悪に染めた。


「…………チッ!」


 無意識に舌が鳴る。それは教会、更に言えば帝国が自分達を呼ぶ為にどういった手段を行使したかを理解した故の反応だった。


 魔法陣に刻まれた式を解読すれば、その魔法が如何なる工程を経て発動するかは容易(アキト基準)に分かる。【スフィア】限定とは言え空間転移で特定の誰かを呼ぶのは相当規模が大きい魔法なのだ。当然必要となる魔力も桁が違う訳で、それを調達した手段と”貢ぎ物”の意味を理解したアキトは吐き気を催すレベルで気分を害していた。


 ――これはできるだけ早く帝国を出た方が吉だな。


 計画を早める必要性を強く意識し、用が済んだ事とこれ以上この場に留まりたくない気持ちから、アキトは早々に帝城へ向かう。踵を返す前に合掌して黙祷したのはほぼ反射だった。教会式でないのはアーリア教に対する細やかな反抗だ。


 そして視界に入ったアーリア像を無性に破壊したい衝動に駆られたのも御愛嬌。衝動を抑えるのに割と自制心を必要としたのは言うまでも無い。


 ====================


 時は少し遡り……寝静まる直前と言った夜分の帝城。


 その上階に位置する皇族用の執務室にて、ある男が書類を前に苦虫を本気で嚙み潰してもこうはならないだろう、と言えるような渋面で「ぐぬぬっ」と唸っていた。


 ギャレリア帝国第一皇子――ガド……もとい、ガーランド・レックス・ギャレリアである。


 皇帝が病で臥せっている現在、皇務の舵取りを担う立場に居るガーランドだったが、特に力を入れているのが軍務だ。


 魔人族への対策は最優先課題であり、彼の元には連日各地から様々な報告書なり要望書なりが大量に送られてくる。それだけでも頭が痛いと言うに、更なる追い打ちを破城槌の如く叩き込んでくれたのが転移組の存在だった。


 実父である皇帝が倒れ、魔人族と本格的な戦争状態へと移行して三年……ガーランド本人は帝国の全戦力を投入すれば魔人族の根絶など容易いと考えているが、大陸東部と南部の諸国はそうではない。長期の援助――あくまでガーランドの認識であり、実際は強制徴収――による反発が年々高まり、最近では何かと理由を付けて援助を渋る国も出てきている。


 誰が危険を冒して魔人族との最前線を担っているとガーランドは常々喚いているが、実際に前線に立つのは徴収された他国の兵が殆どで、消費される物資も大半が他国の物なので帝国の損害はそれ程でもなかった。


 よって他国の反応は至極真っ当だと言わざるを得ない。当然、ガーランドにそれを気遣う器量も皆無である。


 そんなロクデナシ皇子にとってアキト達”御使い”とは、周辺諸国の士気を高める為の言わば広告塔であり、それを成した帝国の功績をアピールする材料――と言えば聞こえの良い、要は帝国への……もっと言えば皇子への反抗心を逸らす生贄のような扱いなのだ。


 なのでガーランドがアキト達に求めるのは戦力ではない。分を弁えた従順さと見栄えの良さ、そして実践的でなくとも見た者を納得させる派手な力……つまりタレントなのだ。


「……だと言うのに、こいつらはっ……!」


 忌々し気に睨む書類の一枚にはこう書かれていた。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 剛田 太我  17歳  男


 体力  :3000

 精神力 :3000

 魔力  :2500

 変換効率:83.3%

 魔法適正:地A 水A 火A 風A 光S 闇B

 魔法技能:魔闘術、魔剣術、突撃魔法、爆裂魔法、強化魔法、治癒魔法

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 内容は転移組の能力値測定の結果だ。見た瞬間、取り敢えず驚愕した。理由は勿論そのチートぶりにだ。


 ここに書かれている体力と精神力とは決して【地球】で言う所のフィジカルとメンタルの事ではない。全く関係無い訳ではないが概念が異なる。【スフィア】に於いて生命は元となる”魂魄”とその器となる”肉体”で構成されると考えられており、体力は肉体から、精神力は魂魄からそれぞれ得られる生命エネルギーの事を指している。


 その数値は人間族の子どもで大体10、成人男性で50程度。これが軍の兵士ともなれば100~300に上がり、精鋭である騎士なら500~800になる。


 それに対して転移組――剛田の数値は体力、精神力共に3000……超人と言っても差し支えない。


 更に言うなら魔力も凄まじい。魔力とは魔法を行使する為に必要な燃料と言えば分かり易いが、その元になるのが体力と精神力であり、この二つを掛け合わせる事で生成される言わば生命力そのものだ。つまり体力と精神力が高ければ魔力も高くなると言えるが、そこに影響するのが変換効率である。


 変換効率は体力と精神力の平均値を100%とした場合、それに対してどの程度魔力を生成できるかの割合を表す。一般人は三割に満たない者が殆どで、七割を超えれば上級騎士になれる中、剛田の変換効率は83.3%と高水準を誇る。


 ずば抜けた体力と精神力、加えて高い変換効率によって生成される魔力は2500。帝国屈指の上級騎士で500~600なので、剛田は一人で帝国騎士四、五人分の魔力を生成できる事になり、つまりそれだけ強力な魔法を行使できるという事だ。


 加えて属性毎の魔法適正もSからEまでの六段階評価で闇属性以外A以上。魔法技能も三つあればエリート扱いされるのに六つも所持。


 これだけ見るならガーランドにとっては言う事無しの逸材なのだが、それが剛田なのが問題だった。ガーランドは剛田を快く思っていないからだ。


 ガーランドの剛田に対する評価は教養の無い山猿モドキと、召喚当初の騒ぎから不変となっている。端から見ればガーランドも決して素行が良いとは言えないがそこは置いておき、従順で見栄えが良くという前提を踏まえれば剛田は文句無く最底辺だった。あれを周辺国に御披露目するのは帝国の威信に泥を塗るとガーランドは確信している。


 それでも最悪、超人級ステータスで押し切れば他国を黙らせる事は容易だろう。しかし何より問題なのは剛田があまりにも反抗的な態度でいる事だった。転移組は能力値測定後、各々に適した訓練を課しているが、剛田の訓練態度は御世辞を割り込ませる隙間が無い程に悪く、担当教官から連日苦情の嵐が吹き荒れているのだ。


 今ならば、高い素養を誇ろうとも全くと言って良い程に魔法を使えないので精鋭騎士数人で対処すれば抑える事は難しくないが、もしこのまま訓練を続けて周辺諸国を黙らせる程の力を身に付ければ、果たして剛田は大人しく帝国に尻尾を振るだろうか?


 考えるまでもなく否である。なので実を言うと剛田に対しては敢えて訓練を遅らせるよう指示しており、御使いとして公表するかどうかを保留している有様なのだ。最低限、首輪を付ける術が無ければリスクが大き過ぎてとても鍛える事ができない。


「おのれ、山猿め……! あの不敬と言うも生温い無礼さえ無ければ恰好の宣材になるものを……!」


 仇敵を見るような眼光を以て書類を睨むガーランド。それならば、剛田と違って初手から分際を弁えていた男はどうかと別の書類に目を向けて……器用にも歯軋りしながら盛大な溜息を吐いた。歯の隙間から粗い吐息がフシュ―と漏れる。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 竜宮 アキト  17歳  男


 体力  :1000

 精神力 :2500

 魔力  :1500

 変換効率:85.7%

 魔法適正:地E 水E 火E 風E 光E 闇E

 魔法技能:無し

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ふざけとるのかっ、こ奴は‼ 少しは見所があると思えば……とんだ役立たずではないか‼」


 剛田と比べて見劣りするものの、アキトも十分規格外と言える結果を示している。何より魔力変換効率に至っては剛田を上回っているので、訓練次第では剛田を超える魔力を得る可能性も皆無ではない。


 ただ、悲しきかな魔法適正は総じて最低評価のE。魔法技能も”無し”とその魔力を生かす手段が存在しなかった。極稀に魔法技能は増える事もあるが、それとて魔法の訓練を続ければの話で……肝心の適性が最低レベルなので、そもそも魔法が使えない訓練ができない為に縋る蜘蛛の糸すら下りて来ない状態なのだ。


「これでは少し優れた兵士と変わらんではないか……。山猿モドキのような奴も困るが、従順なだけで無能な輩など論外だ!」


 誰も居ない室内で独り言で怒鳴るガーランド。


 帝国で兵士と騎士を区別する基準は魔法技能を有するか否かである。つまりどれだけ優れた実力を持とうと、魔法技能が無い限り兵士は騎士になれない。ステータス上は上級騎士を上回るアキトだが、帝国の基準では兵士扱いされてしまうらしい。


 実際は兵士だけでなく騎士でも話にならない程にアキトは優れているのだが、自身が求める能力を有していない時点で皇子にとっては等しく無価値であった。


 御世辞にも人を見る目があるとは言えない上に、辛うじてある見る目も見当違いである。アキトは決して従順ではなく、寧ろ座右の銘に面従腹背を掲げて、今も虎視眈々と帝国を裏切る手筈を整えていると知ったらガーランドはどう反応するだろうか。


 その可能性を一欠片も考慮していない短絡皇子は残る面子の能力値に目を通し……やはり「うぎぎっ」と唸るしかしなかった。


「使えそうなのは……この娘くらいか。能力も大衆受けが良さそうだ。しかし他の連中ときたら……全く、忌々しい……!」


 言う程聡明でない頭を抱えたガーランドを尻目に帝都の夜は更けていく。


 ====================


「それでね、ミントさんたらお茶をひっくり返しちゃって、傍付きの人も慌てちゃって――」

「いやいや愛奈、笑いながら話してるけど病人の寝てる傍で茶ぁひっくり返したら大事だから――」

「それで大慌てで拭こうとしたら、桶の水までひっくり返しちゃうの。見てて可笑しくって――」

「いや聞けよ」


 ある日の昼下がり、帝城内に用意された転移組の私室――愛奈の部屋――にて仲良く談笑するのは愛奈とアキトだ。片やベッドにて上半身を起こした美少女と、片やそのベッドに腰掛ける少年……、


「中々に絵になる構図やねぇ~」

「美矢ちゃん、そんな離れた所で何してるの?」


 プラス、そんな二人を画家が風景を切り取るように、両手の指で作ったL字を繋げた枠越しに眺める関西娘――美矢。


 幼馴染三人で空いた時間にブレイクタイムを満喫していた。とは言え、愛奈については体調が芳しくない故の休養中なので最近は常時空いており、訓練の合間を縫って部屋を訪ねているのは美矢である。アキトは訓練よりも情報収集を重視しているので時間の融通が利く……訂正、最近はもう調べものすらしていないので単純にサボタージュしている。


「アキやん、いっけないんだぁーいっけないんだぁー、先生にゆうてやろー」

「誰だよ先生って、それよか美矢、お前こそまだ工房の休憩時間じゃねぇだろ」

「ウチはええの、愛奈の看護っちゅう大役を任されとるから」

「誰に?」

「自薦」

「おい」

「あはははははは」


 目の前で繰り広げられるアキトと美矢の寸劇に笑い綻ぶ愛奈。しかし顔色は決して良好とは言えず目に見えて具合が悪いと誰でも察しが付く。


 元々【地球】に居た頃から愛奈は体が弱い。その為に昔からよく学校も休みがちで、高校に入学してからもそれは変わらなかった。


 元気な時は何も問題の無い健康体で運動もこなせるのに、何故か定期的に発熱、倦怠感と言った症状が表れるのだ。医者にも詳しい事は分かっておらず、先天性の虚弱体質で片付けられている。


 ――だとしても腑に落ちねぇな。


 胸中でそう零して、アキトは能力値測定で判明した愛奈のステータスを思い出していた。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 神子柴 愛奈  16歳  女


 体力  :300

 精神力 :3000

 魔力  :1600

 変換効率:97.0%

 魔法適正:地B 水A 火E 風E 光S 闇B

 魔法技能:治癒魔法

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 異世界【スフィア】を満たす高濃度の源素の影響で強化された能力。らしいと言えばらしい結果で、体力は転移組の中でも最低値ではある……が、それでもこの世界の一般人を上回り、軍人に匹敵するだけの体力はある筈なのに改善されない虚弱体質。それをアキトは不審に思っていた。


 まさか、なまじ力があるからと無茶な訓練でも課せられていないか疑りもしたが、愛奈によると肉体的な苦労は全く課せられていないとの事だった。


『ミントさんも”守護騎士団”の人達も皆優しいよ』


 以前、愛奈がそう返答し、アキト自ら(こっそり隠形で)訓練を視察した所、確かに訓練で肉体的な負荷を与えられてはいなかった。


 因みに”守護騎士団”とは帝国が保有する騎士団の一つで、愛奈の教官役を任されているミント・エル・ナシェルが団長を務めている。


 この世界では――少なくとも人間族は魔法が使えても魔導士とは名乗らない。魔法が使える者は総じて騎士となるらしい。つまり剣を握ろうが杖を握ろうが魔法を使う軍人は皆が騎士という身分になるのだ。


 当然、使える魔法や技量によって前衛、後衛と役割が分かれるので、帝国には役割に応じた複数の騎士団が存在する。前衛と後衛をバランス良く配備した騎士団も在れば、前衛、後衛にそれぞれ特化した騎士団、男性騎士のみで構成された騎士団に男女混合の騎士団と中々にバリエーションは豊かだ。


 その中でも守護騎士団は後衛特化――特に治癒魔法の使い手を中心に構成されている後方支援を主任務とした騎士団だ。魔法技能として治癒魔法を持つ愛奈の指導役にはピッタリと言える。人員構成比率が女性多しなのも安心できた。


 そして治癒魔法使いの特性なのか騎士団員の気性は非常に穏やかで、しょっちゅう団員の誰かが愛奈の見舞いに部屋を訪れていた。特に団長のミントが来る頻度は高く、別に訓練が原因で体調を崩した訳でもないのにかなり申し訳無さそうに世話を焼いてくれるので困惑するとは愛奈の言。


 ――良い人達だなとは思うけど……。


 大事な幼馴染を気遣ってくれるのは有り難い。しかしだからこそ気を付けなければならない案件をアキトは抱えていた。


「さて、そろそろお暇しようかね、ほら美矢も」

「えっ、嫌やウチはまだおる」

「いいから来い。工房の親方がお前を探しに来る頃合いだから」

「キャー人攫いー! 助けて愛奈ー、襲われるー」

「また飯の後でも来るから、養生しとけよ愛奈」

「うん、また後でね、アキ、美矢ちゃん」


 うざったくジタバタ手足を振り回す美矢の首根っこを掴み、大凡女子としてはぞんざいな扱いで引き摺りながらアキトは部屋を出る。手を振る愛奈に手を振り返して。さり気に美矢もジタバタしながら片手だけは手を振り返していた。


 そして部屋を出て暫く後……引き摺られる美矢が発言した。


「そんで……わざわざ愛奈を遠ざけて話したい案件て何なん?」

「分かってんなら余計な子芝居すんな、とっとと立て」


 その子芝居のお陰で愛奈には気付かれなかったと、美矢は自慢のおでこをピカッと輝かせてドヤ顔を決めるも、それにイラっとしたアキトからの高速デコピンによって自慢のおでこを撃ち抜かれる羽目になった。悶絶する美矢を放置し、周囲に人の気配が無い事を確認するとアキトは事情の説明を開始した。


「帝国を発つ日取りを早めるぞ。準備を進めててくれ」

「アイタタ……って、えっ、ちょ待って、それやと愛奈が……あぁ、それでか」


 アキトと賢司が提案した帝国脱出計画は転移組の(剛田を除いた)全員が周知している。


 その突然の予定変更に慄きつつも、すぐに状況を理解した美矢は納得の意を示す。端から見れば何に納得したのか解読不能で、深い付き合いのあるこの二人だからこそ成立する会話である。


 二人の心情を言葉にするなら、まずアキトの予定前倒し発言に対して美矢が心配したのは愛奈の現状で、彼女が動けない状態で脱出を決行する事に難色を示すもアキトが愛奈を蔑ろにする筈が無いと気付き、続いてこの事を愛奈に伝えない意図を察したとした所。


 そして美矢が察したアキトの意図は、愛奈に計画変更を伝えた場合、彼女は確実に不可抗力な自身の体調を不甲斐無く感じてしまうので、それを避けたいが為に敢えて彼女には秘匿したかったという事だった。


 更に言うなら、愛奈には騎士団関係者がよく会いに来るので、彼らに不信感を与えない為にも愛奈は計画の詳細を知らない方が良いという思惑もあった。少なくとも愛奈は守護騎士団の面々に心を開いている節があり、彼らを切り捨てるに等しい行為に罪悪感を覚えている。純朴で嘘が下手な愛奈が計画の全容を知ったら、見舞いに来た彼らにきっと不自然な態度を取ってしまうだろう。それを訝しむ輩が絶対に居ないとは思えないので、アキトは愛奈に今後の行動指針のさわりだけしか話していない。


 そんな思惑も美矢は当然察している。あの短いやり取りでここまでの思考を共有し合うとは流石とした言えない。アキトの意図を察することに関して美矢は賢司を上回る冴えを見せる。


「愛奈については、俺が担いで行けば問題ねぇよ」

「きゃー大胆、お姫様抱っこで逃避行て素敵やん」

「……何でお姫様抱っこが確定?」

「テンプレやろ」

「さいですか」


 その上はっちゃける事も忘れない関西娘……これもいつも通りなやり取りだった。


「他の子らには言ってあるん?」

「藤林と立石には賢司が伝えてるよ」

「……ふふ~ん、んふふふふ」

「…………何だよ、腹の底から気持ちの悪い」

「酷っ! 乙女に言うに事欠いて気持ち悪いて! ……別に~、ケンちゃんと随分仲よぉなったなぁ思て」

「名前呼びが仲の良い証なら、渾名で呼んでるお前の方が仲が良いって事になるけどな。っと、そろそろ行くわ俺」

「む? どこに行くん?」

「さっき言った三人組の訓練の視察。懸案事項だからな。美矢もマジでそろそろ戻れよ」

「はいは~い」


 間延びした緩い返事で美矢はアキトを送り出す。アキトも背中越しに手を振りながらその場を後にした。残された美矢は暫し別れの余韻に浸ると踵を返し……、


「…………くふふっ」


 アキトだけでなく、百人が見たら百人全員が間違い無く「気持ち悪い」と断言する笑みで、これまた気持ちの悪いとしか言えない笑い声を上げた。


「くふふ、ぐふふふ。アキやんとケンちゃん……中々どうして尊い組み合わせ。これは今すぐにでもしたためんとアカン。そう、これは腐海の啓示、ナ〇シカ様がウチに腐れと言っとる!」


 ナウ〇カさんはそんな事は言わない。


 鷹村美矢――知る人は少ないが知っている人は知っている。彼女が恐ろしく業の深い、救いようの無い”腐女子”であると‼


 因みに最も被害を被って――脳内妄想のネタにされて――きたのはアキトだったりする。その度に美矢はアキトから手痛い制裁を受ける羽目になるのだが、彼女の腐った情熱はそんなものでは萎れない。


 今までもアキトから一方的に萌えを徴収してきた美矢だが、今回の賢司との絡みはそんな美矢に萌え狂うかと言わんばかりの衝撃を提供してしまった。日本に居た頃、アキトに一番近しい位置に居た男子は守だった。守の事を美矢は嫌ってはいなかったが、掛け算に組み込むには至らなかった。美矢の美的センスが守を”無い”と拒否していたのだ。


 流石の守もこんな(腐)女子からの拒否反応に項垂れたりはしないだろう。


 それは兎も角、そんな状況で誰もがイケメンと評する賢司である。美矢も当然賢司は格好良いと思っている。そんな賢司がアキトと一緒……そんな至高の萌えに抗える筈も無し。美矢は素早く懐から紙の束を取り出すと、日本からの数少ない持参品であるボールペンで思いの丈を綴り始めた。


 それはアキトと賢司が織り成す美しくも淫らなラブストーリー、その世界観に浸る美矢だったが、浸り過ぎた所為で接近する気配に気付けなかった。


 美矢の後頭部を襲来する右手が鷲掴む。途端に硬直する美矢、ゆっくり後ろを振り向く……と言うより強制的に振り向かされると、


 そこには盛大に口元を引き攣らせ、光源が完全に消えた瞳で笑っているようで全然笑っていないアキトが居た。それを見て美矢は盛大に油汗を噴き出した。


「……よう、さっきぶりだな美矢」

「あ、あぁああ……アキやん、何故ここに?」


 努めて平静を装い問う美矢。悲しきかな全く装えてなかったが。


「形容し難い胸騒ぎがしたんで引き返して来た。……案の定、それは正しかったらしいな。それはさておき……寄越せ」

「な、何の事――」

「とぼけるな、その貴重な紙を無駄に浪費して拵えた欲望の産物を寄越せと言ってるんだ」


 有無を言わさぬアキトの気迫に美矢の心はガクブルの折れかけだった。しかしだからと言って己の萌えの結晶を簡単に手放せる筈も無し……覚悟を決めた美矢は一か八か、器用に頭部を振り回しアキトの手から脱出を図った。だがアキトがその程度の抵抗で出し抜かれる訳も無く、無情にも美矢の筆写物はアキトの神速のフリッカージャブによって奪われてしまった。


 未練たらしく「あぁっ」と漏らす美矢だが、今度は正面から頭部を鷲掴みにされリーチの差で抵抗を無効化された。一方のアキトは反対の手に奪った紙束を持ち、奪還されないよう美矢とは反対側に持って行くとそれに目を通した。次第にアキトのこめかみに青筋が浮かび、それは秒刻みで深くなっていく。その光景を見た美矢は脱水症状を懸念するレベルで滝のような汗を流し続けていた。


 全てを読み終えて、アキトは周囲を見渡すとある一室で視点を固定する。


 厨房だった。夕食の仕込みをしているのだろう、料理人達がせわしなく動き回っている。


 視点を固定してから一秒弱でそれは実行された。かつて日本にてコッペパンにそうしたようにアキトは紙束を超人的な握力でビー玉サイズに圧縮し、見事なジャイロボールで厨房の火元に投擲した。寸分違わぬ芸術的なライナーが火元に吸い込まれ……軽く火柱を上げながら美矢の萌え物語は灰燼に帰した。


 直後に事態を把握していない厨房から「うおっ」と焦り声が聞こえ、同時にアキトの手中から「キャアアアアアアっ」と悲鳴が上がった。ただし悲鳴の方は割とすぐに「ギャアアアアアアっ」に変化した。


「ああああああアキやんっ、頭が……頭が割れる!」

「割る気だからな、いっそお前の腐った脳みそはハ〇マルキと交換した方が世の為だ」


 鷲掴みはアイアンクローにクラスチェンジしていた。ギリギリと効果音が聞こえてくる程に込められた膂力は強い。


「堪忍や許してアキやん! ちょっと理性が飛んだだけやねん、垂涎もののネタが目の前にぶら下がったのがアカンねん!」

「お前の腐敗思想に今更何言っても無駄だと諦めてはいる。だがな、俺をネタにするなと何回言わせる気だ! そもそも何故身近な人間をネタにする!?」

「そ、それがウチらの愛やから――」

「そんな腐った愛などいらぬ!」


 世紀末でもない異世界にサウ〇ー様が降臨した。何故か涙で滲んだ美矢の目にはやたら濃い顔になったアキトが映った。効果音はギリギリからメキメキに変化する。


 もしや南斗鳳〇拳が発動するかと言う所で、四肢がダランと垂れ下がり力尽きる寸前まで追い込まれた美矢を見てアキトはようやく留飲を下げた。せめてもの情けかゆっくりと、しかしアイアンクローが決まった状態で床に下ろされる美矢。解放されると四つん這いで息をプハーと吐き出し自身の罪を懺悔した。


「うぅ、これも愛の試練なんやな、ナウシ〇様」

「やかましいわ腐海在住関西娘。蟲と一緒に腐海に帰れ。そしてそのまま朽ち果てろ」


 アキトが望む懺悔とは違っていた。その報いかどうかは知らないが、美矢の受難はまだ終わらない。


「コラっ美矢坊! こんな所で油売ってやがったか‼」

「げぇっ親方!?」


 まるでドワーフかと――【スフィア】にドワーフは居ないのだが――見間違う程に筋骨隆々で髭モジャなおっさんが怒号と共に出現した。それを見て逃亡を試みる美矢だったが、虚しくもアキトに捕縛される。そしてそのままおっさんに差し出された。


「ノマムさん、この阿呆はこの通り確保してますので、どうぞ煮るなり焼くなりお好きにして下さい」

「……っ! アキやんっ‼」

「おう悪いなアキ坊! 礼を言うぜ。……ったく手間掛けさせやがって、サボった分もかっつり絞ってやるから覚悟しろよ!」

「ぎゃー離せハゲオヤジ! アキやん、親友をこんなハゲに売るんかぁあああ!」

「誰がハゲだ馬鹿野郎‼ オラァはまだフサフサだっ!」


 ぞんざいに足を持って引き摺られながら美矢は帝国魔工師団筆頭――ノマム・ガラシャに連れて行かれた。魔工師とは魔力を用いた鍛冶師の事で、そんな彼から指導を受ける美矢のステータスは以下の通り。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 鷹村 美矢  16歳  女


 体力  :500

 精神力 :900

 魔力  :500

 変換効率:71.4%

 魔法適正:地D 水D 火D 風D 光D 闇D

 魔法技能:魔工術

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 基本能力は一般的な騎士と同程度。アキト程ではないが魔法適正は低く、所持する魔法技能は魔工師として活用する魔工術のみ。要は戦闘職ではない完全な非戦闘要員だった。


 これを見たガーランドは転移組で最も使えない役立たずと罵っていたが、元より戦う気の無い美矢は全く堪えておらず、アキトも親友が危険に晒されるリスクが下がった事に安堵していた。しかし、


「嫌や嫌や嫌や! 工房て厳つくて男臭い野郎しかおらんねんもん! 一切萌えが供給されへんねんもん! どうせやったらもっとかっこ可愛い騎士さんがおるトコに連れてってぇええええ‼」


 男だらけなのは腐女子として良いのだが、そのジャンルが心底気に入らない美矢は度々脱走を繰り返す程、現場環境に堪える羽目に陥っていた。


 流石にそこまで心配していられないアキトは美矢に対する心配事をお空の彼方にぶん投げる事を固く決めていた。


「さ~て、他の連中はどうしてるかなっと」


 親友腐女子の慟哭を無視してアキトの転移組巡りの旅は続く。

 読んでくださっている方、心よりありがとうございます。


 次回は来週土曜日に投稿予定です。

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